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妖刀の末裔と緋のソウマ使い  作者: 白峯
~ 第3章『2つの相剋』 ~
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第22話『理屈と感情』

バリドはリッケに剣先を向けた。

「イーマ村長の要求書を渡せ。」

「嫌だ!」


バリドは溜め息をついてから首を振った。

「リッケ、お前がティルスに着いたとして、本当にレフの奴らが子供なら手を出さねぇと思ってるのか?

本当に紛争で子供が死んでいねぇとでも思っているのか?」

「僕はギルフの戦で生き残った!

レフの人も僕は見逃した!」


「それは、お前が傭兵のくせに親を殺されたってだけでガタガタ震えてたからじゃねぇか!

逆に、もとより戦闘構成員じゃねぇ俺の娘は殺された!

流れ矢に当たってな!

それは故意ではねぇから気にするなっていうのか!?」

「そうじゃない!

そうじゃないけど…!

こんな争いを続けてちゃダメだ!」


「そうだ。

俺らだってこんな紛争は続けたくねぇさ。

だが、ここで止めたら、武器も魔法もねぇ、教養も交易もねぇソ族はレフ族の言いなりなんだよ。

土地も資産も伝統も、何もかも奪われるさ。

もし、帝国やシュニが攻めてきても、後方のレフに守られねぇなら、矢面に立つソ族は素っ裸で戦って無駄死にするだろうさ。

だから、せめて帝国から輸入した武器や防具はこちらも手に入れねぇとならん。」


「土地や伝統が誰のものかなんて知らない。

そんなの大人の理屈だ!

ただいつまでも恨んでたってしょうがないじゃないか!」

リッケは手をギュッと握って続ける。

「大人は子供にすぐ謝れと頭を下げさせる。

でも大人は横にいる部族にだって頭を下げそうとしない!」


「だから、ガキだっつうんだよ!

戦争はそんなに甘くねぇ!

謝られれば、皆の殺された恨みをチャラにできるわけじゃねぇ。

それにここでレフ族と和解したって、ソ族が戦えねぇと帝国やシュニとは戦えねぇさ!」

「やっぱり大人の理屈だ!

レフとも帝国とも、はなから仲良くなる気がないじゃないか!

来てもいない、いつ来るかもわからない事のために戦ってなんだっていうんだ!」


「あぁそうさ。

仲良くなる気なんかねぇし、頭を下げる気もねぇ。

皆、お前みたいに嫌になったからって簡単においそれと傭兵を辞められねぇ。

食わせなきゃならん家族も部族もあるし、期待される役割も立場もある。

ガキにはわからねぇさ!」

「わからない!

そんなのわかりたくもない!」


「なら、ガキのままここで死ね!

ソ族もレフ族も子供には手を出さねぇという幻想だけはここで俺が砕いてやるぜ!」

バリドは、剣を構えたまま突進してくる。

それは訓練された剣の使い手の動きのようにルーには見えた。


リッケが短剣を抜いて構える。

だが、それはぎこちなく、手慣れた動きには見えない。

リッケがやっと構えて応戦する体制に入った。


しかし、バリドの動きはリッケの予想外だった。

バリドは跳び蹴りでリッケに襲いかかる。

リッケは反応できずにそのまま短剣の握り手を蹴られてそのまま短剣ごと後方に吹っ飛ばされた。

「ぐっ!」

リッケは崖下の岩に背中を打ちつけられてうずくまる。


バリドの狙いはルーだった。

「きゃ!」

ルーは後ろから羽交い締めにされ、首に剣を突きつけられた。


バリドがリッケを見下す。

「リッケよ。

この国の戦いで真に注意すべきは魔法使いだぜ。

こいつはそうなんだろう?

お前ももう少し俺の元で傭兵をしていればそれを学べたんだがな。

たかが1年やそこらで、まともに戦える気になってた自分を恨むんだな!」


リッケは尻餅をつきなぎらバリドを睨んだ。

未だに強打した背が痛んだがなんとか立ち上がる。


「さあ、要求書を渡せ、リッケ!

これが最後のチャンスだぞ!」

バリドはルーの首に剣を押し付けながら凄んだ。


もうここまでた。

ルーを犠牲にはできない。

要求書を渡すしかない。

リッケは諦めて、荷物から折り畳んでいる要求書を取り出した。


ルーは恐怖に捕らわれていた。

よく知らない大人が喉元に剣を突きつけてきている。

自分が招いた状況ではあるのだが、これは想定にはなかった。

ただ漠然と、大人も話せばわかってくれると思っていたのだ。


だが、この状況においても片隅に冷静な自分がいて、ぎりぎりのところで正気を保っていた。

そして、冷静な自分がこう呟くのだった。

呼吸を整えろ、と。


ルーは、この呟きになんとか従って深く息を吐く。

すると、上がっていた息が少しだけ落ち着いた。

喉で息をしていたのが、腹にまで空気が送られた。


そして、周囲の状況が少しずつ把握できるようになった。

リッケが要求書を荷物から取り出そうとしている。

自分の右腕は拘束されていない。

バリドの剣を持つ手が震えている。


…手が、なぜ震えているんだろう…。

こういうことに慣れていないのだろうか…。

…そうだ。

バリドだってこんなことはしたくないんだ…。


ルーは目を閉じて更に息を深めた。

そして、心の中でさっと呟いた。

「ラーイオーよ。

この状況を収められるよう、お助けください…。」

何か見えたり聞こえたりはしなかった。

実はあれから何度かレベナなしでラーイオーに語りかけてみたが、特に反応はなかったのだ。

しかし、今はそれでも良かった。


ルーは目を開けた。

そのとき、チラリと一枚の絵が脳裏をかすめた。

それはルーぐらいの背丈の女の子が弓矢を胸に受けている痛ましい場面だった。

それはバリドの視点だった。

ルーに悲しみの感情が流れてきて涙が溢れた。


目を開けたルーとリッケの目が合った。

リッケは要求書を取り出し、こちらに歩き出そうとしている。

ルーはそっと右手の掌を上げて見せ、リッケに無言の合図を出した。

待って、と。


バリドの手の震えが大きくなった。

そして、右手に持つ剣は徐々に力なく下がっていく。

ルーはそのバリドの右手をそっと優しく触れる。

バリドがビクッと反応した。

バリドのルーを拘束している左腕が急に脱力する。


ルーはそっと、バリドの拘束から離れた。

バリドはその場にうずくまる。

そして、身体を小刻みに震えさせた。

泣いているのだ。


ルーはリッケの方に歩いていった。

「行きましょう…。

怪我はない?」

リッケは混乱しながら答える。

「僕は大丈夫だよ。

バリドさんは!?

何をしたの、ルー?」


「何もしていないわ。

多分、娘さんのことを思い出したのよ。

私達と同じくらいの年の、弓矢を受けた娘さんを、ね。

道はこっちでいいのね?」

そう言って、ルーはずんずんと森の小道を進んでいった。


慌ててリッケはそれについていく。

「君は本当にすごい魔法使いだ!」

リッケはそう言いながらルーを追い越して、道案内をした。


 ◇ ◇ ◇


日がだいぶ傾いて来たところで、森の切れ目から突然ティルスの外壁が見えてきた。


ここまで決して楽な道のりではなかった。

森が深くなればなるほど、獣系の魔物が増えて行く手を阻んだ。

しかし、それらの多くは、ルーの紫のブレスレットを嫌がって遠退いていった。


だが、ブレスレットも万能ではなく、岩や砂が集まったような土属性の魔物はどうにも鈍く、攻撃を仕掛けてくることがあった。

幸い、大型な魔物が大量に出ることはなかったため、リッケの短剣でなんとか退けることができたが、リッケは所々に怪我を負ってしまった。


「待って、リッケ。

ティルスに入る前に少しでも治療をしないと。」

ルーは、リッケの怪我を水で洗ったあと、習ったソウマ術で最低限の治療を行い、後にその箇所を包帯で巻いて保護した。


「ありがとう。

だいぶ痛みが引いたよ。」

リッケは礼を言ったが、治療効果は十分とは言えなかった。

やはり、まだまだレベナのソウマ術には及ばない。


特に、魔力がレベナなしでは半分以下になるのをルーは実感していた。

魔力は解想法の深さに比例する。

ルーの意識の深さはまだ浅いことを示唆していた。


2人は身なりを整え、ティルスの東門へと移動した。

ここで、捕まるか、相手にされないか、はたまた殺されるか。

ここが勝負だ。


ティルスの門は大きな鉄でできていた。

固く閉ざされており、人が何人かで開ける必要がありそうだ。

門の外にひとり門番がおり、不審者や侵入者に目を光らせていた。


門番は、ルーとリッケを見ると槍の刃先を向けた。

「旅人か!?

悪いが今ティルスは封鎖中だ。」


リッケは声を張って言った。

「ティルスのレフ族軍部の方と合わせてください!

僕はソ族住民代表のリッケです!

停戦の申し出をしたい!」

リッケはイーマ要求書を広げて見せる。

その突き出したリッケの腕にはソ族の刺青が見えた。


門番の形相が変わった。

「なんだと!?

子供のいたずらでは済まされんぞ!」

そう言って、門番はズカズカと歩み寄ってきた。


「ソ族のガキが何を企んでる!」

門番がリッケの胸ぐらを掴んでリッケの身体ごと持ち上げた。

リッケが足をバタバタさせる。

要求書が地面にハラリと落ちる。


「子供とて戦に関わるなら容赦しないぞ!」

門番が、槍の刃先をリッケの首に突きつけた。


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