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妖刀の末裔と緋のソウマ使い  作者: 白峯
~ 第3章『2つの相剋』 ~
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第20話『緋の獅子』

夕刻前にルー達はギルフの村に着いた。

ギルフの村は、森を抜けた山の斜面にある寂れた場所にあり、木造に土壁の質素な家々がぽつりぽつりと建っている

猫の額ほどの日当たりの良い土地に小さな畑があり、そこにわずかばかりの豆などの夏野菜が植えられている。


内戦の爪痕が生々しく残っており、廃墟や焼け落ちた家が点在していた。

少ない畑の中には、手入れが行き届いていないものもあり、放置された畑は雑草が覆い茂っていたり、死者の墓標が立っていたりしている。

人の気配はほとんどなく、悪い夢に入り込んだかのように静まり返っていた。


リッケは、馬車を村の外れの山側の崖下に移した。

そこには一軒の空き家と馬小屋があった。

家は朽ちてはいないものの、生活感がなく窓はくすんでいる。

ここにも争いの跡があり、以前の戦禍(せんか)の激しさが爪痕として残っていた。


「ここは、僕が住んでいた家です。

両親が死んだ後も半年はここで細々と御者業をしていたんです。

結局、客を求めてゴーフに移りましたけど。」


リッケは馬車だけをこの家の前に括り付けて村の中心部の方に歩き出した。

「この家はもう誰かのものかもしれません。

まずは村長に挨拶しておきましょう。」


3人は村の中央奥の高台にある比較的大きな家の前に来た。

大きな家といっても屋敷と呼べるようなものではない。

白い土壁の質素な木造の家で、紛争によるものか、家の左端と右脇の小屋は崩れかけている。


リッケが正面の玄関をノックすると、中から女性の声で「どうぞ。」という声が聞こえた。

中に入ると、そこは壺などが置かれた立派な玄関間だった。

花や草の模様をあしらった重厚な絨毯(じゅうたん)が印象的だ。

「あら、リッケじゃないの。」

右手の部屋から年配の女性がひょっこりと現れる。


「馬車業での通りすがりなんですが、今日はこの村に泊めてもらおうかと思って、お客様と挨拶に来ました。」

「リッケかい。

こちらにおいで。

マリーや、リッケとお客様をお通しして。」

奥から年老いた女性の声がした。


「はい。

どうぞこちらへ。」

右の部屋に入ると、そこもよく整えられた綺麗な応接間だった。

やはり立派な絨毯が敷かれており、その先に老いた女性が大きな椅子に座っている。


「ごめんなさいね。

足が悪くって。

私は村長のイーマンギルズよ。

周囲が騒がしいのでゆっくりしてとは言えないけど、せめて今夜はこの村で旅の疲れを癒やしていってね。」

「ありがとうございます、イーマ村長。

こちらは今回のお客さんの、レベナとルーです。」

レベナとルーはイーマに挨拶をした。


「僕が住んでた家は使っても良いでしょうか?」

「ええ、大丈夫よ。

ご両親からもらった税金はまだ数年分あるし、あなたの家は誰も使う予定がないから自由に使って。

それに、今はもう私達と数人以外は北に疎開していていないの。

井戸も好きなときに使っていいわよ。」

「ありがとうございます!」


その時、玄関の扉をやや荒々しく開ける音がした。

そして、応接間に2人の男が入ってきた。


ひとりは大柄な色黒の男で、コルトほどではないにしても筋肉質で鍛えられた身体つきをしている。

簡素なシャツから太い腕が伸び、そこには刺青がある。

歳は30ぐらいに見えるが、仏頂面で真面目そうな顔つきをしていた。


もうひとりは細身の骨ばった男で、ぎょろりとした目をしている。

口元には笑みを浮かべており、愛想が良さそうだ。

大柄な男と同様に色黒で、腕には刺青があった。


細身の男がリッケを見て言った。

「よぉリッケ、帰ってたのか。」

「あ、はい、バリドさん…。」

リッケはやや恐縮して答えた。

リッケの表情から、あまり得意な相手ではないように見えた。


バリドと呼ばれた男は、リッケの事はそれ以上気にかけずイーマ村長の方に向いた。

「こちらが、南ソ族隊長のダグです。」

「ダグンベルドです。

イーマ村長、この度は物資の提供をありがとうございます。」

「いえ。

バリド、こちらが署名書と要求書よ。

よろしくね。」


イーマがバリドに2枚の紙を渡す。

バリドはそれに目を通すと2枚目の紙をイーマに返した。

「要求は既に入ってますので、署名書だけもらいます。」

バリドが口元に冷たい笑みを作る。


「では。」

簡単に挨拶をして、2人の男は出て行った。


「また、この村が戦禍に巻き込まれるのかしらね。

もう何人死んだことか…。

なんとか戦わずに済ませる手段はないのかしら。」

イーマが祈るように言った。


ルー達もイーマに挨拶をして村長宅を後にする。

外に出るとすっかり日が落ちており、3人はリッケの家を簡単に片づけた。

ルーは村の井戸から水を()んできて、家具などを簡単に水拭きをした。

半年間使われなかった家だが、あまり汚れておらず、テーブルや椅子などを拭くだけでとりあえずは3人が宿泊できるようになった。


その日は持参した旅の食料で夕食を取り、風呂に入って就寝した。

ルーとレベナは2つのベッドが並ぶ部屋を借りた。

布団も清潔に保たれていたためよく休むことができた。


 ◇ ◇ ◇


翌朝、ルーが目を覚ましたときはまだ夜明け前だった。

昨夜は疲れもあったため、就寝後にはすぐ眠りに落ちてしまった。


この部屋はおそらくリッケのご両親の部屋だったのであろう。

昨日は注意していなかったが、朝の明るみの中で見るとよく整えられており、棚などもイーマ宅で見たものよりもオシャレで、どこか馬車の意匠に通じる品の良さが感じられる。


レベナは既に起きていて地図を見ながら旅の計画を練っているようだ。

ティルス封鎖や内戦など、思わぬ予定変更が入ったため、食料確保などの面でも見直しが必要だった。


ルーが起きたのに気づくと、

「おはよう、ルー。

まだ寝ててもいいのよ。」

と優しく微笑んだ。

ルーはレベナが旅の支度をしているというのに自分はのんびり寝ている気にはなれなくて、

「いえ、もう起きるわ。」

とベッドから降りた。


「そう。

よく眠れた?」

「ええ。

ぐっすり。」

「それは良かったわ。」

レベナは昨日も色々あったというのに落ち着いているルーを見て、意外と大物だと思った。


ルーがレベナが広げている地図を覗き込む。

「私も何か手伝えるかしら。」

「そうねぇ…。

そうそう。

実は気になっていることがあってね。」

レベナがルーの様子をうかがうように言う。

「何かしら?」

ルーが首を傾げた。


「あの、ラーイオーという存在の事だけどね。

会ったのはゴブリンの件がはじめて?」

そうレベナに聞かれて、ルーはハッと自分に対して驚いた。

そういえば、あんな体験をしたのにすっかり忘れている。

決して日常茶飯事ではない、不思議で衝撃的な出来事のはずなのに。


「ええ、多分。

少なくとも記憶にはないの。」

「そう…。

実はあれからずっと考えてたのよ。

こちらからコンタクトを取るべきか。」

レベナは少し考えながら続けた。

「ふつう、低級霊だった場合にはこちらからコンタクトして契約を結ぶのは危険なのよ。

でも、彼?は、名乗りもしたし、ミカエルの名の下に来たのよね?」

「ええ…。」

「その後、何かしら条件を持ちかけるわけでもないし、私も嫌な感じとかしなかったわ。

むしろ、とてもレベルの高い存在のようにさえ感じたわ。」


ルーは考えを巡らした。

「ラーイオーは、“古き縁に従って、君の求めに答えよう”と言ったわ。

姿はまるで、鬣が赤く燃える獅子のような姿をしていたわ。」

「古き縁…。」


レベナが地図を片付け、再びルーに向き合うようにして胡座(あぐら)をかいた。

そして、目を数秒瞑ってから決意したように見開く。

「やはり、こちらからコンタクトを取ってみましょう。

やり方はいつも通りだけど、ラーイオーとの対話を求めてみて。

私はルーに意識を合わせて、同じビジョンを見るようにするし、エネルギー的にもサポートもするわ。」

ルーが姿勢を正す。

「わかったわ。」


ルーはレベナに向き合って正座をして深呼吸をした。

そして、目を瞑って意識を一点に留めつつ、同時に肉体を超えて感覚を広げていく。

入りはいつもの解想法だ。


ルーは、心の揺れが収まったところで天の存在に語りかけた。

「大天使ミカエル及び光の天使の一団よ。

ラーイオーとお繋げください。

ここにラーイオーとの対話の場を設けてください。」


すると、瞼の裏が白い光に包まれた。

肉体感覚がフッと消えて、意識のみが白い空間に浮かぶ。


近くに光の点が見える。

何故かそれはレベナと瞬時に認識でき、そう認識した瞬間に半透明のレベナが浮かんで見えた。

レベナなニッコリ微笑んである点を指差す。


そちらに目を向けると、そこに赤い炎のような靄が現れてその中央に獅子の顔が浮かんできた。

「私の名はラーイオー。

ミカエルとして知られる存在のフォーカスのひとつである。

君の求めに応じよう。」


「またお会いできてうれしいです。

私は、ルー・ヤチネです。」

「お初にお目にかかります。

私は、レベナ・ノコーラです。」

「君達のコンタクトを歓迎しよう。

用件を述べるが良い。」


ルーが前に出る。

「いくつか質問させてください。

以前あなたは“古き縁に従って”と言いました。

ですが、ごめんなさい。

私にその記憶がありません。

どのような縁なのでしょうか?」

「…。

いずれわかるが、今は全てを語る時ではない。

しかし、君達人間というのは、今回の生だけの情報を持つわけではない。」

「それは過去世ということでしょうか?」

「君達の時間という概念に当てはめるとそういう言い方になる。」


「だからあなたから、何か懐かしいような、初めてではない感じがするんですね…。」

「遠くない未来の然るべき時に、必要なことを思い出すだろう。」


「それを今、教えてもらうことはできないんですか?」

「人間には答えを与えられると、依存し、それが当然と思い込む癖がある。

だが、忘れないで欲しい。

全ては君自身が起こしていることなのだ。

従って、然るべき時が来れば必要な情報もまた思い出す。」


「わかりました。

では、どうして助けてくれるのかを教えてもらえますか?」

「我とテーマを共有しているからだ。

それは過去世から持ち越している。」


「それはどんなテーマかを教えてもらうことはできますか?」

「二極の和合だ。

それも、個人的なものから組織や環境にいたるまで様々だ。

具体的な事柄や方法は自ら探求する必要がある。」


「わかりました。

ありがとうございます。」

ルーは頭を下げて感謝の意を示す。

「今は、もう質問はないようです。」

「然り…。

さて、レベナよ。

君にも求めがあるようだ。」


「え!?

ええと…。

ルーを守りたい、でしょうか…。」

「それは既に行われている。

…では、こうしよう。

君にある出会いを与えよう。

それは私との縁、架け橋である。

それが、君自身が望むものであれば縁を結べば良いし、望まないものであれば立ち去れば良い。」

「わかりました。

ご配慮いただきありがとうございます。」


「では、また会おう。」

そう言って、ラーイオーはフッと消えた。

ルーとレベナな現実に戻ってきた。

肉体がとても重い塊のように感じられ、だるい。


「凄いエネルギーだったわ!

…ごめんなさい、私、エネルギー酔いしてしまったみたい。

ちょっと横になって眠るわ…。」

そう言って、レベナはそのままベッドに横になった。

ルーもだるさを感じため、同じくベッドに潜った。

ルーはすぐに甘い闇に意識を落とした。


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