第14話『検問』
ガマフの街を出る東の門で軍は馬車を出してくれた。
ルー達の方にも同様に西門で馬車を出してくれるのだと言う。
これもファラミスの配慮のひとつだった。
とはいえ、流石に軍の馬車で他国を通るわけにはいかない。
国境から先は徒歩か自分達で馬車の調達が必要となるだろう。
ジンタは馬車での移動をあまり好きにはなれなかった。
歩くのは苦にならないし、何よりも尻が痛い。
グラムの客向けの馬車と違い、軍の馬車は造りはしっかりしているものの座席に座布団なりのクッションがなかった。
シュニの首都周辺は乾燥して荒れ地が多いため、余計に地面の凸凹が尻にくる。
しかし、ジンタはこの広大な荒れ地の開放感は好きだった。
生まれ育ったヒガ村周辺は鬱蒼とした森で、特に杉林が多い。
広く抜けるような青空の下の荒野は、杉林の静けさに似ている。
首都から離れるにつれて、レベナが言っていた重い圧が下がるのが感じられた。
それは、高い山から低地に急に移動したときのような、空気圧で耳がつーんとなる感覚に近い。
コルトが何か呟いた。
すると、風のように軽い空気が周囲を包む。
ジンタは不思議そうに荷車内を見回した。
「お、ジンタも気付いたか。」
「コルトも魔法、使えるんだね。」
と、ジンタがコルトに聞いた。
ジンタは、コルトと2人きりになったとき、コルトから「年上への丁寧さは大事だが俺に敬語はいい。」と言われていた。
「まぁ、レベナほど得意ではないがなぁ。」
「かなり修行が必要なのかな?」
「んー。
そうでもないぞ。
解想法ができていれば、ちょっとしたキッカケとコツさえ掴めばジンタにも使えるようになる。
折を見て教えるよ。」
「うん。
お願いします。」
ジンタはなんとなく、魔法はルーで刀は自分の担当のように思っていたので、少し嬉しく思う。
同時に、次ルーに会うときは何か自慢できるんじゃないかと思った。
それから2日かけて国境まで移動した。
途中は先々の村で宿泊したが、同行したファラミスの部下であるフィルは馬車内で寝泊まりした。
フォルドに近づくにつれて、土地はますます乾燥し、岩場が目立つようになった。
背の低い草で覆われた地面も所々あったが、どちらかというと岩石が露出した場所が多い。
背の高い木はあまり生えておらず、あったとしてもぽつりと単独で頑張っている印象だ。
小川は所々に見られるが、この土地だと農耕は難しいようで、稀にその土地の人が苦労して開墾した畑が家の隣に見えるのみであった。
国境には、仰々しい石壁が延々と左右に伸びていた。
まさかそれが南北にずっと伸びているのかと見渡すと、その先は川や崖が天然の境になっているようだ。
いずれにしても、簡単には不正入出国できない形になっている。
国境の関所は、シュニのものとフォルドのものの2つが別々に建設されており、フォルド側の関所は黒く大きく、権威的に感じられる。
シュニの方は、通行許可証をちらりと見せるだけで問題なく通ることができた。
人の良さそうな役人が、「頑張れよ!」と一行に声をかける。
ジンタは首を傾げた。
シュニの関所を抜けると、木の柵に挟まれた一本道がフォルドの黒い関所に続いていた。
ジンタとコルトとフィルの3名でフォルド関所の黒い鉄扉を開ける。
関所の中は、外見と同じく黒い石でできており、部屋の中も黒ずくめだった。
入ってすぐのところに机が置いてあり、そこに2名の役人がいた。
「なんだ、お前達は。」
あまり見ない雰囲気の顔つきなのだろうか。
フォルドの役人2名はジンタ達一行を見て威圧的に言った。
「シュニ国の特使2名だ。
帝都まで行く予定だ。」
ここまで同行してくれたフィルが応じる。
フィルは、フォルドの役人のひとりに2人の通行許可証と入国申請書を見せた。
「特使だ?
何も聞いてないぞ。」
役人が胡散臭そうな顔をする。
彼は入国申請書の表や裏を疑い深く見回した。
だが、どう見ても正規の書類を前に役人も通さざるを得ない。
もうひとりの役人が面倒臭そうな顔をした。
「では、荷物を確認する。
荷物を全て出せ。」
ジンタとコルトは、荷物を全て籠に入れさせられる。
「ジンタ、胸の御守りも。」
ジンタはコルトにそう言われて、首からかけているルーとレベナからもらった護符も籠に入れる。
肉親からもらったおまじない程度に思ったのか、役人はその護符には興味を示さなかった。
役人が妖刀を手にして、珍しそうに見た。
「なんだ、この曲がった剣は。」
「刀です。」
ジンタがそう答えると、役人は勝手に抜刀しようと柄を握る。
直後、役人は蒼い顔をしながらよろめいてガタンと机に腰をぶつけた。
「気味の悪い剣だ!」
そう言って抜刀を諦め、チェック済の荷物の横に置く。
それを見て、ジンタはホッとした。
コルトとジンタは荷物チェックを終えると、ジンタは関所中央の空きスペースに移動させられた。
「脱げ。
身体検査をする。」
と役人は見下すように言った。
ジンタは服を脱いで下着1枚になった。
「下も、全部だ。」
なんだ恥ずかしいのか?という言葉が役人の顔に書いてある。
役人に馬鹿にされたように言われ、ジンタは頭に来た。
荷物ならもう全て出した。
何か身につけているというなら、下着の上からでもわかるだろう。
「おい、手間をかけさせるなよ。」
そういって、役人はニヤニヤしながら警棒でジンタの下着をつつく。
「坊やはまだウブなのさ。
優しくしてやれよ。」
と、もうひとりの役人が言い、ワハハと役人2人が笑った。
ギリッとジンタの奥歯が音を立てる。
ジンタの目線が妖刀へと向けられる。
ジンタの心が乱れた。
こいつらは、悪だ、斬ってしまえ!
いや、彼らは仕事をしているだけだ。
仕事?
俺を辱め、馬鹿にすることが仕事か?
ここで問題を起こすのはまずい!
シュニ国を背負ってるんだぞ…!
そのとき、コルトがずんずんと服を脱ぎながら近づいてきた。
「おいおい、ひとりずつやらんでも良いだろう?
急いでるんだ。
さっさと2人共検査してくれよ。」
そういうとジンタの横に立ってあっという間に全裸になった。
コルトから冷たい風が吹いた。
しかし、コルトは特に魔法を使ったわけでもなさそうだ。
冷静になったジンタは、コルトに倣って服を全て脱いだ。
「おいおい、いきなり汚ぇもん晒すなよ。」
「いや案外、シュニの奴らにはこういうでかいのがウケるんじゃないか。
なんつっても、中間の国だからな。」
再び役人共がワハハと下品な笑いをあげる。
その後、棒で身体を突かれたり、四つん這いにされたりとかなり屈辱的かつ理不尽な対応をさせられた。
その度にジンタの頭に血が登るが、コルトがなだめ導くように動いて見せ、ジンタは忍耐してそれに倣う。
コルトが役人の指示に先に従うと、その度に冷たい風が流れてきた。
「でかい方はレスラーか何かなのか?
その棒は競技に使うのか?」
役人がコルトの棍棒を見る。
「俺の相手は魔物だ。
人に対して武器は要らない。」
役人はコルトの武神のような筋肉に明らかにビビっているようだ。
コルトがいなかったらもっと意地悪をされたかもしれない、とジンタは思った。
いや、それどころでは済まない話になっていたかもしれない。
荷物と身体検査を終えて、着衣の指示が出る。
これでやっと通れると思った。
しかし、フォルドの役人共は思った以上に悪質だった。
「お前が証人か。」
ひとりの役人がフィルに挑むように近づいた。
「そうだ。」
フィルは無表情を貫く。
「特使様を安全に通してやるんだ。
これははずむんだろうな。」
役人はそう言って、親指と人差し指で環を作ってフィルの前に出す。
役人はコルトへの態度とは打って変わって、底意地の悪い顔つきをしている。
コルトをいじめ切れなかった腹いせだ。
ジンタはそう思い、奥歯から再びギリッと音を立てた。
コルトもこれには我慢がならなかったらしく、
「おい!」
と凄む。
だがフィルは、即座にコルトに掌を見せて制止させた。
「いい。」
そういって、フィルは役人に金貨を渡す。
それは、シュニの一般人が1月でやっと稼げる大金だった。
「おい、冗談はよせよ。
特使様は2名様だろ?」
役人がフィルを馬鹿にするような顔をする。
コルトからの怒りの圧がジンタにも伝わってきた。
フィルは、即座に同じ額の金貨をまた出す。
「よしよし。」
そう言って役人はそれを受け取って自らのポケットに入れる。
コルトが殺気の籠った視線を役人どもに向けた。
そうして、やっとフォルド国内に入ることができた。
フィルは別れ際に、2人に微笑んでで手を振ってくれる。
コルトとジンタはフィルに頭を下げて礼をした。
◇ ◇ ◇
岩場の道が続いていた。
しばらく歩いて、関所が見えなくなると、いきなりコルトは道の脇の岩を思いっきり蹴りだす。
「くそっ!
あの役人め!
くそっ!」
コルトの突然放出される怒りの圧にジンタは圧倒される。
コルトにとってもよほど怒り心頭だったようだ。
「あースッキリした!
岩、ごめん!」
そう言って、コルトは岩に合掌をする。
大きな岩はパックリと2つに割れてしまっていた。
「ジンタも怒りは溜め込まない方がいいぞ。」
そういって、コルトは再び歩き出す。
ジンタは唖然とした。
歩いていると再びコルトが奇妙な行動をしだした。
「なんなんだよ、あの茶番は…。」
子供のような高い声でコルトが喋った。
「いやまぁ、世の中には嫌な奴がいるもんさ。」
コルトがいつもの声で喋る。
「人間て、ホント愚かな生き物だな。」
「まぁ、そういうなよ。
そういう人間に付き合っているお前も大概だろ?」
そんなことをぶつくさと高い声と普通の声を切り替えて喋っている。
「コルト…?」
ジンタが不審に思って、コルトを追い越して顔を覗き込む。
その瞬間、コルトの背中から頭ぐらいの大きさの青く丸いものが飛び出した。
「やぁ、ジンタ!」
子供のような声の正体が突然現れた。
それは、狸ぐらいに大きさの青い奇妙な生き物で、背中に羽が生え、フワフワと浮いている。
人のような顔をしていて、大きな目でジンタを見ている。
「!!???」
ズザザッ、とジンタは驚いて大きく後ずさりする。
「ま、魔物?!」
「ぷっ、がははは!
魔物ね!
ぷっ、確かに魔物かもなー!」
「おいおいおいおい!
失礼な奴らだな…。」
青い生き物がジンタの前にふわふわ飛んできた。
「さっき、関所で2人がキレないように冷ましてやったろ。
恩知らずな奴らだ。
あそこでキレてたら人間的に面倒臭いことになってたんだろ?」
「わりぃわりぃ、あんときゃ助かったよ。」
「ジンタ、こいつは昔からの付き合いの精霊だよ。」
「精霊、ねぇ…。
まぁ、いいか。
僕はウォル・メ・コメサル。
コルトと同調してて、こいつが魔法とか苦手だから手伝ってやってるのさ。」
ウォルと名乗った妖精が人懐っこそうな丸い目でジンタを覗き込んだ。
「…えっと。
よろしく。」
ジンタは面食らいながらもなんとか答えた。
確かに、ウォルの氣は人間とも魔物とも違う感じがあった。
軽いような明るいような。
少なくともこの精霊が、見た目とは違って強い力を持っていることはジンタにもわかる。
「それにしてもどうしたんだ?
珍しく姿を現して。」
「そうそう。
ここからはずいぶん魔物が出そうだから、独立して動いた方が良さそうかな、と思ってさ。
それに、コルトもレベナと別行動だから魔法の“クオリティ”もそんなに気にしないだろ?」
とウォルは意地悪そうに言う。
「まーな。」
コルトはちょっとバツが悪そうだ。
コルトはひとりではあまり魔法に自信がないらしい。
そんなことを言いながらコルトが再び歩きだす。
ウォルはそれに追従してフワフワと移動する。
ジンタは、精霊を人生で始めて間近でまじまじと見た。
なんとも不思議な生き物だ。
曇った白い空の下に、色の暗い岩場の道が続いている。
周辺には、所々丸い草が生えているが、その色はくすんで黄色に近い。
誰がどうみても陰鬱な風景だ。
そんな絵の中に、のっしのっしと歩く筋肉大男と青色の浮遊した奇妙な生き物がいる。
その背中には白い小さな羽があるが、本当にこの羽で浮いているのかは大いに疑問が残る。
ジンタはその奇妙な場面に慣れないままそのあとを歩いた。
しばらく歩くと突然に空気が重くなって、前方から魔物の集団が現れた。
鬼火のようなガス体と、大きな昆虫の集団で、20体はいる。
これは苦戦しそうだ。
「ほら、さっそく現れた。
回復の方は勝手にやっとくから任せとけ。」
ウォルが2人から距離を置く。
「助かる。
いくぞ、ジンタ!」
そう言ってコルトは棍棒を構えて飛び出す。
「はい!」
ジンタは息を深く吐いて抜刀した。