第11話『勝負』
ジンタは訓練場から少し離れた小屋に通された。
そこは、訓練場用の武器庫のようで、修繕が必要そうな古い武器が立てかけられている。
埃っぽく、人が動くと窓からの光でキラキラとした粒が舞う。
その小屋で次の出番まで待機せよと言い渡され、椅子に座らされる。
次は、シーダとザップの試合とのことだ。
他の志願者同士の試合は、次の試合の参考になってしまうとのことで見させてはもらえなかった。
同様に、シーダはジンタとザップの試合は見ていなかったようで、
「なんだ。
ずいぶん時間かかった上に、一発食らってるじゃねぇか。」
と、ジンタの左腕についたオレンジ色の塗料を見て言った。
「それじゃ、俺は軽く肩慣らししてくるかな。」
シーダは小屋から出て行った。
小屋には兵士ひとりとジンタの2人になった。
ジンタは先程の試合のことを思い返してみる。
自分に何が起きたのかいまいち理解できていない。
再現できるものだろうかと、深呼吸をしてみる。
しかし、いつも通り心が落ち着きはするのだが、さっきのような具体的に達観視するような感覚にはなれない。
目を開けて全体を捉えるように見たりと、色々試してみたのだが、やはり同じだった。
そうこうしているうちに外ではシーダとザップの試合が始まったようだ。
歓声が小屋まで聞こえてくる。
それにしても凄い声援だ。
観客の雰囲気は明らかにシーダが真打ちなのだろう。
声のほとんどがシーダを応援するもののようだ。
始まってからどんどん歓声は盛り上がり、2分程でパタッと収まる。
その後すぐに、おおっ!という歓声がした。
歓声の中には心なしかブーイングも含まれている気がする。
どうやらこの短時間で勝負がついたようだ。
しばらくして、兵士がジンタを外に呼んだ。
次は残るジンタとシーダの試合だろう。
シーダは、ふくれっ面で悪態をつきながら近づいて来た。
シーダの喉や胸、腹や脚等にオレンジ色の塗料が付着している。
どうやら、正面から突っ走って近づき、ザップに負けたようだ。
「なんで俺も斬ったのに負けなんだよ!
納得いかねぇ!」
シーダが地面に唾を吐く。
そして、ジンタの左腕の塗料を見て、
「ケッ!」
と息巻く。
本当はこの男も負けた理由はわかっているんだろう。
所定の位置でジンタと共に次の試合を待ちながら、シーダは、
「お前には絶対負けられねぇ…。」
と遠くを見る。
その後はシーダも黙り込んだ。
2人との試合を終えて、遅れてザップが小屋に向かって来た。
ザップは誰とも目を合わせようとしないが、脇腹を右手で押さえている。
おそらく最後強引にシーダの木剣で斬られたのだろう。
10分程の休憩を挟んで、第3試合、ジンタとシーダの試合が始まろうとしていた。
ステージの中央へと歩きながらシーダが口を開く。
「お前は何て言う道場のもんだ?」
「村の道場に名はない。」
「そうか。」
シーダが木剣をぎゅっと握るのが見えた。
ジンタは訳有ってここで負けるわけにはいかない。
しかし、この横を歩く男にも少なからず背負っているものがあるようだ。
審判の指示に従い、2人は5m程離れて向かい合った。
ジンタにとっては、木剣とはいえ、剣の相手と対峙するのは初めてだ。
目の前にしてみると、シーダの身体はジンタに比べてだいぶ大きく、威圧感がある。
ましてや、この地域一帯の武術道場の代表選手みたいな男だ。
尊大な態度が鼻につく男だが、油断は禁物だ。
ジンタは深く息を吐いて備えた。
全体を捉えて意識を広げる。
ザップとの時ほどには深くは入れなかったが、それでも達観する感覚は少し得られた。
「始め!」
審判が叫んで第3試合が開始した。
ジンタは半身を切って構える。
シーダも右足を半歩下げる。
やはりそれは、何か武術を学んでいる者の運足だ。
技術やスピードは不明だが、その態度や威圧感、そして何よりもその体格から、攻撃型であるとジンタは予想する。
これは、守りに終始してしまうと不利だろうと判断した。
ジンタは、先手を取るために飛び出した。
重心を低く落とし、一気に間合いを詰める。
そして、シーダの腹をめがけて一文字に斬りかかった。
シーダは一歩引いてこれを受け止める。
カンッ!という木刀と木剣がぶつかる音が響く。
続いて、切り上げでもう一太刀浴びせる。
これも、最小限の動きで止められた。
間違いなく、稽古された動きだ。
シーダは反撃とばかりに上段からジンタに斬りかかる。
次の攻撃に入りかけていたジンタだったが、危険を察知してそれを払うように受け流した。
「!」
強い衝撃と重さが木刀全体に乗せられた。
まともに受けていたら手首をやられていたかもしれない。
そのまま、受け流しながら後方に飛び退いて間合いを空ける。
押されている。
そう、ジンタは思った。
攻撃回数こそジンタの方が多いが、最後の一振りでそれを覆されてしまった。
間合いを取って再び対峙する2人。
ジンタは、力や体格差だけではない圧を感じた。
シーダの目が、
「どこからでも来い。」
と言っている。
ジンタはその圧に抵抗した。
これに屈すると恐怖になってしまうだろう。
それにしても、この男の威圧感はどこから来るのだろうか。
まるで、目の前に壁でもあるようだ。
次は、シーダが攻撃を仕掛けてきた。
中段の大振りな横薙ぎがジンタに襲い掛かる。
これを木刀で受けたが、強い圧力で押され、よろめいてしまった。
何とか上方に力を逃がして凌いだが、次の攻撃が上から降ってくる。
これを木刀を横にして両手で受けるが、熱風のような圧が全身を襲う。
ジンタのガクンと膝が折れてしまった。
それでも、なんとか横に力を逃がすことができ、振り抜いた体勢のシーダが立て直す前に間合いを取る。
まずい。
完全に押されている。
しかし、これは力だけではない。
いくら攻撃型とはいえ、常人の一点の力ではこうも容易に体軸がズレるようなことは考えにくい。
シーダの全体重が落下してくるような圧が、ジンタの足にまで響いているような感覚だ。
何が起きているのか。
次の攻撃も熾烈だった。
幸いシーダの攻撃は大振りなため、予想しやすかったのが救いだ。
木刀で受け止めた後、なんとか力を逃がして対処する。
しかし、ジンタはもはや手首や握力が限界に近かった。
膝も無理に力を逃すために酷使しすぎている。
震えが出てくるのも時間の問題だろう。
このままではまずい。
あと一回の攻防で確実に一本取られるだろう。
絶体絶命。
震える手でシーダを見る。
が、この圧の原因がわからない。
「ふー…。」
ジンタは心を落ち着かせた。
やぶれかぶれに攻撃しても仕方がない。
ここはむしろ基本に戻ってみる。
半眼になり、呼吸を落ち着かせ、会場全体を捉えるように意識を広げる。
シーダの周囲に意識を集中させて、何でもいい、何か情報を得ようとした。
すると、シーダの身体の周りにふと違和感を感じた。
シーダを中心として頭から脚の方向に空気が動いているような…。
「…氣か!」
ジンタがそれに気づく。
ヒガの基礎武術で少し習っていた。
基礎武術は守備を基本としていたが、その氣とシーダのそれは流れが逆なのだ。
ジンタは意識的に、外側に頭から脚の方向へ氣の流れを逆転させてみた。
自らの急な氣の変化に少しだけ吐き気がする。
それをぐっと堪えてシーダの氣にぶつけてみる。
すると、シーダの威圧感が抑えられ、正対する感覚が生まれてきた。
シーダがピクリと眉を動かす。
何かに気づいたようだ。
これを機にジンタは飛び出す。
狙いは、喉だ。
木刀を水平にし、一気に突く。
シーダはたまらずこれを避けた。
体勢が少し崩れたところで、ジンタは攻撃をたたみかけた。
カンッ!カンッ!カンッ!
と木刀と木剣が当たる乾いた音がする。
シーダの攻撃も受けたが、以前のような全身に覆い被さるような圧はない。
再びシーダの上段を避けて間合いが開いた。
「くそっ、ちょこまかと!」
シーダが悪態をついた。
どうやら氣力による優位性も消え、シーダにも余裕が無くなってきたらしい。
攻撃は互角だった。
どこかにチャンスを見出せられれば、勝てるかもしない。
そう、見出せられれば…。
観客は沸いていた。
ぽっと出の無名な青年が、ザップとの戦いで人並み外れた動きを見せて勝利を収めたと思ったら、次は競技大会連勝のシーダと互角に戦っているのだ。
シーダを応援している者も多いが、古武術として形骸化した刀でここまで戦えるのは、誰も見たことがない。
ましてや、シーダの3つ下の青年が、だ。
しかも、年齢を知らない観客には、ジンタの体格や顔つきからもっと年が下に見えた。
少年が大人と互角にやりあっているように見えたのだ。
「行けー!小僧!」
「そこ、突きだ、突きー!」
「攻めろ!攻めろー!」
一般民衆と武術関係者が入り乱れて叫んでいる。
「ジンタ、負けるなー!」
「相手よく見てー!」
ルーとレベナも必死になって応援した。
ルーは身を乗り出し、ロープからはみ出る勢いだ。
コルトはひとり、腕組みをして黙って見ている。
そして、
「まずいな…。」
と呟いた。
何度目かの攻防の後、2人は再び間合いをとって対峙した。
「ハァッ、ハァッ、…へっ!…ハァ、小さい身体で、ハァ、ちょこまか動くから、ハァ、もう息上がってんじゃねぇか。」
シーダが息を切らしながら言った。
しかし、その通りだった。
呼吸を乱してもまだ喋れるシーダに対して、ジンタは既に肩で息をしている。
何か言葉を発せる余裕はなく、意識もやや混濁としてきている。
技や氣が互角でも、スタミナでジンタは劣っていた。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
時間もおそらく半分近く過ぎている。
試合開始直後の戦いを考えれば、現時点でジンタが判定勝ちできるとは思えない。
ジンタは可能な限り呼吸を整える。
呼吸が深い方が達観性を保てるとは思っていたが、精神ではなく身体による呼吸の乱れは、意外にも達観性の邪魔にはならなかった。
ジンタは、ピンチでありながらも説明できない充実感さえ感じていた。
吸気の後にジンタが飛び出す。
シーダも同時に前進し、再び2人の攻防が始まる。
ジンタは細かく攻撃を重ね、突きを多用する。
シーダは運足と剣による防御をベースに、その中に攻撃を織り交ぜていく。
カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!
と、木刀と木剣の衝撃音が、2人の絶妙な攻防の中、鳴り続く。
「ジンタがんばれー!」
「上段気をつけて!」
「あんちゃん、いけー!」
ルーとレベナも必死に応援した。
2人と一緒のグラムも大興奮の様子だ。
ジンタの顔つきが朦朧としてきていることに、シーダは気づいていた。
焦らなくても、スタミナ差で相手が自滅することはわかっている。
しかし、未だにジンタの攻撃の勢いは決定的な衰えを見せていない。
シーダの目算では時間はまだある。
狙うは粘り勝ちだ。
ジンタの突きがシーダの木剣に防がれたときだった。
ジンタは次の突きを1回見送った。
シーダは、それに気づいて防御を解き、締めの上段を繰り出そうと振りかぶる。
ひとつの攻防のまとまりの最後の一撃だ。
それはパターン化していた。
そのことにシーダは気づいた。
気づいたが、手遅れだった。
「しまった!」
シーダは、そう思ったが反応する時間はなかった。
ジンタは、見送った突きの体勢から、低く重心を下げ、右足を大きく前に踏み出してシーダの懐に入る。
頭上からシーダの振り上げた肘が下りてくる。
が、それを避けるようにシーダの側面まで駆け抜ける。
木刀がシーダの腹に深く線を引いていた。
「勝負あり!」
審判が声を上げた。
「勝者、ジンタ!」
おおおおおっ!
歓声が沸いた。
ジンタの完勝だった。
ジンタは斬り抜けた体勢のまま肩で息をしていた。
鼻から汗が地面にポタリと落ちる。
土埃が顔に付着して不快だ。
だが、高い充実感があった。
「やられた…。」
シーダも今回は素直に負けを認めた。
「きゃー!
やったー!」
ジンタの朦朧とした意識に、ルーの喜ぶ声が聞こえた。