第9話『志願』
~ 登場人物 ~
ジンタ: ヒガ村出身の少年。妖刀サヤタカの管理者のひとり。武術の心得があり刀の扱いに長けるが、実践の経験値は低い。
ルー: ヒガ村出身の少女。滅んだヒガ村の村長の娘で、ジンタとは幼馴染。
コルト: 北方のコメサ村出身の男性。図体が大きい割に素早く戦闘経験も豊富。レベナと共にシュニの首都を目指している。
レベナ: 南方のマレイ諸島出身の女性。魔法が得意でコルトとは10年来の友人。
~ 国 ~
シュニ:大陸の二大国間に位置する南北に長い狭間の国。首都は最南部のサグラ。王はレンドック。中央より北はほとんど人が住まない地域で、シュニ国内でありながらも治世が行き届いていない。この僻地のクロヌ地域にヒガ村、北方域にコメサ村がある。
ムレン皇国:大陸西部の大国。首都はムクファ。王はカノン皇王。魔法技術に優れる。土地のほとんどが森林地帯で人口も多く、いくつかの部族に分かれる。
フォルド帝国:大陸東部の大国。首都はツェイベク。王はマズカール皇帝。金属精錬にはじまり軍事技術に優れる。土地のほとんどが岩場で鉄鉱石が採れる。
◆ ◆ ◆
~ 第2章『正義の刃』 ~
翌朝、一行は朝食を取ってからガマフで情報収集をした。
首都サグラとは目と鼻の先であるが、レベナによるとその方面にどうも不穏な感じが漂っているという。
それは、例の魔術師に感じたものに似た圧であるらしい。
ガマフの高台に登ってみると、南の方向に湖に囲まれた首都サグラが見えた。
そこは、たまたま天気が悪いのか、黒い雲に覆われているように見える。
サグラの王城の上には翼竜が時折旋回し、常に何かに警戒しているかのようだ。
コルトとレベナのふたりであればそれでも乗り込んだかもしれない。
しかし、ジンタとルーは例の魔術師に狙われている。
この状況でふたりを連れて行くのは危険すぎるだろう。
4人はもう少し情報収集をしてみることにした。
ガマフは人で溢れかえっている。
どうやら、サグラの不穏な空気を嫌って、ガマフに移住した者もいるようだ。
グラムが話した噂話も、あながち根拠がないわけでも無さそうだ。
やはり人々は王様が魔物を飼っていると噂していた。
また、善王と言われたレンドックが最近姿を見せず、王城の人間でさえも顔を見ていないらしいとも噂していた。
良い話もあった。
側近のファラミスがガマフに駐在しているという。
コルトとレベナの用事は、レンドック王に直接謁見することが理想的であるが、やむを得ない事情で会えなかったときの、代替者リストがある。
そこにファラミスの名があったのだ。
「ファラミスは、名高き英雄よ。
シュニのナンバーツーとも言われる人物ね。
まずは彼に会ってみましょう。」
とレベナが提案した。
コルトも賛成し、ファラミスの居所を探すことになった。
一行は、極力目立たない格好をしていた。
ジンタの長い刀も、ダミーで購入した竹竿と一緒くたに布で包んでコルトが背負うと、見事に田舎から来た行商人になった。
本来派手好きなレベナであったが、コルトに合わせた地味な服と赤毛を隠すフードをして大荷物を抱えていたため、ふたりの弟妹を連れた商人の雰囲気を出すことに成功してしまっている。
「全く、なんでこんなに荷物が重いのよ。」
レベナが憤慨していた。
「え?
そうか?
まぁ、仕方ないだろ、俺は大事な商品を仕入れて来た行商人ていうことだからな。」
コルトが皮肉を込める。
「私とジンタはどういう体裁にするの?」
とルーがふたりに尋ねた。
「我々の子供…、は、流石に無理があるから、商人見習いって感じかしらねぇ。」
レベナは良い案が見つからず、そう適当に答えた。
ファラミスの居所は簡単にわかった。
彼はシュニ国の将校で、実質、武官のトップである。
シュニの国軍は3部隊あったが、そのうちの最も力を持つ第一国軍がファラミス軍である。
ファラミス軍は、このガマフに駐留しているため、ガマフの軍部に入ることができればファラミスに会えるはずだ。
だが、どうやって入るかが問題だ。
いきなり行って表向き商人が入らせてもらえるとは思えない。
国王謁見用の紹介状は持っているが、軍トップに対して面会受付をしてくれるわけでもなく、軍部の誰かと繋がりがなければ直接的な面会は難しそうだ。
とりあえず、駄目元でガマフの軍本部に来てみた。
軍本部は石造りの大きな門があり、門の脇に小さな小屋と掲示板がある。
銀色の甲冑の守衛2名が門を守っており、小屋には誰もいない。
石壁の奥には、同じく石造りの大きな建物があるが、こちらも見える場所に人はいなかった。
とりあえず来てみた4人であったが、守衛はただ首を横に振るのみで、全く取り合ってもらえそうもなく、当方に暮れてしまった。
やはり、サグラまで行って国王謁見受付を試みるべきか…。
だが、グラムの話によると、現状は国王謁見受付をしたところで、謁見が実現する可能性は極めて低いとのことだ。
その状態で一度謁見受付をしてしまったら、サグラを離れることもできず、ただいたずらに時間を消費してしまうだろう。
そんなことをあれこれ話していると、ジンタが軍部の門のある張り紙に気付いた。
“ファラミス軍、第二種調整兵員募集のお知らせ”
そこには、兵員の志願条件、志願方法、審査内容、日時が書かれている。
志願条件は、シュニ国の10代で、体力なり武術なりが秀でている者。
志願方法は、期限の明日までに任意のタイミングで軍部受付へ行けばよいとのことである。
審査内容は、志願者または既存兵員の計3名と戦って勝つ必要があるという。
武器は木製の模擬武器で、頭か胴体のどこかに当てて有効判定を取れば良いとのこと。
死亡させたり、大怪我や致命傷を与えたりすることは禁止。
戦いは訓練場にて公開形式で行われ、審判が就くという。
選べる模擬武器の種類は、木剣、棍棒、弓、そして木刀。
木刀が含まれていることに4人は驚いた。
刀は、ヒガ村からジンタが持ち出したものしか目にしたことがなかったからだ。
4人が立ち尽くしていると、たまたま歩いていた軍の人間が一行を不審に思ったのかチラチラ見てきた。
「とにかく、ここは一度宿に戻ろう。」
そうコルトが提案して4人は立ち去った。
ルーは歩きながらジンタに抗議するように言った。
「兵士なんてダメよ!
戦争になったら命がいくつあっても足りないわ!」
ルーはあくまでも、静かに暮らすことを望んでいるようだ。
だが、ジンタは自らの運命がそのような平穏な方向に導かれるか甚だ疑問だった。
ましてや、昨晩にはコルトに刀と共に正義を追求する生き方をすると宣言したばかりだ。
戦いの定めから逃れられるとは思えなかった。
◇ ◇ ◇
宿に戻るとグラムが待っていた。
これからサグラに行くか決めかねているのを知って、暇なグラムは彼なりに情報収集を手伝ってくれていたのだ。
グラムを加えた5人で食事をしながら、情報交換をする。
グラムによると、やはり王城は閉鎖状態が続いているという。
また、ファラミスは確かにこの街にいるが、遭うのは難しいという。
第二種調整兵員募集の情報も得ていた。
第二種調整兵は、表向きは軍の補欠人員ということになっているが、実際は特殊なミッションを与えられる実力重視の少数兵員だという。
また、公開形式で行われるのは、大衆の娯楽と武術道場のアピールの場としての意味もあるのだという。
今回は10代の若き兵員の募集ではあるが、定期的に兵員の募集は行われており、その度に一部の民衆が公開試合の観戦を楽しみにしているらしい。
木刀に関しては、少数ながら刀を用いた古武術の道場がシュニ首都圏にいくつかあり、道場と軍との繋がりから木刀による審査試合の参戦が認められているのだという。
が、金属甲冑が普及しているこの時代に、すぐ歯こぼれする刀を実戦投入することは稀で、使用されたとしても小刀を予備で持つ程度とのことだ。
「刀は、実戦よりも型重視の武術として残っているのかもな。」
と、コルトが自らの見解を付け加えた。
それよりも、隠された村とはいえヒガ村を擁するシュニが、古くは刀を用いていたことは注目に値する。
これは、ヒガ襲撃の何かのヒントになるかもしれない。
コルトはそう考えたが、公の場でするような話題ではないと考えて、胸の内にしまった。
ジンタが注目したのは、調整兵募集の審査の最終段階には必ずファラミスによる面談が入るとの情報だった。
それなら、少なくとも勝ち進めばジンタはファラミスと話す機会が与えられる。
軍に入るのが嫌なら、事情を話してその場で辞退すればいい。
軍やファラミスがそんな甘い存在ではないかもしれないが、ジンタにはその可能性に賭けるしかないように思えた。
食後に、グラムは馬を預けている厩に戻っていった。
明日には馬と荷車は借主に返す手筈であるが、グラム本人とは彼の情報収集能力の高さを買って、もうしばらく契約を続行することになっている。
グラムと別れて、コルトとジンタの男部屋で4人は改めて作戦会議を開くことにした。
ルーは脱ぎ捨ててある下着等を見て顔をしかめたが、レベナは意に介さずに足でそれらを脇に寄せて持ち込んだ椅子に座った。
「さて、そろそろ俺とレベナの目的をふたりにも話しておかないとな。」
とコルトが切り出す。
「まず、俺はシュニの北方域のコメサ村から来た。
ケイバル村長の指示で、レイドック王に書簡を届けに来たんだ。」
「私は、知っての通り、南東海域のマレイ出身よ。
コメサ村とは学生時代からの付き合いで、とても良くしてもらったの。
それで、今回のコメサ村訪問時にケイバル村長に頼まれて、コルトの協力をすることになったの。」
「書簡の内容については、我々も知らないけど、シュニ、フォルド、ムレンの三国の行く末に関わる大事な内容らしい。」
ジンタとルーは、コルトとレベナが命懸けの旅をしている理由が理解できた。
ケイバル村長が何者かはわからないが、少なくとも目の前のふたりにとっては、命を懸けるに値する存在のようだ。
とはいえ、ここまで危険な旅になったのは、ジンタ達ヒガ村の者と関わったところが大きいだろう…。
コルトとレベナの旅について聞いたところで、ジンタが決意と共に言った。
「俺、あの兵員に志願するよ。」
3人の顔が固まる。
まずルーが即座に反対した。
「そんなの危なすぎるわ!
せっかくここまで逃げて来られたんだもの。
刀も由緒正しい古武道の道場に預けましょうよ。」
「こんなところで目立って例の魔術師にでも狙われたらまずいわ。」
レベナも賛成しかねるようだ。
「ジンタは正義のために刀を振ると決めたんだろう?
軍なんかに入ったら正義とはかけ離れたミッションを課せられるかもしれないぞ。」
コルトもジンタを心配そうに見ている。
ジンタが反論した。
「でも、俺だってコルト達の役に立ちたいんだ。
それが今の俺の正義だ。
軍にそのまま入るかどうかは、ファラミスに会って話してから決めれば良い。
それに今の俺達は知らない道場にいるよりも、コルトとレベナの近くにいた方が安全だろ。
刀だって同じさ。
どちらにしても、ファラミスに会って話す機会を得ないことには、無駄に時間を過ごすだけだ。」
ここのところ口数が少なかったジンタが、突然言葉を溢れさせた。
あまりに決然として主張されたため、コルトはそれ以上反対できなかった。
自分がジンタと同じ立場だったとしても、同じ結論に達しただろう。
レベナがコルトの反応に焦る。
「ちょっと!
他の可能性も考えましょうよ!」
確かに色々と可能性を探ることは無駄ではない。
そこで、4人は他の案を出し合った。
ジンタもこれは真剣に考えた。
潜入、変装、コルトの年齢詐称による志願は危険であるとして即却下。
魔術の中には、他人の情報をある程度読み取ることができるものがあるからだ。
あとは、グラムの人脈を当たる、軍部が行きそうな酒場に通う、正面から根気よく交渉する、次の兵員募集を待つ、というものも挙がった。
どれも、確実にファラミスと会える確証はない。
むしろ、時間が経てば経つほど、4人の生活費工面、命を狙われているジンタとルーを守りながらの活動の困難さの増加が予想された。
書簡の情報鮮度の低下も心配のタネだ。
書簡には封がされており、コルトとレベナも内容については知らされていない。
もし、緊急性の高い内容であれば、ここでの時間ロスは致命的なことになりかねない。
1時間程話し合ったが良い案は出ない。
やはり、ジンタの案に乗るしかなさそうだ。
ルーは切迫詰まって泣き出してしまった。
「ジンタにも何かあったら私…!」
これにはジンタも参ったが、冷静に慰めるしかない。
「試合も審査も命のやり取りは禁止されてるじゃないか。
ファラミスにさえ会えれば、俺も今のところ軍に入るつもりはないさ。」
軍が、用事があっただけだから話が済んだら志願辞退、というのを簡単に認めてくれる存在であれば良いが…。
だが、そこはあえて言うこともないだろう。
ジンタは次第によっては軍に入っても良いとも考えていたが、ルーをなだめることを優先した。
「こうなったら私達も全力でジンタをサポートするしかないわね。」
レベナも腹を括ったようだ。
「ルー、例の御守りをジンタに渡して。」
「…はい。」
ルーがふたつの護符を服のポケットから取り出してジンタに渡した。
それは、綺麗な刺繍の小さな袋に何かを記述した布と石が入ったもののようだ。
「こっちはレベナからの御守り。
邪気や悪い魔法から守ってくれるわ。」
「特に、麻痺や一撃死などの致命的な魔法に抵抗力があるわ。
ホントは2つあればもっと前からジンタにも渡しておいたんだけど、これ、作るのに時間がかかるのよ。」
「それでこっちは私が育ててる石よ。」
「育ててる??」
「そう、意図を込めてあるの。
運が良くなるようにね。」
「ルー、そんなことできるんだ?!」
「そうよ。
ジンタやタジキは魔法の修練のことなんかもうすっかり忘れているでしょ。
私はずっと練習してたし、レベナにも色々教わってるのよ。」
「もう魔法も使えるの?」
「初歩のものはね。」
「その御守りだって、それなりに高度な魔法の一種なのよ。」
レベナが手を伸ばして護符を我が子の様に撫でた。
「私とルーの意識下に、ジンタとその石がある限りは効果を発揮するわ。
例え私達が眠ってたとしてもね。」
ふぅん、という不思議な物を見るようにジンタは色々な角度から護符を見る。
しかし、何か熱のようなものは感じても、それ以上のことは良くわからなかった。
「我々3人も観客席にいるから、最悪の場合は乱入してでも助ける。」
コルトがジンタの肩に手を置いた。
話は決まり、早速募集締め切りの明日に、ジンタは志願することにした。
ジンタの胸が興奮とは違う高鳴りを覚えた。
◇ ◇ ◇
翌日の昼前に、再び軍部に行ってジンタはエントリーした。
受付をしていた兵隊は思いの外喜び、
「今回は異例の志願者数8名だ!
盛り上がるな!」
とこぼす。
こちらはそれなりの覚悟で来たというのに、ずいぶん軽いんだな、とジンタは思った。
この辺りのノリが、民衆の娯楽を兼ねているところなのかもしれない。
審査は明日行うとのことなので、この日はエントリーだけをして軍部を離れた。
その後の日没までは、男女に分かれて行動をした。
レベナとルーは、新しい護符を作るとのことで、買い出しに出掛けた。
コルトとジンタはガマフの武術道場を視察し、余った時間で稽古をすることにした。
ガマフはそれなりに広いため、武術道場は一つしか見つけられなかった。
その見つけられた道場は運が良いのかどうなのか、木刀を使った稽古を行っていた。
開放的な道場で、道端から簡単に見学できるのは良いのだが、その内容はあまりに形式張っていたために退屈だ。
下手に興味津々な態度を取って声をかけられるのも面倒だと、コルトとジンタはある程度見て立ち去った。
結局、宿近くの空き地で明日の対策のための稽古をした。
とはいえ、弓が相手の場合はコルトも模擬戦が行えないので、口頭でのレクチャーになる。
基本はこうだ。
動いている相手に矢を当てるのは、動き予測をするしかない。
そのため、無駄な矢を射たせるためには、高速でランダムな動きをするしかなく、正面から突っ込んだり、大きなジャンプは、動き予測が容易なため避けた方が良い。
相手が刀の場合は、先ほどの道場を見る限り、実戦的な稽古をしているようには思えないので、ヒガ村で習った基礎武術をベースに対応することとした。
棍棒や剣の場合を想定してコルトは実践的なレクチャーを行った。
基本は、ジンタの高い機動力を活かして、多少小柄な体型を補うものだ。
ジンタにはかなりヒガの基礎武術が身についていたため、体格さえ同じなら対人戦に不安はない。
とはいえ、コルトととの模擬戦は、ジンタは一本も取れなかった。
技術、体格、スピード、経験、勘共に、コルトの足元にも及ばない。
特に厳しいのはスタミナで、コルトが口で息をし始めるころには、ジンタはゼイゼイと肩で呼吸した。
ジンタは筋肉質ではあるのだが、全体的に線は細く、身体的にも持久力には不安がある。
「食事も少し肉付きを考えたものにした方が良いな。」
とコルトは付け加えた。
あまり疲れすぎてはいけないので、日没前には宿に戻り、この日は早めに就寝した。
翌朝、指定された時間より前にガマフ軍部に出向いた。
レベナとルーとグラムは先に街外れの訓練場に向かっていた。
コルトは、万が一の襲撃に備えて同伴したが、軍部の前まで来ると、近くの茶屋で周囲の氣を監視しているからと言って別れた。
軍部で受付をするジンタ。
志願者は8名と聞いていたが、来ているのはまだジンタひとりのようだ。
程なくしてぽつぽつとふたりの志願者が到着した。
しかし、その後は残りの志願者が来る様子はなかった。