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こうなったら大人の取引をすることにしました

「ハア、ハア、ハア…俺は、やると言ったら、やる男なんだ」


 布の袋に入れた金貨が重い。今にも袋が破れてしまいそうだ。俺は朝までモンスターを金貨に変え続けて、1257枚の金貨を獲得した。武器を使った戦闘は一切していない。モンスターに身体を触れさせるか、俺から触れて金貨に変えるかのどっちかだった。


 レベルも58まで上がっていた。

 弟子のミカエムに越されないように意地でもレベル60まで上げておきたいところだったが、今は一刻も早く向こうの世界に送金しなくてはならない。家族第一だ。


 金貨を送金するためには、一度石垣の家に戻らないといけない。

 あの家の海が見渡せる窓を開けると、異世界間銀行のカウンターにつながっている。

 おそらくミチェルのかけた魔法だ。


 俺が家まで戻ると、ミカエムとマリーヌが待っていてくれた。今回はこの2人に助けられた。一緒に戦ってくれなかったら、まだ金貨は半分くらいしか貯まっていなかったことだろう。


「お待ちしていましたわ」


 マリーヌがニコッと笑って、手のひらを出す。


 一瞬意味がわからなかったが、この世界でのハイタッチのようなものだと思い、俺はマリーヌの手のひらをパチッと軽く叩く。


「ありがとう。助かったよ」


 俺がそう言って、家の中に入ろうとすると、ドン!!とミカエムが竜王石のハンマーで地面を叩いて俺を止める。


「師匠、俺たちの分は?」


「俺たちの分? いったいなんのことだ?」


 マリーヌが怖い顔で俺を見ている。


「とぼけないで。私たちがモンスターを倒した分の分け前をちょうだい」


 マリーヌの声には殺気さえ込められているように感じる。


「えっ、でも、君たち、手伝ってくれるって…」


「そうだよ。師匠を手伝うとはいったけど…」


「うん、全部とは…私たちにも生活がありますから…」


 なんだって! その生活を今まで工面してきたのは俺ではないか…。まあ、仕方ない。17歳の子供から金をまきあげるようなことはできない。俺は大人なんだ。


「わかった。それじゃ、いくら渡せばいいんだ」


「私とミカエム、2人で金貨600枚は稼いだと思いますわ。なので、550枚ほどお渡しください。50枚はモンジャーに差し上げますわ」


 な、な、な、なんだって! たった金貨50枚だって! いや、確かに冷静に考えれば金貨50枚は大金だが、俺のことを全力で助けるような昨日のあの熱い言動を見せておいて、俺にくれるのは金貨50枚なのか……。


 だとしたら、手元には金貨707枚しか残らない。いざという時のために貯蓄していた金貨500枚を足しても、1207枚にしかならない。1250枚必要だから、43枚足りないことにある。そのためにまた樹海に行くのか……。スーパー面倒くさいぞ。俺はもう、送金して、朝風呂に入って、ビール飲む気まんまんなんだ。


「わかった。金貨550枚だな。でも、いちいち金貨を数えるのも面倒だな…。そうだ、ミカエム、俺と勝負しないか。勝ったほうが全部いただく。それでどうだ? 男と男の勝負だ!」


「おお! さすが師匠! 俺、そういう勝負好きだぜ! 昨日、レベル102まで上げてきた俺の成長ぶりを、ちょうど師匠に見てほしかったんだよ」


 レ、レベル102だって!? も、もしかして、ミカエムの奴…。


「ヘヘヘッ。昨日、師匠が戦っていると思ったら眠れなくてさ。千年迷いのダンジョンで、ちょっくら鍛えてきたんだ。金貨もこんなに」


 ミカエムは背負っていた鞄にパンパンに入っていた金貨を地面に落とす。こ、この量、絶対に、1250枚以上あるよね? お世話になっている師匠にあげてもいいかなって、気持ちにはならないのかなー…。


「さあ、師匠、勝負だ! 新しい武器も試したかったんだ。ちょっと待っててくれよ。今、取ってくるね」


 ミカエムは離れの家に武器を取りに行く。どうする俺、たぶん100%負けるぞ。金貨すべて渡すことになってしまうぞ…。仕送りが…ああ、仕送りがーーー!!


「大人の話をしようではありませんか」


 マリーヌが俺の手を両手で握って話し始めた。


「私としても今、ミカエムにモンジャーが負けてしまうことは困ります。だから、昨日、モンジャーのレベルを超えてしまわないように無理やり樹海から連れて帰ったのです。結果的にはそれがかえってあだとなってしまいましたが…」


 なんだかそれも、どんどん強くなるミカエムの勇者の資質に思える。


「とにかく、ミカエムが“師匠”を超えるには早すぎるのです。ミカエムは立派な勇者へと成長し、魔王を倒さないといけないのです。こんなにもあっさりと“師匠”を超えてしまったら、俺は天才だとかいいだして修行を怠ってしまうようになるに決まっていますわ」


 うーん、ミカエムならそれもありそうだ。


「なので、金貨1,000枚で手をうちましょう」


 えっ!? なんだって!? はっきり聞こえたが、 えっ!? なんだって!? と思わずにはいられない。


「金貨を1,000枚お渡しくだされば、先ほどの勝負の申し出はなかったことにしてさしあげますわ。ミカエムには特製のカレーとハンバーグを作って、勝負のことを忘れさせますから」


 マリーヌがそう言い終わると、


「おーい! 師匠、お待たせ!」


と言って、3mはある巨人族のカマを軽々と持ったミカエムが全力疾走でやって来る。


 わかったよ、マリーヌ。取引成立だ。俺は魔法を使って布の袋の中に257枚の金貨だけ残すと、あとはミカエムの鞄の中に瞬間移動させた。


「いちいち金貨を数えるのも面倒だな、なんてお芝居もうやめてほしいですわ。そんなことで、ミカエムをそそのかして、勝負して独り占めしようとするなんて、このクズ!! あら、私としたことが言葉がすぎましたわ」


「オリャーーー!!」


 ミカエムが巨人族のカマを振りかぶって、襲い掛かってきたので、俺は口笛を吹いて極めて冷静なふりを装いながら、ドアを開けて家に入る。


「ミカエム、今日はマリーヌ特製のカレーとハンバーグにしますわよ」


「えーー!! 本当!! やったー!!」


という声が聞こえてくる。


 この単純さ。これも、ミカエムの勇者の資質なのだろう。だから、強くなるスピードが異常に早いのだ。


 俺は窓辺のソファに腰掛ける。もちろん、窓を開けることはできない。さて、どうする。貯金の金貨500枚と合わせても、757枚にしかならない…。


 このクズ!! マリーヌの言葉が突き刺さったままだ。ピュアなミカエムを騙そうとするなんて、いくら家族のためとはいえ、確かに俺が間違っていた。


 俺は村の魔道ショップまでひとっ走りして、ずっと欲しかった“瞬間移動・上級編の魔法書”を、金貨750枚支払って購入した。


 上級編なら周囲のものも一緒に瞬間移動させることができる。だから、高くても、上級編が必要だった。


 瞬間移動で家に戻る。実際に体験してみると、想像以上に一瞬で移動できることは楽なことだった。

 リストン王国のキレイな海を見ていると、心が落ち着いてくる。そう、俺が今からすることは良い行いなのだ。


 俺は魔法を使って、半径100mの土地・建物ごと、ガルトニア王国の城へと瞬間移動させた。


 瞬く間に、ガルトニア王国の屈強な兵士たちに囲まれる。


「卑怯者! 絶対に許さないですわ!」


「どけどけ! マリーヌをどこに連れていくんだ!!」


 さすがに目は合わせられなかった。まあ、声を聞いていれば、状況は把握できた。ミカエム、マリーヌ、こういう裏切りも恋を盛り上げるためには必要なのだ。ジャンプで学んだことだ。


 俺はミカエムとマリーヌの恋のために良いことをしているのだ。決して、金貨をくれなかったこと、クズと言われたことを怒っているからではない。誤解しないでくれ。


「ミカエム、マリーヌ、幸せになるんだぞ」


 俺はそう言葉に出してみた。娘たちが結婚するときも、こんな感情になるのだろうか。少し、寂しい気がした。


 王女のマリーヌを連れてきた俺に、王様は約束通り金貨50,000枚をくれた。


 寂しさは瞬間的に消えていた。


 餞別に離れの家は、城の庭に置いていくことにしよう。ペガサスはもらっていくか、一度乗ってみたかったしな。


 俺は自分の家とペガサスを瞬間移動で、リストン王国の丘に戻した。


 さあ、金貨は用意できた。早く仕送りをしよう。

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