本当に強い子です
“最果ての入り口はあっても出口はない島”のいたるところを片っ端から探すと、小さな畑があり、ミカエムが収穫したさつま芋ハニーを食べていた。
自分一人で、こんなところに畑を作っていたとは知らなかった。
ミカエムは、俺に気づくと立ち去ろうとするが、仕方なさそうに立ち止まる。
「どうして呼び止めないのですか? 僕に聞きたいことがあるはずでしょう」
ミカエムにそう言われても、俺は何も喋れない。
「紗麻亜ちゃんなら大丈夫です。強い子ですね。……僕なんかより、よっぽど強い」
まるで廃人になってしまったようなミカエムのことよりも、俺は娘の紗麻亜のことが先に知りたかった。
それを、ミカエムに見透かされた。自己嫌悪を感じるが、今は紗麻亜の話を聞けた安心感のほうが大きい。
「始めて会ったとき、リストンの丘で、紗麻亜ちゃんは笑っていました。一人ぼっちで心細かったはずなのに……。僕はなんとなく、モンジャーの娘さんだと思いました。だから、『ここでお父さんは暮らしているんだよ』と教えてあげました」
「わかってる。だって、パパの匂いがするもん」
「紗麻亜ちゃんは、そう答えました。そして……」
「あっ、誤解しないでね。加齢臭とか、そういうのではなくて、パパがここで暮らしていた匂いがするの。アハハハハッ」
「とまた笑いました。僕は話を聞きながら、この子は心配しなくても大丈夫だなと思っていました」
「それにね、ここでパパがどんな暮らしをしていたのか、不思議なんだけど頭の中で“見えてくる”の。例えば、夜になってパンツ履くの忘れていたことに気づいたこととか……」
「紗麻亜ちゃんは、喋りながら、石を積み上げて、モンジャーが住んでいた家を直し始めました。本当に強い子です」
ここに捨てられて来る荒くれ者たちから、「リストンの丘でケーキ屋さんを開いて、稼いでいる女の子がいた」という話を聞いていたので、きっと紗麻亜のことだ。紗麻亜は無事なのだと、自分にいい聞かせていた。
その子が紗麻亜かどうかわからなかったけど、そう思うしかなかった。
そうでないと、紗麻亜のことが心配でたまらず、発狂してしまいそうだった。
この“最果ての入り口はあっても出口はない島”で一度発狂したら、お終いだ。
田畑を開墾したのも、正直気を紛らわせるためでもあった。
「それから、紗麻亜ちゃんはケーキ屋さんを開いて、あっという間にかなりの人気店にしたんです。ちゃんとご家族に仕送りもしていましたよ。もしも、パパに会ったら、ママとお姉ちゃんには、『パパは電話もできないくらいお仕事が忙しいから、紗麻亜がここに残ってお世話をする』って言っておくから、その点もご心配なくと伝えといて、と言っていました」
いくら、仕事が忙しくても、もう3年間も連絡をとれていないのだから心配をしているだろうが、まだ中学2年生の紗麻亜が仕送りを続けているおかげで、彩夏も夏希も生活には困っていないようだ。
紗麻亜も俺と同じように、送金するときに99.999%の手数料をとられているのだろうか?
ミチェルの奴も、さすがに子供からそんなぼったくりはしていないと思うが……。
紗麻亜に会えたら、何でも好きなものを買ってあげよう。
宝石でも、お城でも、イケメンと結婚できる権利でも、とにかく紗麻亜が欲しい物なら何でも買ってあげよう。
そして、俺にはわかる。きっとミカエムが紗麻亜を守っていてくれた。ありがとう、ミカエム。本当にありがとう。
「紗麻亜ちゃん、格闘センスがとにかくすごくて。どんどん強くなって、僕がここに来るときには、確かレベル9899まで上がっていたと思います。紛れもなく天才ですね。噂を聞いて、手合わせにきたエルディも、『私よりぜんぜん強いですのー』と悔しがっていましたよ」
そ、そうだったのか。自分の身は自分で守る、立派なレディーへと成長していっていのだな。
「でも、すべてがうまくいっていたわけではなくて、トラブルも……」
そりゃそうだ。俺だって、この異世界に来て最初は苦労したんだ。紗麻亜も辛い思いをすることもあっただろう。多少は仕方のないことだ。
「紗麻亜ちゃん、その、イケメンに弱いみたいで、5股とかしちゃったみたいで、また相手が貴族の息子だったりして、大騒ぎになったこともありました」
なぬっ? 確かに将来モテるようになるだろうとは思っていたが、もう5股デビューしてしまったのか。早いぞ。早すぎるぞ。お父さんだって、初めて5股に成功したのは、22歳のときだったというのに……。(それがバレたとき彩夏に毒殺されかけた)
「モンジャーのこと、今も、あの丘で待っていますよ」
ミカエムはそう言うと、本当に微かに笑みを浮かべた。
するとそこに、キースが姿を見せる。
たぶん、ずっと前から近くにいたのだろうが、気を使って出てくるタイミングを待っていてくれたのだろう。
もしかしたら、俺より先にミカエムを見つけていたのかもしれない。
「お、お前は……。お前がどうしてここに?」
キースを見て、ミカエムは膝から崩れ落ちてしまう。
そうか、魔王ナコとキースは瓜二つだった。
「ミカエム、この人はそっくりだけど魔王ではないんだ。笑ったときに、目じりにシワができるから、それで違いがわかるぞ」
ボコッ!! ボコッ!! ボコッ!!
みぞおちにパンチ3連発。肋骨が何本か明らかに折れている。あとでスーモイの魔法で治してもらおう。
キースが魔王ナコの母親であることは隠すことにした。ミカエムにとって、魔王の母親は、会いたくない相手だろうから。
キースは魔法で手鏡を出すと、目じりのシワを確認して、
「元勇者でも、年には勝てないわね。最強の敵だわ。ハァー」
とため息をつく。
「も、元勇者?」
ミカエムが反応する。
「そうそう、モンジャーのせいで、大切なことを忘れていたわ」
キースは魔法で、勇者の剣を出すと、それをミカエムに差し出す。
それ、もっと前に、渡せたよね? 渡すのを忘れていたのは俺のせいではないよね?
「……」
ミカエムは無言のまま立ち去ろうとする。
「待って! 勇者の剣は、君が持つべきだわ!」
そうキースが呼び止めると、
「そんな物、見たくもありません!!」
背中を向けたまま、ミカエムはそう答えて、立ち去って行った。
やはり、勇者にしかわからない、壮絶な辛い日々があったようだ。




