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『落ちこぼれ勇者ミカエム』

 俺が家に戻ると、キースが待ち構えていた。


「どうしたの? 顔色が悪いわね」


 キースがそう言う。


 俺は思わず逃げ出してしまった。ミカエムのあまりの変わり果てた姿に耐えられず、何も言葉をかけないで、こうやって家まで逃げて来たのだ。


「今さら後悔しても遅いわよ。私の平和牛ステーキを食べるなんて度胸あるわね」


 なるほど。ノゾミはキースの分の平和牛ステーキも持って行っていたのか。確かに度胸あるな。


「急に姿を消して、私から逃げられると思ったの?」


 そういうことか。俺がノゾミの様子を見に行ったことを、キースはステーキを食べて逃げたのだと思っているようだ。


「なあ、キースさん……」


「言い訳する気? まあ、一応聞いてあげるわ。でも、言葉に気をつけてね。私、今、すっごく機嫌悪いから。食べ物の恨みは本当に怖いのよ」


「勇者って、大変なの?」


「何よ急に……」


「い、いや、今までちゃんと考えたことなかったから」


「すっごく大変に決まっているじゃない。世界中の期待を背負って魔王を倒さないといけないのよ。それがどれだけのプレッシャーだか、勇者以外の者にはわからないわ」


 うーん。確かにそれは大変だとは思うが、それでミカエムがあんなに変貌してしまうとは思えない。


「まして、魔王に万が一でも負けてごらんなさい。もう、バッシングの嵐よ。私は体験したことがないけど、それはもう世界中を敵に回すくらい叩かれると2代前の勇者が言っていたわよ」


 そ、それだ! そうか、ミカエムは世界中の期待を背負って、魔王ナコに戦いを挑んだのだが、残念ながら相手が相手だ。歴代最強の魔王ナコに負けてしまったのだろう。

 そして、世界中の人々に叩かれて……。でも、だからといって、どうして“この最果ての入り口はあっても出口はない島”に来ているのだ?


 俺はミカエムのもとへ引き返す。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。何か変よ。何があったのか教えなさい」


 そう言って、キースもついてくる。



 猛スピードで戻ったのだが、崖に掘られた穴にミカエムの姿はなかった。


 ぽつんと一人、ノゾミが座っていて、泣いていた。


「どうしたのノゾミ? 何があったの?」


 キースはノゾミの側に駆け寄ると、そっと抱きしめる。


「ウエーン、ウエーンッ!」


 ノゾミは子供のように泣きじゃくった。


「大丈夫。大丈夫よ」


 キースは、ノゾミの背中を優しくさする。一瞬、ミシッと変な音が聞こえた気がするが、空耳だったことにしよう。


 徐々にノゾミが落ち着きを取り戻す。

 キースがついてきてくれて良かった。


「ノゾミは、いつから気付いていたんだい?」


「……最初からです」


「いったい、何の話なの?」


 俺はミカエムのことをキースに話した。駆け落ちしてきたミカエムをかくまっていたこと。弟子にしていたこと。裏切ってガルトニア国王にマリーヌと一緒に引き渡したことは割愛した。


「私の時代には『落ちこぼれ勇者ミカエム』という本があります。勇者ミカエムは何度も何度も、最強の魔王に立ち向かいます。世界中の人々はその姿に最初は感動するのです。しかし、何回戦っても魔王に勝てない勇者ミカエムに、次第に「偽物勇者」とか、「歴代最低の落ちこぼれ勇者」とか、罵声がとぶようになるのです」


 ノゾミは涙を懸命に堪えながら続けて話す。怒りで拳が震えている。


「ガルトニアの王妃の命令によって、王女マリーヌとも会えないようになり、孤独になってしまいます。さらには、勇者に負けなかった史上最強の魔王が子供たちの人気者になり、将来なりたい職業ランキングで1位になってしまうのです。そして、勇者は圏外に……。そうなってしまうと、不人気の勇者のジョブを誰かに渡してしまうことになるので、ミカエムは勇者を引退することもできないまま、孤独な人生をすごすことになるのです。勇敢な者に、悪態をついてはいけないという戒めの伝記でした」


 そんな辛いことがミカエムの身に……。俺も腹が立ってきた。元勇者のキースも完全に目を赤くして怒っている。


「でも、その伝記では、ミカエムがこの“最果ての入り口はあっても出口はない島”に来るということは書かれていませんでした。それに、私がこの島を研究していたとき、ミカエムがこの島に来た痕跡はありませんでした。何者かが、ミカエムをこの島に捨てて、ミカエムがこの島で暮らした痕跡を消し去ったのです。私は、私は、そのクソヤローが許せませんっ!!」


 ノゾミが大粒の涙をこぼす。


 許せない。許せない……。ミカエムに罵声を浴びせた世界中の人々も、ミカエムをこの島に捨てやがった奴も、絶対に許せない!!


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