three years later ~畑仕事を始めてみました~
three years later ――
できることはただ一つ。待つこと。
4人の大賢者と、勇者のミカエムがこの“最果ての入り口はあっても出口はない島”に捨てられることを、ただひらすら待つ。この島から出るためにできることは、それしかない。
とはいえ、何もしないのも暇なので、俺はレイラたちや、アニキとスーモイの力を借りて、荒くれ者たちを総動員して、田畑を開墾した。
キースも率先して手伝おうとしてくれたのだが、せっかく畑に適した土地を見つけても、力の加減ができなくて、耕すどころか大きな穴をあけてしまうので、栽培した食材を調理する料理長をお願いしている。
料理が大好きだからなのか、料理の際はあの馬鹿力をコントロールできていた。
料理しているときはとても元勇者には見えない。
「あの子にも料理の作り方を教えてあげたかったわ」
と一度だけ、ニコッと笑って言ったことがあった。
再度その言葉を口にすることはなかった。人間、本気で思っていることは、そう何度も口に出さないものなのかもしれない。
あと、キースには、フトシとモモカにちゃんとした料理を教えてほしいとお願いした。
「私、食に関しては特に厳しいけど、大丈夫かしら?」
とキースは心配をしていたが、
「死ね、と言われても、死ぬ気で生きろ、言われたように感じる2人ですので心配ないです」
と答えた。
実際、フトシとモモカは、初めてキースの指導を受けたとき、
「センスの欠片もないわね」
と言われても、
「僕らはセンスのかたまりだから、欠片なんてないよね」
「そうそう、欠片なんて必要ないばってん」
とポジティブ全開にとらえていた。
畑でプニプニスイカを収穫していると、ヒュッと矢文が、一緒に作業していたスーモイのふくらはぎに刺さる。
スーモイは畑仕事に夢中(先ほどからつまみ食いばかりしている)で、矢が刺さったことにまったく気づいていない。
俺はスーモイのふくらはぎから矢を引っこ抜いて、手紙を読む。
『稲作の田んぼに来て』
あいかわらず、レイラの手紙は短い。
田んぼに行くと、稲作を担当していたタスキ、ミカヅキ、カーヤの3人がしょげていた。
「また来年、がんばればいい」
とレイラが励ましている。
今年も米作りに挑戦したが、稲が枯れてしまったようだ。
「そうだよ。レイラの言う通りだ。途中までは去年より順調に育っていたんだ。これは、成功に近づいている証じゃないか」
俺がそう言うと、
「はい、兄様!」
「私たち、頑張ります!」
「来年こそはおいしいお米を、兄様にたくさん食べてもらいます!」
と、タスキ、ミカヅキ、カーヤの3人が元気を取り戻す。
いつの間にか、レイラとモモカ以外のくノ一は、俺のことを“兄様”と呼ぶようになった。
また、適性のある荒くれ者を集めて、忍術を教えるようにもなっていた。
「おーい、あいつー! こっちへ来てくれ! おーい! あいつー! こっちだー!」
アニキが何度もジャンプして、森の中から頭を出して俺を呼ぶ。今でも、アニキとスーモイは俺のことを“あいつ”と呼んでいる。この2人は変わらないところがいい。
「どうした?」
俺が背後から声をかけると、アニキが飛び跳ねて驚く。
「うおっ、びっくりした! だから、わざわざ背後から声をかけるなと言っているだろ!」
誰にも見えない速さ(キース以外)で移動して、アニキの背後に回って驚かすのが、最近の俺の楽しみだった。
「まったく、あいつの速さにはかなわないよ」
「それで要件は何? いろいろ忙しくてさ」
この“最果ての入り口はあっても出口はない島”に来てからもう3年が経つ。
俺は田畑の管理の指示を出したり、田畑を荒らす凶暴なモンスターを金貨に変えたり、荒くれ者たちのケンカの仲裁に入ったり、やることがたくさんあった。
今ではすっかり、荒くれ者たちの悩み相談も受けるほど、頼られる存在となっていた。
「あいつ、これを見てくれよ。今日、収穫予定だったドーナツバナナが、1つ残らず全部食べられているんだ」
うっ、これはちょっとマズいな。キースがドーナツバナナをメインにした料理の準備をもう始めているぞ。
フトシは調理のことよりも、ドーナツバナナを使った料理を食べることを楽しみにしていた。
すると、アニキがプニプニスイカの皮を踏んで転んでしまう。
「誰だ! こんなところにプニプニスイカの皮を捨てていきやがって! ちゃんとゴミ箱に捨てないとダメじゃないか!」
他にも十数個、プニプニスイカの皮が落ちていた。
俺とアニキはやれやれと目を合わせる。ドーナツバナナを1つ残らず食べた食いしん坊が誰だかわかったからだ。
「オイラにも食わせてくれよ~! あいつ~! アニキ~!」
収穫予定だったドーナツバナナを食べてしまったスーモイは、キースにたっぷりしごかれた上に、夕飯抜きとなり、レイラたちが2ヶ月かけて造った“スーモイが盗み食いしたときの罰用の檻”に入れられていた。
俺たちは島の中央に村を作った。家だけではなくて、皆で食事ができる場所や、キースやレイラたちのためにディカプレオのダンスショーが見られる劇場も建てた。
今日の夕食は、今年から実験的に家畜している平和牛のステーキに変更されていた。これもきっと、スーモイに対するキースの腹いせだ。
平和牛はあまりのおいしさに、食べた者はどんなにイライラしても平和な心になるというブランド牛だった。
「旨いっ!! この島に来たのも何かの縁だったかもしれない」
平和牛のステーキを一口食べると、俺は無意識にそう言っていた。
「旨すぎるっ!! お代わりどんどん持ってきてくれ!」
アニキがそう言うと、
「ダメよ。一人でたくさん食べないで。ただでさえ、アニキのお皿にもステーキを30人分入れていたとよ!」
モモカはあいからず、喋るときの最後だけ変な博多弁のようになる。
「わかった。ごちそうさま」
いつもだったら不服そうにするアニキが、素直に受け入れる。さすが、平和牛の力だ。
どんどん数を増やして、この島にいる皆が食べられるようにしよう。
「あれっ、ノゾミは?」
キースがレイラに尋ねる。
「また彼のところでしょう」
とレイラは答える。
「若いっていいわね。私もあと2、3歳若かったらなあ。あはんっ」
キースは羨ましそうにして、何やら一人で妄想している。
この島もだいぶ治安がよくなったとはいえ、ノゾミに何かあったら大変なので、俺は様子を見に行くことにした。決して、若者の恋を覗き見しようという野暮な考えからではない。
断崖絶壁の崖。そこに穴を掘って、その青年は一年ほど前からひっそりと暮らしていた。
その青年の声を誰も聞いたことがない。それどころか、髪の毛は伸び放題で顔もろくに見えなかった。最低限の食事しかとっていないようで、ガリガリに痩せていた。
仲間が増えるように、畑仕事にも誘ってみたこともあったが、首を横に振るだけだった。
高速で移動しながら、俺が様子を見に来ると、ノゾミが青年にステーキを食べさせようとしているところだった。
皿の上にはステーキが3枚あった。ノゾミが自分の分も持ってきたとして、もう1枚は誰の分を持ってきたのだろうか?
ノゾミが、平和牛のステーキを口元に近づけるが、青年は顔をそむける。
ノゾミは無理やりにでも青年に食べさせようとする。意外と大胆なのだな。
「いい加減にしてくれよ。一人にしてくれ!!」
青年はそう叫ぶと、ノゾミが持ってきた平和牛のステーキを皿ごと払いのける。
その声には聞き覚えがあった。忘れるわけがない。随分と風貌が変わったとはいえ、1年間も気付かなかった自分に腹が立った。
ミカエム、どうしてお前がここにいるのだ?




