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俺に触れると金貨になるぜ。(ダサいセリフだから心の中だけで言っている)

 年収1200万円。美人で料理も上手な妻と結婚して、子供も2人授かった。順風満帆だった。ところが、人生の風向きはある日突然変わる。


 子会社の業績不振が本社にも影響して、『ボーナスカット』の事態に陥った。給料も大幅に減額になり、近々大規模なリストラがあると社内で噂が広まった。リストラの対象にならなかったとしても、待っているのはイバラの道だ。


『ああ、こいつらほとんど全員、ボッコボコにしてやりてー』


 苛立っていたこともあり、俺は帰りの電車で、吊革につかまって立ちながら、そんなことをわりと本気で思った。


 足を延ばしてドカッと座っている若者たち、山登りの格好をして元気いっぱいなのに優先席を占拠して大声でしゃべっているご老人たち、パソコンをせわしなくいじっているインテリ野郎、どいつもこいつも電車に乗ったらムカつく奴らばかりだ。

 あっ、ミニスカートとショーパンの女子2人組は別だ。


 毎日、毎日、こんな最悪な電車に耐えて通勤していたっていうのにさ…。


『世界で一番偉い人間になりたいなあ。誰からも指図されず、誰もが言うことを聞く人間に』


 そんなこともかなり本気で思っていた。


 ボーナスカットのこと、妻になんて言えばいい? 酒を飲む気にもならない。ミニスカートとショーパンの女子2人組も下車して、気を紛らわすことがなくなってしまった。


 何かに逃げたかったのだろう。俺は帰りの電車で、時間の無駄だと思って一切やったことがなかったスマホゲームアプリを、ろくに選びもせず適当にダウンロードした。(ゲームのタイトルさえ覚えていない。)


 すると、それは異世界でモンスターハントするゲームで、主人公はいくつかのスキルの中から、2つだけスキルを選ぶことができた。


 俺はお金のことしか頭になかったので、モンスターが触れるだけで金貨になるという、今の異能を選択した。

 稼げるなら、外国だって、異世界だって、どこにでも行こうではないか。本当に行けるのなら。(あのときはまさか本当に異世界に行けるとは夢にも思っていなかった。)

 もう一つのスキルは何でもよかったので、自分が何を選択したのか覚えていない。


 いつの間にか、乗客は俺だけになっていた。


 溜まっていた疲れを抑えるものが弱くなり、俺はひどい睡魔に襲われた。


 そして、目が覚めた時には、この世界にいたというわけだ。


「やっと起き…あら、大きな目をしているのね。けっこう、タイプかも。あっ、そんなことはどうでもよくて、私の名前は、ミチェル。一度だけしか説明しないからよく聞いて」


 目を覚ますと、色白の肌に金髪のショートボブがよく似合う20歳前後の女の子が、俺に美しい顔と目のやり場に困る巨乳を近づけてそういった。


 身体の5%くらいに白く輝く鎧のような物を着ていて、残りの95%は肌を露出している格好だった。

 こんな子が、こんなコスチュームでいるキャバクラがあったら、毎日通っていたかもしれない。


「もう、私も忙しいんだから。集中して聞いて!」


 ミチェルと名乗る美女はプクッとほっぺたを膨らます。


 か、かわいい…。


「いいですか! あなたの奥様とお子様には急遽、海外転勤が決まったことになっています。だから、あなたがこの世界に来ても、行方不明になったとかは思っていないのでご安心ください。『洗濯物が減って助かるわー』『やったー! パパに怒られないですむ!』『彼氏作ってもバレないね。フフフフフッ』と喜んでもらえたそうですよ!」


 えっ!? 俺が居なくなって喜んでいる!?


「あれ、私、何か余計なこといいました? まあ、いいや。とにかくそのあたりはご心配なく。あと、これは大切なことです。この異世界で死んでしまいますと、本当に死んでしまいますのでお気を付けください。この世界にはたくさんの魔法がありますが、死んだ人間を生き返らせる魔法はありません。アイテムもありません。わかりましたね」


 今、はやりのドッキリかな? そうか、きっとこの美人の女の子は俺が知らないだけで、人気の女優さんで、ドラマか映画の番宣のためにこんな格好をして、ドッキリの仕掛人になっているんだな。ってことは、これは家族や同僚にも見られることになる。


 ヘラヘラしてないで、毅然とした態度をとらねば…。それに、さっさと済まして家に帰らないと時間がもったいない。とりあえず、このドッキリに騙されたふりをしよう。


「わかりました。それで、俺…いや、私はこの世界で何をすればいいのですか?」


「おおー! これは一番素晴らしい質問です!」


 美女が手を合わせて、大きなおっぱいを揺らして喜ぶ。


「実は、この世界の魔王がとにかく強すぎて、誰も倒すことができなくて、モンスターを倒す戦士が不足しているのです。だから、あなたには与えられた能力を使って、モンスターをどんどん倒してもらいたいのです。もちろん、報酬はたんまり付与されます。それを、ご家族に仕送りすることもできますのでどうぞご安心ください。

 ただ、我が王国“レストキア”も魔王に好き勝手にされて財政難なので、少々手数料は頂戴しますが問題ないですよね。あなたがどこの王国で暮らしても、手数料は“レストキア”王国がいただきますのであしからず」


「そうですね。財政難なら仕方ないですよね。わかりました。モンスターをどんどん倒して、家族にたくさん仕送りしてあげます!」


 カメラの位置はわからないが、おおげさにガッツポーズしてみる。さあ、もうこれでいいだろう。ドッキリでしたって、ネタバレして家に帰させてくれ。


「それじゃ、ワクワク、ドキドキだらけの異世界生活を満喫してくださいねー!」


 美女は俺の頬にキスをすると、ヒュッと消えてしまった。


 えっ!? 今の何!?


 ウグググググッ…。


 奇妙な声がすると思ったら、鼻が鋭く尖っているオオカミのような生き物の群れに囲まれていた。7、8頭くらいの群れで、おそらくリーダーなのだろう。1頭だけ体が5倍くらい大きく、後方から全体を見渡していた。


 そして、そのトンガリバナオオカミ(俺が勝手にそう呼んでいる)に襲われると、俺に噛みついた瞬間に次々と金貨になっていったのだ。


 リーダーのトンガリバナオオカミは賢いようで、


「ウゴゴゴオーーン!」


 残っている仲間を呼び戻して、去っていった。



 まあ、こんな感じで俺の異世界生活はスタートした。


 人生の風向きはどこでどう変わるのか、本当にわからないものだ。

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