愚問
「もしかして、この状況……。私も、この“最果ての入り口はあっても出口はない島”から出られないのか? 閉じ込められてしまったの? いやよ、いや……この美貌を持て余して、こんな島で年老いて死んでいくなど絶対にいやよーーー!!」
キースが泣きながら、地面を力強く殴る。その度に大きく揺れて、地面は広範囲で陥没してしまう。
まずいぞ、とにかくキースを落ち着かせないと、この島そのものが破壊されてしまう。
しかし、どうして一度出ることができたキースが、今回は何度試しても出ることができないのだ? キースが一度出たことによって、結界がより強力なものになったのだろうか?
「愚問ですね。答えは単純です。キースという方は、この島で生まれ育った。つまり、前回は“この島に入ったわけではない”ので、そのまま出ても結界が反応しなかった。結界が、キースを認識していなかったのです。ところが、今回は“この島に入ってきた”ので、出ようとすると結界が反応しているのです。わかりましたか。あっ、二度説明する気はありませんので、あしからず」
声の主は、いつの間にか俺とキースの背後に立っていた。白衣に黒ブチ眼鏡、ベタな科学者の格好をした金髪で色白の女性が、早口でまくし立てた。年齢は22、3歳くらいだろうか。
科学者だ。ディカプレオが探していた科学者は、本当にこの島にいたのだ。
「では、どうすればこの島から出られるの?」
キースが、科学者の腕を掴もうとすると、スルッとすり抜けてしまう。
科学者はホログラムを使用していたのだ。
「私はこの島にしかない貴重な石を探しに来ただけです。この島からの脱出法は知りませんので、あしからず」
そう言うと、科学者のホログラムが消えてしまう。
一先ず自分がこの島から出られなくなった謎が解けて、キースは多少は落ち着きを取り戻す。よかった。あのまま暴れられていたら、10分後にはこの島は消えてなくなっていただろう。
科学者もそうならないように、仕方なくホログラムを使って姿を見せたに違いない。
「君は、今の派手だか地味だかよくわからないおなごを知っているのか?」
「知っているというか、噂で聞いていた程度で、科学者らしいのです」
「カガクシャ?」
そうか、この世界に科学はないから、科学者のことを知らないのか。
「えーっ、なんというか……。そうです! 魔法のような力を生み出すことができる人のことです!」
「そうなのか! それは凄い! ならば……」
「はい。この“最果ての入り口はあっても出口はない島”からの脱出法を知らないと言っていましたが、彼女には“脱出法を生み出す力”があります」
俺はなるべく誇張していった。科学者といっても、研究分野は人それぞれだ。彼女がどの分野に長けているかわからない。だが、今はとにかくキースにポジティブになってもらう必要がある。
「本当か! よし、先ほどのおなごにもう一度、会いに行くぞ!」
「痛っ!」
キースが俺の腕を強く掴んで引っ張った。もうちょっとで骨にひびが入って、脱臼してしまうところだった。
「おっと、これはすまぬことをした」
「だ、大丈夫です。あ、あのですね。俺も、先ほどの科学者がどこにいるにかまでは知らないのです」
風も吹いていないのに、キースの髪がなびき、目が少し赤くなる。
「つまり、どこかに隠れていて、居場所がわからないということなの?」
「はい、そうです」
俺はキースをイライラさせないように、なるべく早く返事をする。
「だったら、こうすればいい!!」
ドーン!!
キースが地面を思い切り叩いて、大きな穴を開けた。
俺は巻き込まれないように、ギリギリのところで、離れた場所まで逃げることができた。
ドーン!! ドーン!! ドーン!!
キースはさらに地面を叩き続け、穴を広げていく。
「な、なにをしているんですか?」
「こうやって、この島を破壊していって、あのおなごが隠れられる場所をなくしてしまうのよ」
こ、これが元勇者の発想なのか!? まるで魔王が考えそうなことだ。よくよく考えてみると、勇者と魔王の思考回路は似ているのかもしれない。
ドーン!! ドーン!!
キースは躊躇うことなく、この島を破壊し続ける。なんという攻撃力だ。パンチの衝撃だけで、レベル99,999の俺が吹き飛ばされそうになる。何かの拍子であれをまともに喰らったら、一巻の終わりだろう。万が一そうなってしまう前に、知っておきたいことがある。
「キ、キースさん、“あの子”につけた名前を憶えていますか?」
俺が尋ねると、キースは母親の顔を見せて、
「それこそ、愚問だわ」
と微笑んだ。




