見た者がいるという噂はあるが、実際に見た者を誰も知らない幻の科学者
「そうではない。勘違いするな。ここに集まっている連中はな、この島に来て闘い続けて、さすがにもう闘いにうんざりした奴らばかりなんだ。それで、こうやって“シンデレラごっこ”や、“鶴の恩返しごっこ”をしながら待っているのだよ。誰かが、この島から出る方法を見つけてくれることを。本気でフトシをいじめている者など一人もおりはせぬ」
いやいや、ちょっと待て、ディカプレオ。お前は騙されているぞ。戦いにうんざりした奴らではなかったぞ。俺はボコボコにされて、アイアンクローで何度も腹を刺されたんだぞ。ここにいる連中は、お前の『誰と闘っても必ず引き分けになるスキル』を盾にするために、集まっているだけだぞ。
ほら後ろを見てみろ、ちょっと石垣を崩しただけで、フトシの奴が半殺しにされているぞ。ガチでいじめられているんだぞ。
モモカは自分の作業に夢中で、そのことに気付いていないようだ。天然って、いいな。ある意味、最強のスキルだよな。
「それにな、フトシだって“シンデレラごっこ”や“鶴の恩返しごっこ”で皆の役に立てることを心底喜んでおるのじゃ」
まあ、それに異論はない。
「あやつは、“何の役にも立たない”という理由でここに捨てられた可哀そうな戦士なのだ」
マジか……。一番悲しい理由ではないか……。
「だからな、ここで皆の退屈しのぎの役に立てることに、フトシは幸せを感じているのだ。それをやめさせるなど、非道すぎて、ワシにはできぬ」
「わかったよ。それだったら、モモカだけでも開放してもらう」
これは頼みではない。無理やりにでも開放させるつもりだった。
「いいだろう。ワシの条件をクリアすれば、モモカだけは開放することにしよう」
「いやだね。俺はモモカを連れて帰る。例え、1年でも10年でもお前が諦めるまで闘い続けてやるぞ」
「そう熱くなるな。若者よ。っていうか、今、ワシのことをお前と言いおったな!!」
ディカプレオはもはや石というより、立派な岩石を俺に投げつける。俺はその岩石を人差し指でつついて、粉砕する。
「これはお前にとっても悪い話ではない。最後まで聞くのだ。よいか、前々から“この島から出る方法を研究している科学者がいる”という噂があってのう」
本当か!? この“最果ての入り口はあっても出口はない島”に来てから初めて希望を持てることを聞いた。
「ワシも随分と探したのじゃが、見つけることができんかった。もしかしたら、この島から出たいという願望が生み出した噂で、誰も本当にその姿を見た者はおらぬかもしれぬ。だが、最近になって、あの山のふもとで、特殊な石を探している科学者を見たという噂が広まっておってな」
ナヌッ、それも噂なのか……。つまり、科学者を見た者がいるという噂はあるが、実際に科学者を見た者が誰なのかさえわかっていないのだな。
しかも、ディカプレオが指さした山は、この島で最強というキースが住んでいる山ではないか。
「だから、お前がその科学者を見つけて、ここに連れてきたらモモカを開放してやろう。ほら、ワシももう年じゃろ。こういうのは若者に任せんとな!」
こういうときだけ年寄りであることをアピールしやがって汚いぞ。
「モモカを連れて行くと足手まといになるじゃろ。それに、ここにいたほうが安全じゃ。他の誰でもないワシが守ってやるからのう。ワシは誰にも絶対に勝てないが、誰にも絶対に負けない男じゃ」
カッコいいことを言っているような、カッコ悪いことを言っているような……微妙だ……。
まあ、でも確かに、モモカを連れて行くより、ここに置いて行ったほうがいいか。本人楽しそうだしな。
モモカは作業に戻ったフトシと、これから自分たちが閉じ込められることになる建物を幸せそうに直している。
よし、この島から脱出する方法を研究しているという、実在しているかどうかわからない科学者を、キースが住む山のふもとまで探しに行くとしよう。




