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世界一の幸せ者

 太っちょの戦士が全力疾走で逃げる。

 俺はモモカと金貨が入った大きな袋を持って、ゆっくりとその横を歩く。


「なあ、お前の名前、教えてくれよ」


 間違って遠くへ吹き飛ばしてしまう前に名前は聞いておこう。


「フトシ。ディカプレオ様がつけてくれたんだ。もう、今、大変なんだから話しかけないでくれよ」


 フトシ? 太っちょの戦士の名前がフトシ……。このネーミングセンス、そして自らをあのハリウッドスターの名前を一文字変えただけのディカプレオと名乗っている奴……。きっと俺と同じ世界から来たに違いない。ということは、何かしらのスキルを3つもっていることになる。レベル99999になったとはいえ、ディカプレオの異能に警戒することにしよう。



 しばらく、森の中をゆっくり歩いていると、ガルトニア城13個分くらいの広さがあるちょっとした村のようなアジトがあった。適当に造られた家らしきものが数十軒ほど建てられていた。どうやら、3つの軍団のうちの1つらしい。


「ハア、ハア、ハア。どんなもんだ。僕が本気で走ったら、誰も追いつけないんだぞ。逃げ足の速さは天下一品なんだぜ!」


 フトシの長い独り言を一応聞いてあげてから、


「ここにディカプレオとやらがいるのだな」


と確認する。


「ウワオッ! どうしてお前がここに!? そんなバカな…、僕の逃げ足の速さについてくれるなんて…」


 おいおい、途中で一度会話をしただろう。なんだか、憎めない奴だ。


 俺はしばらく、ここにいる荒くれどもが目で追えないほどの超高速で走り続けて、様子を窺うことにした。


「目、目が回るとー!」


 モモカに喋られると面倒だな。ここに来ているのがバレてしまう。俺は超高速で走りながら、大きな袋を開けると、魔法でガムテープを出す。直接触れて怪我をさせてしまわないように、魔法を使ってモモカの手をガムテープでぐるぐる巻きにして、口に貼りつけた。


 1ヶ月後に娘の紗麻亜も来ることだし、この島から出ることができたら、“酔い止めの魔法の書”を購入しておこう。


 フトシが帰ってきたことに気付くと、一斉に戦士たちが近寄って来る。ざっと500人はいる。その中には、川から流れて来たピチピチギャルのヨーシャカ、リンスク、モーネもいた。格好はまだ水着のままだ。3人のピチピチギャルを引き連れている、あの金髪で目の細い奴がディカプレオなのか? どんなスキルを持っているのか、発動させて教えてくれないかな。


「おい、フトシおせーぞ!」


「どこ、ほっつき歩いていたんだ!」


「さっさと掃除しろよ!」


 フトシに無数のブラシとバケツが投げつけられる。


「わ、わかりました。お姉様。今すぐ、お掃除しますので、お許しください」


 な、なんだ? フトシの奴、急にオネエキャラになったぞ。


 フトシはブラシとバケツを一つずつ手に持つと、アジトの外れのほうにある井戸に向かい、バケツに水を汲んでブラシを使って掃除を始める。


 俺は超高速で移動しながら、井戸の水を飲む。軟水だな。おいしいコーヒーが淹れられそうだ。さらに、超高速移動を続けて、大きな袋を開けて、ガムテープを外すと、モモカにも水を飲ませてあげた。


「モモカ、ぐるぐる回るの楽しくなってきたと!」


 モモカが目をキラッキラと輝かせる。それはよかった。俺は再びガムテープでモモカの口を塞ぐ。


 それにしても、フトシ……。ブラシで、土をこすっても、何の意味もないだろう。いったい何をしているんだ?


「なあ、フトシ、こんなことして意味あるのか? お前、いじめられているのか?」


 俺は我慢できずに、周りに誰もいないことを確認して、フトシに聞いてみた。


「ウワッ! お前まだいたのか! もう帰ってくれよ。俺が連れてきたみたいに思われると困っちゃうよ」


 そうだよ。フトシが俺をこのアジトに連れて来たんだ。


「教えてくれないなら、フトシについてきたって叫んでみようかな!」


「や、やめろよ! そんなことしたら、お前、ディカプレオ様にやられちゃうよ!」


 おお、自分のことより俺のことを心配してくれるのか。アジトまで敵を連れてきた自分の身を心配したほうがいい状況なのに。


「わかったよ。話すよ。これは、“シンデレラごっこ”なんだ。別に、本当にいじめられているわけではないんだよ。勘違いしないでくれよ。僕が本気出したら、ディカプレオ様以外の奴らなんてボッコボコにできるんだから!」


 フトシがブラシを剣のように振るおうとするが、すべって転んでしまう。でも、フトシはそれぐらいでへこたれない。ササっと立って、ブラシで土をこするという謎の掃除を再開する。


「この“ダイダニック軍団”の皆は優しいんだ。軍団ができて、暇つぶしに“シンデレラごっこ”をやることになってね。誰も主役のシンデレラ役に立候補しようとしないから、僕が手をあげたら、『どうぞ、どうぞ、どうぞ』って、皆親切に僕にシンデレラ役を譲ってくれたんだよ。エヘヘヘヘッ」


 “シンデレラごっこ”だって? 今はヨーシャカ、リンスク、モーネのピチピチギャルもいるが、それまではむさ苦しい男どもだけで、“シンデレラごっこ”をしていたというのか? “ダイダニック軍団”というセンスのないネーミングのことをディスるのは後回しにしよう。


 フトシ、“シンデレラごっこ”で、お姉キャラを守っているのはお前だけだぞ! 他の連中は雑用係なんてごめんだから、お前にシンデレラの役をさせているんだぞ! そもそも、お前、靴履いていないじゃないか! 裸足だろ! 何年待っても王子様は現れないぞ! このままずっと、意地悪なお姉様設定のあいつらにいいように使われるんだぞ!!


「僕、幸せ者なんだ。エヘヘヘヘッ」


 そうだな、フトシ。お前はある意味、世界で一番幸せ者なのかもしれない。こういう幸せの形もあるものなんだな。


 だけど、フトシ、ごめんよ。俺は無性に、お前を騙している奴らの鼻を明かしたくなっている。


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