世界VS魔王
「逃げましょう。あいつらは危険です」
俺は美しすぎる魔王を抱きかかえる。名前…、もしかして、ないのかな……。
「別に…名前など……我は魔王……名前など……」
ダメだ。動揺しすぎていて、俺の話が耳に入っていない。
俺は魔王をお姫様抱っこすると、魔法で愛用のフライパンを引き寄せる。さすがは、ホビットの職人の特注品だ。傷一つついていない。
「貴様、何をする気だ! 憎き魔王を倒せる絶好機! 逃がしはせぬぞ!」
イームは背中に身に着けていた、大きな円に仕込んでいた無数のナイフを、俺と魔王とフライパンを囲むように空中に放った。
エルディとニックスも、俺と魔王とフライパンを逃がさないように戦闘配置につく。
イームが後衛で、エルディとニックスが前衛の布陣だ。
「モンジャー、魔王から大至急離れてくださいですのー! このままでは巻き込まれてしまいますですのー!」
「ニックス様もう我慢できねえ。イーム、ニックス様攻撃開始するぞ!」
イームが頷く。
ニックスの目が輝く。
マズい。イームの仕業か、瞬間移動も封じられている。
「オリャーーー!!」
ニックスが大きな斧を構えて、突進してくる。途中で、イームが放ったナイフが数本刺さったが、それでも気にしないで、突進してくる。
カキーンッ!!
ニックスの攻撃を、ミカエムが巨人族のカマで受け止める。
「ウヌヌッ、小僧が邪魔をするな!」
「そう言われても、困っている人を助けるのは当たり前だろ!」
「おのれ、そこをどけ!!」
ニックスがさらに力を強めて、斧を振るう。
キーン!!
ミカエムの持つ巨人族のカマが粉砕されてしまう。
「ウワーーー!!」
さらにその衝撃で、ミカエムは吹き飛ばされてしまう。
「出でよ! 元魔王! 私の奴隷となり働きたまえ!!」
マリーヌが先ほどゲットしたばかりの、元魔王を召喚する。
「ググウググーッ、グググググーッ」
しかし、元魔王はまだ昼寝を続けていた…。
「もう、なんでまだ眠っているのよ! こんな役立たずだったら召喚獣にするんじゃなかったですわ!」
マリーヌはがっかりしていたが、召喚した効果がまったくなかったわけではない。
「父上殿……父上殿が悪いのじゃ。そう……すべては、父上殿のせいなのだ!!」
美しすぎる魔王は、元魔王に飛び掛かり、みぞおちを思い切り殴る。
すると、元魔王のお腹に大きな穴が開き、次の瞬間スコールのように無数の金貨が降ってきた。
えっ? マジか? あのいかつい元魔王を、ワンパンでやっちまったのか? しかも、実の父親を、気持ちよさそうに昼寝していた父親を…。美しすぎる魔王は噂通り、力も心も圧倒的に強いようだ。名前の件を除けばだが…。
「父上殿がいけないのだ。私が生まれた途端に『勇者にやられるのが嫌だから引退しまーす!』と言い出して…。おかげで私は、生まれた瞬間から魔王。皆に魔王、魔王と呼ばれすぎて、母上様がつけてくださった名前も忘れてしもうた…」
「それなら、お母さんにもう1回名前を教えてもらいなよ」
ミカエムは誰に対してもタメ口だ。
「無理じゃ。魔王の子供を産むなど、人間には負担が大きすぎた……母上様は私を産んですぐに……」
魔王には魔王で、つらい思い出があるものなのだな。
「フッ、そんな話で同情するほど、俺様たちは甘くはないぞ! 貴様は、魔王を教育するためだけに作られた魔王学校で、剣術、武術、魔術、召喚術、床技、などあらゆるスキルを身につけ、歴代魔王の中でも最高の成績で卒業した激ヤバの魔王だ! この機に成敗してやる!」
イームがそう話している間に、屈強な兵士が多いことで知られるレストキア王国をはじめ、リストン、ガルトニアなど世界各国の軍隊が、瞬間移動を用いて魔王を包囲するように集結していた。
8万人の観客が入っていた横浜アリーナのライブより、どう見ても10倍は人が多い。
もしかして100万人以上もの完全武装した戦士が、世界各国から魔王を倒すために集まっているのではないか?
さらには、ゴーレムやオーク、ガーゴイルなどのモンスターの軍団も出現する。よかった。魔王にも援軍が来た。
「フッ」
今度は美しすぎる魔王が鼻で笑う。
「何がおかしい! さすがの貴様でももう逃げ場はないぞ! モンスター軍団も貴様の暴君ぶりに愛想を尽かして、こちら側についたのだぞ‼︎」
さっきは自分が鼻で笑っていたくせに。イームが怒っている。それにしても、こんなに大勢の軍団に命を狙われるなんて、どんな気分なのだろう。味方のモンスターたちにも裏切られて…。
俺だったらとても耐えられないだろうな…。おっと、今はそんなことを考えている場合ではない。なんとかこの状況から美しすぎる名前を忘れてしまった魔王を逃がさなければ‼︎