一の巻 姫の旅立ち⑨
スポンジ姫がデザートのイチゴを食べていると、ドアを忙しく叩く音がして、カステラおばさんが、来たわねと立ち上がります。
「これはこれはマダム。ご機嫌麗しゅうございます」
「ミルフィーユ校長、おはようございます」
招き入れられたミルフィーユ校長は、シルクハットに杖。右目だけの眼鏡に靴はつま先がくるんととがって丸まっています。
「おば様、この方は魔法使いでいらっしゃるの?」
スポンジ姫が、目をまん丸くして聞きました。
「ホホホ、これは愉快愉快。洒落が分かる方と存じ上げますが、さて、見かけぬお顔と拝見しましたがマダム」
「今日来てもらったのはそのことなの」
カステラおばさんは、落ち着いて話しましょう。とスポンジ姫の前の椅子を引きます。
「この子は遠い親戚で、ちょっと訳がありましてね、学校に行ったことがなのよ」
「それはまた、なんと!」
ミルフィーユ校長は目を丸くして、スポンジ姫を見ました。
カステラおばさんの紹介が心外だったスポンジの顔は見る見る赤くって行きました。
なんてナンセンス。わたくしはこの国の姫、スポンジよ。
喉元まで出かかっている言葉を何とか飲み込んだスポンジでしたが、馴れ馴れしい目つきで見られ、どうにも怒りが収まりません。
「なるほどなるほど」
一人納得しているミルフィーユ校長に、一言申し上げなくては気が済まなくなったスポンジは、スカートをギュッと握りしめ口を開こうとしたその時です。
「大丈夫。ゆっくり治して行けば」
「失礼ですが、何を直すと言うのです?」
スポンジはイライラを募らせながら、訊き返しました。
「わが校の生徒、いやこの町のものは皆親切ですから、どうかご安心を」
「ですから」
「いやいや、実にすがすがしい朝だ。みなまで言わなくても、このミルフィーユ、しかと受け止めましたぞ。いやはや、こうはしておられませんぞ。ワタクシメは手続きがありますのでこれにて」
「あら、お茶の一杯でも飲んで行かれたらいいのに」
「そうしたいのは山々ですが」
スポンジをチラッと見たミルフィーユ校長は、深々と頭を下げます。
「何なの? あなた、ちっともわたくしのことが分かっていないようですからお教えしますけど」
ムキになってい言い返すスポンジの傍らで、ティラミスが噴き出しました。
それがまた面白くなくて、もうスポンジ姫の顔はゆでだこのように真っ赤っかです。
「フムフム。すぐに良くなりますとも。そんな赤面症ごとき、すぐにすっ飛んでしまいますぞ」
「ですから」
「私に任せて下さい。うちの学校に通う子たちは、みんないい子ばかりで、暖かく受け入れてくれるでしょう」
さっさと話しをまとめミルフィーユ校長は、紳士的な挨拶をして、急ぎ足で行ってしまいました。
目をぱちくりさせたスポンジ姫が、訊きました。
「おば様、これってどういうこと?」
「どうもこうもありませんよ。さ、早速支度をして出かけないと、遅刻しますよ。お弁当は、ここに入れておきましたからね。あらそうそう、大事なことを一つだけ言っておかなければね」
きょとんとするスポンジ姫に優しく微笑みかけます。
「ここではみんな平等よ。あなたはただの町娘。お姫様ではないことを忘れないでね」
「言われなくても分かっていますわおば様」
そのやり取りを聞いて、ティラミスは笑いを堪えるのに必死です。
何もかもが面白くないスポンジ姫。
「ならよろしくってよ。さ、急いで。学校は前の道をまっすぐ行けば着きますよ」
スポンジ姫はカステラおばさんに背中を押され、恨めしく振り返ります。
堪えられなくなったティラミスは背中を向け、肩を揺らしているではありませんか。
「ティラミス、行くわよ」
「は、はい。行ってらっしゃいませ」
「何を言っているの?」
「あなたこそ何を言っているんです。さっき言ったばっかりじゃありませんか。あなたはここでは」
「はいはい分かりました。私はただの町娘ですわねおばさま」
「分かればよろしい」
「姫様、くれぐれもお気をつけて」
「ティラミス、覚えておきなさいよ」
「さぁぐずぐずしないでお行きなさい。道は分かったわね。この道を真っ直ぐ行けばいいのよ。目印は赤い屋根に大きな鐘がついていますから、すぐにわかるわ」
ティラミスはいよいよ堪えられなくなって、腹を抱えて笑い始めています。
怒り心頭で、腰をプリプリさせながらスポンジは学校へ向かいます。
さてさて、どんな学校生活が待っていますのやら。