八の巻 ビターで行きましょう③
空が白みがかり、肩で息をするティラミスとババロアは、キノコの山へたどり着いていました。
白く染まった尾根を一望すると、手綱を強く引き駆け下りていきます。
「遠路はるばると御足労じゃった」
木馬を降りたった二人へ握手を求めて、一人の老人が近づいてきました。
キノコの山のふもとにあるタケノコの里のビスケット村長です。
「ビスケット村長、緊急事態とは」
ティラミスの問いに、ビスケット村長は目配せで二人についてくるよう促します。
しばらくして、村の中心と思える場所まで来ると、ビスケット村長の足が止まりました。
ひときわ目立った大きなテントの前、一人の少女が二人へ深々と頭を下げて見せます。
「ようこそタケノコの里へ。わたくしは、村長の孫娘、マカロンと申します」
はにかむ笑顔にババロアが先に手を伸ばします。
「これは何とも美しい。あまりの眩しさに、わが心の目は盲目になりそうでございます」
その言葉だけでも面を食らってしまっているマカロンでしたが、あろうことかババロアは膝まづくと取った手の甲に軽く口づけをして見せたからもう大変です。
みるみる顔を赤くしたマカロンとは裏腹に、ビスケット村長の顔が険しくなってしまっていました。
そんな軽率な真似、ティラミスが許すわけがありませんが、今日はどこか様子が違います。ビスケット村長に咳ばらいを一つされ、肩を竦めて見せるババロアなど、まるで眼中にないようです。
「さぁ中へ」
先にビスケット村長が中へと入って行き、続いてババロアです。兜を小脇に抱え顔を上げようとしないティラミスが通りかかったその時でした。
「あら、もしかして」
にっこり微笑んだティラミスに。マカロンが戸惑ったのもつかの間、一瞬甘い香りが鼻をくすぐったかと思うと、もうその後は夢の世界です。
「初めましてお嬢様。お目にかかれて光栄でございます」
「ご丁寧にありがとうございます。あなた様は」
「サヴォイアと申します」
「はぁ~素敵なお名前ですこと。さぁ中へどうぞ」
あえてミドルネームを語ったティラミスは、中へと入って行きます。
躰に害があるものではありません。パウンドから拝借してきた、黄金の泉の水です。これで半日は誤魔化せられるでしょう。
囲炉裏を取り囲み座った二人の前に、村長は一枚の絵を差し出して見せました。
「この娘を、ご存知じじゃなかろうか」
「……シャロット」
そう呟いたのは、ババロアです。
先程の軽佻な態度は、もうどこにもありません。
顔面蒼白のババロアを見て、ビスケット村長は燻らせていたパイプの灰をパンと叩きます。
「やはりご存じじゃったか」
「この女性が何か」
「この娘は、私の大事な一人娘。そして、このマカロンの母親でもある」
目を大きくしたババロアが、マカロンを見ます。
「それと、私たちが呼ばれた理由とどう関係しているのですか」
険しい表情で尋ねるティラミスに、ビスケット村長は無言で懐に合った地図を広げて見せます。
「この谷より東へ進んだところに、まんじゅう山という商業町がある。そこの町へ娘のシャロットは出稼ぎに参っていた。だがしかし、冬が明け春が来ても帰って来ず、心配した婿のオレオが探しに行ったのじゃが、そのオレオさえ戻らんのじゃ」
「そういった話ならば我らではなく、警察隊の仕事であろう」
怪訝な顔をするティラミスに、ビスケット村長は神妙な面持ちで、首を横に振って見せました。
「わしらもバカではない。しかししばらくして、こんなものが届いてのう」
おもむろに懐から出された怪文書に、二人は目を見張って、ビスケット村長の顔を見る。
(二人は預かっている。返して欲しくば、お菓子の国の姫、スポンジ様をかりん島まで連れて来い)
「何ですかこれ?」
怒りを顕わにするティラミスに、手を拱くビスケット村長が二人の顔をじっと見詰めます。
「どうして二人を取り戻す条件が、スポンジ姫とは?」
かすれた声で訊くババロアを見て、ビスケット村長は重々しく口を開きました。
「それは、お主が一番ご存じじゃなかろうか」
ビスケット村長の言葉に、ティラミスの目が大きく見開かれます。
「どういうことだ。ババロア」
「俺は何も」
明らかに何かを知っているのは明白でした。
青ざめるババロアに、ティラミスは担当を抜き頬に当てます。
「兄上。誠のことを申さぬか。もしや、とは思っていたが、ここ一連の出来事は兄上の差し金ではあるまいな」
「何を申すか。そのようなことがあるわけなかろう」
「天地神明に誓って、そう申すか。人の命がかかっておりますぞ。ましてや、姫までも脅かすとは」
「若かったんだ。だから無理って言っただけで。本気じゃなかった。今でも後悔、している」
手を振り払いながら言うババロアを、ティラミスに食って掛かって行きます。
「どういうことなんだ」
「それは私から説明しましょう。マカロン、少し、席を外しなさい」
素直に応じたマカロンでしたが、黄金の泉のまやかしなどとっくに消えてしまっていました。戸口にもたれかかり、耳を傍立てます。
「シャロットは俺の昔の恋人。で、おそらくあの子は」
口ごもるババロアを見て、ティラミスは声を荒げました。
「まさか」
言葉なくうなだれるババロアを見て、信じられない思いで首を大きくy子に振ります。
「学生時代、二人は恋をした。頑なに拒むシャロットに、この男は結婚を餌にすべてを奪った。そうじゃのう」
「嘘じゃなかったんだ。本気でそうするつもりだった。俺はシャロットのこと、本気で」
「ならばなぜ、あの日、こんぺい島へ参らなかった」
「行ったさ。足の骨一本折ってな」
「どういうことだ」
「父上が、反対だったんだ。こんぺい島へ向かう俺を、神秘の森の魔女に命じ、襲わせたんだ」
「そのような噓、誰が信じよう。お主は、シャロットに子が出来たことを知り、怖気づき逃げおったんじゃ」
「逃げてなどおらぬ」
「ならば聞くが、なぜ娘をあの子を探さんかったのじゃ。それが答えであろう」
「それは……」
言葉を詰まらせるババロアに、ティラミスは頭を抱えてしまうのでした。




