八の巻 ビターで行きましょう②
町は昨晩からまた雪が降り積もり、学校もお休みになってしまっています。
神秘の森も真っ白になり、森番のバームが何やら険しい顔で、東の方角を睨みつけていました。
誰のものかわからぬ無数の足跡が、森の奥へと続いております。鮮明に残された足跡には、明らかに馬のものと考えられるものもあります。そしてそれが今朝方付けられたものである。というのは明白です。不思議なことに、ほろほろ鳥がなぜ泣かなかったのでしょう? 本来は臆病な鳥。気を許さず物が近づけば、鳴き喚き、自分の耳に届かぬはずがありません。
異変は、清らの泉でも起こっていました。
ライの姿はなく、番人であるパウンドもいつもとだいぶ様子が違っていました。鎧を身に纏い、深刻な顔で姉から届いた文を読んでいます。
「あのばか」
パウンドの呟きに反応するように、パイ軍団がノッシノッシと足音を立て、峠の向こうからやって来るのが見えます。
まだ夜が明けきれていない町を、馬が駆け抜けていこうとしていました。馬を操るは、鉄の鎧に身を固めた騎士です。鉄兜のてっぺんには一番隊長の証、赤い布が揺れています。その後を少し遅れて、真っ白い馬に、矢張り鉄兜に鎧を付けという出で立ちの騎士でした。
何事かと目を覚ました町の人、数人か窓から首を伸ばしましたが、もうとっくに通り過ぎた後でした。
「王様、そろそろよろしいでしょうか」
「うむ。大臣たちは」
「すでにお集まりでございます」
「分かった。すぐに参ろう」
城のバルコニーから町の様子を伺っていたタルト王の眉間には、深い皺が寄せられていました。
「王様」
弱弱しく語り掛けるクリーム王妃に、タルト王は優しく微笑んで見せました。
「心配せんでもよい。王妃はゆっくり休んでおれ。それと」
そこまで言うと、タルト王は大きく息を吐き出し、続けます。
「姫を頼む」
「かしこまりました」
力なく微笑むクリーム王妃を後に、タルト王は大臣たちが待つ広間へと向かったのでした。
重々しい扉を開くと、ずらっと並んで座っていた大臣たちが立ち上がり、一斉に礼をします。
「みなの者、面を上げ」
タルト王が席に着くのを確かめ、各々も席に着く。
真っ先に声を上げたのはブラウニー大使です。
「王様に申し上げます。大変まずい状況にあります」
「貴様、そのような事、とっくに知っておる。さっさと状況を説明せぇ」
荒々しく声を上げたのは、アントルメ大佐です。
「まぁお気をお沈め下さい。アントルメ大佐」
「何を悠長なことを言っているんだ。この非常事態に」
「ええい黙れ。今はここで言い争っている場合ではない。ブラウニー大使、順を追って説明してくれ」
「かしこまりました王様。事の発端ですが」
そこまで言いかけた時です。静かにドアがノックされ、静かに開かれたのは。
入ってきたのはミルフィーユ校長でした。
「これはこれは。三人のお揃いでございましたか」
軽快な口調に、ブラウニー大佐は太い眉をピクリと動かせます。
「何用じゃ」
タルト王に言われ、ミルフィーユ校長は、深々と頭を下げました。
「王様に申し上げます。カステラ様よりの伝言を預かって参りました」
声を高々に申し上げたミルフィーユ校長を、一同は厳しい目で睨みつけます。
「今、何度か知られて、お主はここへ参ったのであられるか」
興奮するブラウニー大使に、周囲の者も、半間の声を荒げましたが、しかし、ミルフィーユ校長は微動出せずに続けます。
「この名を聞いて、貴殿たちは何もお分かりになられない。という方が問題なのでは?」
タルト王の険しい表情を見て、アントルメ大佐がハッと息を呑みました。
「直ちに我々は、席を外すことにいたそう」
アントルメ大佐に促され、面白くなさそうにブラウニー大使も鼻を一度鳴らし退室していきます。それに倣うように、続々と集められた大臣たちが退室するのを見届けたミルフィーユ校長は、神妙な面持ちでタルト王に一通の手紙を差し出しました。
無言で受け取ったタルト王は、しばし目を落とされた後のことです。
「これは誠か」
「わたくしには内容は知らされておりません。ただ、この手紙をわたくしに託された時、カステラ様は、酷くお怒りになられておりました。という事だけは存じております」
「左様か。しかし、儂には何の話なのか、さっぱり分からん」
「その様に、お伝えすればよろしいでしょうか」
「ああ構わぬ。姫はしばらく休養をさせる。と、加え申し上げておいてくれ」
「承知いたしました」
ミルフィーユ校長はドアノブに手を掛けたまま、ふと振り返り尋ねました。
「王様は、どこまで存じ上げておられるのでしょうか?」
「何の話じゃ」
「いいえ。何でもございません。ふと、全部ご存じだったのではと。大変申し訳ございません。年寄りの戯言とお聞き流しくださいませ。では、わたくしはこれで失礼いたします」
その言葉に、タルト王は何も答えませんでした。




