七の巻 真冬の決闘⑥
信じたくない話を聞いてしまったスポンジ姫は、それを確認をするため城へ向かう途中、追いかけてきたキャンディとライを巻いたものの、天候が急変。
もう足元さえ見えなくなってしまった道を、前に進むことができなくなってしまったスポンジ姫は、その場でへたり込んでしまっていました。
前も後ろも分かりません。目の前に広がるのはただただ真っ白な世界だけです。泣き出したい気持ちを、ぐっと堪え再び歩き出そうと立ち上がったその時です。
「……スポンジ……ひ……め」
微かですが、風の音にまぎれて誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、スポンジ姫は必死に目を凝らし辺りを見回します。
もう手も耳も千切れそうです。
こんな日にこんな場所に誰も来やしないわ。
スポンジ姫の頬を暖かなものが流れ落ちて行きます。
真っ白な世界に浮かんだおぼろげなシルエットが、だんだん近づいて来ました。
微かに聞こえていた呼び声もはっきりして、ティラミスの姿を見た瞬間、スポンジ姫は気を失ってしまいました。
木馬から飛び降りたティラミスが駆け寄り、スポンジ姫を抱き上げます。
地吹雪は当分止みそうがありません。
「何ていう人だ」
愛おしそうに見つめたティラミスは、自分が来ていたマントでスポンジ姫を包むと、木馬を急がせるのでした。
――これは幻なのかしら?
火が弾ける音で目を覚ましたスポンジ姫は、しばらくぼんやりとしたまま天井を眺めていました。
「姫、気が付かれましたか?」
「ティラミス?」
これは夢でしょうか?
「神秘の森の番人小屋でございます」
「神秘の?」
「左様、姫が城に向かったと聞かされ、バームの機転で、あの酷い地吹雪の中、ここへ導かれたのでございます」
黙ったまま火をくべる大男が視界に映り、ハッとした顔でスポンジ姫はティラミスの頬を抓りました。
「何をなさるのです。痛いではありませんか」
「これは夢ではないのですね」
「これが夢ならどんなに」
いきなり顔をギュッとされ、目をパチクリさせるティラミスの胸に、スポンジ姫は顔を埋めました。
「わたくし……わたくしね」
ティラミスが力ずくで引き離し、とても怖い顔をしてスポンジ姫を見ています。
「姫、二度とこのようなバカな真似はお辞めくださいませ」
「バカな事? バカな事って何よ」
思い描いていたのとは少し違ってはいましたが、そうです。これこそがスポンジ姫が知っている正真正銘なティラミスです。
「あのままさ迷い歩いてましたら、どんな目にあっていたか想像してごらんなさい。バームがもしや森に迷い込んだものがおるかもしれないと、ドラを鳴らし続けてくれたから良いものの、考えただけでも恐ろしい」
やっと会えたと言うのに、だんだん腹が立ってきたスポンジ姫の口がとがります。
「ぜーんぶ、ティラミスがいけないのよ」
「ワタクシメがですか?」
「そうよ。わたくしが知らないところで、こっそり結婚なんてしようとするから、いけないんだわ」
頬を膨らませ怒るスポンジ姫に、ティラミスは盛大に呆れて見せます。
この数日間のもやもやは何だったのでしょう?
ギーッと扉が鳴り、さっきまで火をくべていたバームが背を丸め外へ出て行きます。
テーブルには湯気を上げているスープが用意されています。
「結婚? ワタクシメが誰と?」
「隠さなくてもよろしくてよ。わたくし、ぜーんぶ知っているんだから」
ゆらゆらと瞳を揺らし見詰めるスポンジ姫からしばらく目を話すことが出来なかったティラミスだったが、フッとあの憎たらしい笑みを浮かべて言うのでした。
「それがなぜ、今回の姫の無謀な行動につながるのか、ワタクシメには分かりかねますが」
目の前へスープを置くティラミスを、スポンジ姫は信じられないといった顔で見詰めました。
「ワタクシメも、立派な青年男子。浮いた話もございましょう。それで姫にご迷惑を掛けるとは、到底思えないのでございますが」
「それ、本気で言っているの?」
「さ、スープが冷めます。どうぞ召し上がれ」
「嫌っ」
スープを差し出す手を振り払ったスポンジ姫は、ティラミスの胸へ飛び込みました。
「姫、なりませぬ」
「ずっと気が付いていたのでしょ?」
縋るように言うスポンジ姫に、ティラミスは口角を少しだけ上げて、言うのです。
「何がでございましょうか」
「わたくしが、あなたのことをお慕い申し上げていることを」
「姫っ。お口をお慎み下さい」
その時です。
ドアが勢いよく開き、ババロアが入って来たではありませんか。その後にライが飛び込んで来ていました。
余程急いできたのでしょう、額にはうっすらと汗を浮かべたババロアが、大げさにスポンジ姫の手を取り安どの声を上げます。ライの頭からも湯気が出ています。顔も真っ赤かです。
「よくぞご無事で」
折角の機会を潰されたスポンジ姫はムスッとした顔で、ババロアを睨みます。
ドカッと大きな音がして、そちらを見ると、さっきまで怖い顔をしていたライがその場にへたり込んでいました。
「良かっただべ。オラ、オラぁ」
もうその先は何も言えません。
号泣するライに目をパチクリさせていたスポンジ姫ですが、何だかおかしくなって笑ってしまいます。
「何がおかしいだべか」
「よしよし。そう泣きなさんな」
「だってよ。オラが目を離したせいでよ」
鼻水をズルズルとすすり上げながら言うライをみて、申し訳ないのやらおかしいのやらで、どうにも笑いが止まらなくなってしまったスポンジ姫です。
そんな光景を涼しい顔で眺めるババロアを、ティラミスは厳しい目で睨んでいます。
「笑うな」
「ごめんなさい。でも」
「ほら、これで鼻をかめ」
チーンと勢い良い音に、またスポンジ姫の笑い声です。
――小屋の外。
どこからか鳥のなく声が聞こえ、バームは椅子の背もたれに身を任せ、パイプを咥え、煙をくゆらせながら目を細めます。
風はもうすでに収まり、空には一面に散らばった星がとても綺麗です。
神秘の森の夜は、とても静かです。
時より吹く風が、木々の葉をこすり合わせる音がそこら中から聞こえて来ていました。
こんなザワザワする夜は久しぶりのこと。
何も起こらなければ良いのですが。
窓からこぼれる明かりの下、バームは思うのでした。
久しぶりに再会できたティラミスに、本音でぶつかったスポンジ姫の思いははぐらかされたまま、すっきりとしない気持ちで迎えた合唱コンクール当日。