七の巻 真冬の決闘③
自分の中に芽生えてしまったものが、何か気付いてしまったスポンジ姫。正直にその気持ちを伝えようと思った次の日、ティラミスの姿はどこにもなく、代わりに現れたのは、ティラミスのふりをするババロアでした。
しんしんと雪が降り積もる中、みんな大はしゃぎです。元気に走り回っているキャラメル兄弟です。
ロール姉妹も、大きな雪だるまを作って、遊んでいます。でも、今はそんなことに、構っている場合ではないスポンジ姫です。しかしそういう時に限って見つかりたくない人ア地に会ってしまうもの。
「あれ、スポンジちゃんじゃない」
グミの声に、自ずとスポンジの顔が、しかめっ面になってしまっています。
「一緒に、そりで遊ばない?」
プリンの舌っ足らずの言葉に、スポンジ姫はにっこりはしたものの首を横に振って見せます。
「そんなおめかしして、どこかへ行くの?」
クレープがポンポンが付いた赤いケープを、羨ましそうに眺めながら聞いてきました。答えるのも面倒なスポンジ姫ですが、無視をするわけにもいきません。
「ちょっとお使いに」
「フーン」
訝るように見てくるグミに、内心、スポンジ姫は、だから嫌だったのよ。と思います。
「なーに、グミちゃん。何か言いたそうにしちゃって」
クレープに歌うように聞かれ、グミは口を尖がらせます。
「別に。なんだか最近、みんな色気ついちゃっているからさ。本当はデートじゃないの? って思っただけよ」
その言い方に無性に腹が立ち、ついスポンジ姫は言い返してしまいます。
「そんな訳ないでしょ。もうくだらないことを言わないで。相手がいないのグミちゃんだって知っているでしょ」
言ってしまってから、関わらないときめていたのに。と、大後悔しますが、もう手遅れです。
「とか何とか言って、実はシュークリームと付き合っていました。なんて言いそうよね」
ほら、こうなってしまうのだから。て、どうしてここでシュークリームの名前が出て来るの? 理解不能なことを言われ、スポンジ姫は困惑しながらグミを見返します。でも、あろうことかその言葉が変なふうに飛び火して、クッキーがポンと手を叩き、にやけはじめました。
「あっそうか」
クレープまで何やら怪しげな顔をして、こちらを見ています。一体何のことなのでしょう。さっぱり見当がつかないスポンジ姫は、ここから今すぐにでも逃げ大体気分で、二人の顔を交互に見ます。
「そうよね。怪しいわよね」
「怪しい怪しい」
クッキーの言葉に、クレープが頷きます。
「だから何?」
完璧に面白がっている二人は、なかなか答えようとはしません。もうこんなことに付き合っている暇などないスポンジ姫は、踵を返し、行ってしまおうとしましたが、そこでまた二人が言い始まったのでした。
「さっき、シュークリームを、見かけたのよね」
「ねー」
「ねー」
振り向いてはいけない。そう思っていたのに、スポンジ姫はぴたりと足を止めました。どうにも、我慢が出来なくなってしまったのです。
「言いたいことがるなら、はっきり仰い。わたくし先を急いでますの」
怒りに任せて行ってしまったスポンジの顔は、真っ赤かです。
「あっ、赤くなった」
それを見て、グミがひょろひょろと首を伸ばし、囃し立ててきました。
「本当だ。赤くなった」
クッキーとクレープの声がハモって、それを聞きつけたキャラメル兄弟までが、赤くなった。赤くなったと言いながら、笑って駆けて行きます。
もう、スポンジ姫の我慢の限界は、とっくに過ぎています。
何も言わず、スポンジ姫はずんずんと歩い始めたその時でした。
え? 何?
腕を掴まれ、スポンジ姫は、ハッとして振り返りました。
「もうさっきから名前を何回も呼んでいたのに、スポンジちゃんたら酷い」
走って追っかけてきたのでしょうか、息が上がったキャンディが、脹れっ面をして立っていました。
「キャンデイちゃん? どうしたの?」
目をパチクリさせながら聞くスポンジ姫に、息も絶え絶えにキャンディが答えます。
「どうしたのじゃないわよ。スポンジちゃんと遊ぼうと思って、家へ行ったら、カステラおばさんの、風邪薬を買いに行かせたって、言うじゃない。もう、どうして、一人で行こうと思うかな?」
なぜ、怒られているのかさっぱり分からないスポンジ姫。
「ウエハースタウンに行くなら、私も一緒に連れて行ってよ」
そこでやっと理解できたスポンジ姫ですが、しかし、今は一人になりたい気分だったのです。出来ればこのまま一人で行きたいのですが……。
ちらりと見るスポンジ姫に、クッキーが気まずそうに目を反らしました。グミは素知らぬふりで、どこかへ行こうとしています。クレープもプリンと遊んでふりをして、目を合わせようとしません。
「全く不愉快ですわ」
思わずこぼれ出てしまった言葉に、キャンディは自分のことを言われたのかと、大慌てをし始めます。
それすら気に入らない、スポンジ姫です。
「不愉快って、ちょっと酷くない?」
そのまま行ってしまおうとするスポンジ姫の手を手繰り寄せたキャンディですが、その顔を見て急に慌て始めました。
「スポンジちゃんごめん。強く引っ張り過ぎた?」
自分でもよく分かりませんでした。どうしてこんなに、涙が出てしまうのでしょう?
「ねぇどうしたの?」
「何でも、ないの。わたくしのことは、放っておいてくださらない」
泣き崩れてしまうスポンジ姫を、放ってなんか置けないキャンディです。何とか涙の理由を聞き出そうとするキャンディに優しくされればされるほど、涙が溢れて来てしまうスポンジ姫です。この涙の理由なんて、言えるはずがありません。こんな日々がどのくらい続くのでしょう? 今まで当たり前すぎて、考えたことがなかったことです。ティラミスがそばにいないだけで、どうしてこんな心細いのでしょう。物心がついた時から、ずっと一緒でしたし、姿が見えなくても、呼べばすぐ来てくれる安心感がありました。ババロアも、同じことをしてくれます。でも違うのです。
しばらく泣きじゃくったスポンジ姫は、また、黙々と歩き始めていました。
キャンディは、もう何も聞きません。
どのくらい、そうして歩いてきたのでしょう?
パッと白いものが目の前を横切って行き、二人は顔を見合わせ笑ってしまいます。
目の前に、背中をぴんと伸ばしたウサギが、立っているからです。
「嘘みたい」
「本当」
「ウサギよね」
「うん。ウサギだと思う」
ようやく笑ったスポンジ姫に、キャンディも笑みが零れます。
それからの二人は、お喋りが止まりません。
そんな二人の様子を物陰から伺っていた人物も、動き出しました。
ふと、足を止めたスポンジ姫が振り返ります。
気のせいだったのでしょうか、首を傾げるスポンジ姫の顔を、キャンディが覗き込みます。
「ごめんなさい。何でもないの。さぁ急ぎましょう」
そう促されるキャンディでしたが、何となく気になって仕方ありませんでしたが、だんだんお喋りが楽しくなってきました。
「フー、ばれたかと思ったがよ。あいつらもまだまだだな。こんなものに騙されるなんてよ」
縫い目が粗いウサギのぬいぐるみを手に、ライはにんまりとして二人の後を追います。
一面の雪景色に、息が白くなって消えていきます。ウエハースタウンはもう間近。