六の巻 実りの秋①
すったもんだで季節はもう、秋が終わろうとしています。
あの学芸会以来、結束が強くなったスポンジ姫のクラスはミントが言いだしっぺで、ハイキングに出かけることになりました。
それは大変珍しいことで、マドレーヌさえどうしたの? と額に手を当てたくらいです。
優等生のミントはあまり、目立つことをしたがりません。付け合せのように過ごすのが、ベストと考えているからです。それがどうしたことでしょう。舞台に立った時の、興奮が冷めやらないのです。
「折角だから、ティラミス先生を誘いましょうよ」
そう言い出したのは、グミです。
行先を決めたのは、やはりこれも珍しく、シュークリームです。
その話を小耳にはさんだモンブラン先生は、今か今かと誘われるのを首を長くして待っていますが、なかなか誘いが来ません。それに加え何て忌々しいのでしょう。チャイムが鳴り教室に入ろうとしたモンブラン先生の手が、ぴたりと止まります。
あろうことか聞こえてきた生徒たちの話題は、あのキスシーンのことではありませんか。
嘘んこのキスシーンではありましたが、あれはググッと女子の心を掴むものがあったのでしょう。
「まるで、本物の恋人同士に見えたわ」
そう言ったのは、キャンディです。
「いいな。やっぱりあの役は、私がやりたかったな」
クッキーもあからさまにスポンジを見ながら、残念がります。
一番心中穏やかではないはずのジェラートに関しては、窓の外を眺めたままで、何も言いません。
一人浮かない顔をしているスポンジ姫に、スフレが近づいていきます。
「姫」
「シッ」
目をまん丸くし、口に指をあてるスポンジ姫を見て、スフレは冷ややかな笑みを浮かべ続けるのでした。
「早速、今日の帰りにでも皆さんにお伝えをしようかと存じます」
お役御免になったスフレは、そろそろお城へ帰らなければならないのです。そんなことはスポンジ姫とて分かっています。
「あなたの気持ちは変わらないのね」
コクンと頷くスフレに、スポンジ姫は何と見えない顔をして、小さく息を吐き出すのでした。
できればハイキングが終わった後でもと思ったのですが……。
「姫、わたくしの心中をお察し下さいませ」
そう言われてしまうと元も子もありません。
しゅんとするスポンジ姫を見たスフレは大きく息を吸い立ち上がろうとした時です。
「ちょっと聞いてくれない」
ものすごい剣幕で割って入って来たゼリーに、二人は仰け反ってしまいます。
「あいつに、何か言ってやってよ」
あいつとは、どうやらマカロンの様です。
「あいつ、私がベイクドに気があるって言いふらしているのよ」
どうして、そんな話になってしまったのでしょう。二人に視線を浴びせられたマカロンも、黙っていません。
「ゼリーだって言いふらしたじゃない。そのお返しだよ」
「私は何も言っていない」
「ウソおっしゃい。私とベイクドが背景を書いているのを見て、グミに言ったでしょ? 好きな人と一緒だから、あんな嬉しそうな顔しちゃってって。あのバカ、クラスどころか、町中でおしゃべりしたのよ。私恥ずかしくって、町、歩けないじゃない」
確かに二人、息が合っていました。そう思われても仕方がないくらい、二人は仲睦まじくやっていたのを思い出したスポンジ姫の顔がつい綻んでしまったのが許せないマカロンは、顔を真っ赤にして怒ります。
「スポンジちゃん、笑ってる場合じゃないわよ。あなただって、ティラミス先生と怪しいって噂されているのだから」
「そうなの?」
素っ頓狂な声でスポンジ姫に聞かれたスフレは、やれやれと首を振って見せます。
「本当にみんな、お子ちゃまよね。それだけの理由で恋仲だって思っちゃうなんて。確かに二人は仲良くしていたけど、ビター君とかクッキーちゃんとか、キャラメル兄弟もあの場所には居たわよね」
スフレの言葉にマカロンが鼻を膨らませ、ほら見なさい。遠くい気です。
「だったら、私の時も同じよ。みんな一緒だったし、楽しく仕事して、何がいけなかったわけ?」
絶叫するゼリーに、おずおずと近づいてきたのは渦中のベイクドです。
「あのーさっきから俺の名前が出ていたようだけど、俺としては」
興奮しきった二人に睨まれ、話はそこまでです。
この騒ぎです。チャイムが鳴ったのもモンブラン先生が教室に入ってきたことも、まるで誰も気が付いていないのです。
「静粛に。静粛に。せい、しゅ、く、にぃぃぃl」
机が盤となり、そこで初めてハッとした生徒たちが振り返り、ようやくこの状況を把握するのでした。
こんな顔をするモンブラン先生を未だかつて見たことがなかった生徒たちは、凍り付いてしまっています。
「さて、この騒ぎはどういうことなのか説明を聞かせてもらいましょうか、マドレーヌさん」
ギラギラした目で見られ、マドレーヌは息を飲みます。
「それは」
すっかりおびえてしまっているマドレーヌを見かね、ミントが立ち上がります。
「先生すいません、僕から説明してもいいですか?」
「すいません先生。私はマドレーヌ君に聞いているのです」
冷ややかに言うモンブランに言われ、誰もが下を向いてしまいます。
「私、話を良く聞いていなくって」
「おかしいですね。かなり大きな声で話されていたように思えますが、それでも聞いていなかったって言い張るのですか」
「すいません」
「謝って下さいとは言ってません。私は説明を求めているのです」
尋問されているマドレーヌの顔が真っ青です。
「だから僕が」
「黙らっしゃい。もう結構です。実にくだらない。10分も消失してしまいました。さぁ授業を始めましょう」
何やら不穏な空気が流れる教室を、こっそりのぞくティラミスは首を振ります。
何も起こらなければよいのですが。