五の巻 芸術は爆発だ⑥
納得したわけではありません。
むしろ時間が経つにつれ、スポンジ姫の怒りはとどまることなく、大きく膨らんで行きます。
「親善大使が、何だというの?」
カステラおばさんご自慢のフルーツポンチを勢いよく口放り込んだスポンジ姫は、じわじわと込み上げてくる涙と共に、ティラミスを睨みます。
「レディが、そんな怒りながら、食べるものじゃありませんよ」
「だっておば様、わたくしと親善大使が会うと、どうしてまずいのか、納得いかないんですもの」
「姫」
不意に声を掛けられ、振り返ったスポンジ姫は、目を瞬かせます。
すっかりスポンジになりきったスフレが、気恥ずかしそうに立っています。
「噂どおりでした」
そう言うスフレが、髪を掻き上げ、ティラミスを見ました。
ふわっといい香りがして、気のせいか、ティラミスの顔が緩んだように見え、スポンジはキーッとなります。
「神秘の森の魔術師かい?」
カステラおばさんの言葉に、無言で頷いたティラミスは、スポンジ姫を促します。
「分かったわよ」
「気を付けてお行き」
さて、学校から帰って来たババロアは、フーッと大きく息を吐き出すと、窮屈だった服を脱ぎ捨てはじめます。
「何よ」
「それなら、姫だと誰も思わないでしょ」
すっかりスフレに成りすましたスポンジが、暖炉の前で不機嫌そうに、お茶を啜っています。
スポンジ姫を魔術師に委ねるわけにはいきません。
もう一度術を掛け直してもらうにも、スポン委が許さないので、さぁ困ったもんだと知恵を出し合って決めたのがこう。
「光栄ですわ、こんなお綺麗な顔をメイクできるなんて」
しげしげとスポンジ姫の顔を見ながら、チェリーービーンズが頭を下げ帰って行ったのは、ついさっきのこと。
入れ違いで帰ってきたババロアは、ティラミスの服を脱ぎ捨てて行きます。
「もう少し、デレカシーを持ちなさいよ」
「デレカシーとは?」
「レディの前で、着替えるなんて、はしたない」
「お言葉ですが姫。きちんと衝立の中で済ませておりますが、少々意識しすぎなのでは?」
くにゃっとした顔で見られ、スポンジ姫はプイと横を向いてしまいます。
「おお。帰って来たのか」
チェリービーンズを送り届け、戻ってきたティラミスが、声を掛けます。
「男二人の家に、姫を置くわけにはいきません」
と、カステラおばさんは目をひん剥いて怒りましたが、事情が事情です。それに二人一緒は嫌と言い張るスポンジ姫の意向もあって、この炭焼き小屋での暮らしが始まったのです。
「早速ですが姫、この衣装に着替え下され」
ババロアが学校から持ち帰った袋を開け、中身を出すと、それをスポンジに差し出しました。
「大抜擢ですから、へまは出来ませんぞ」
受け取りながら、スポンジは顔を歪めます。
実は姫、一旦は頷いたものの、ティラミスと親しげに話すスフレを見て、どうにも我慢が出来なくなってしまったのです。
「やっぱり、わたくし納得できませんわ。どうしてわたくしが、学校をお休みしなければなりませんの? 冗談じゃない。大使がお見えになるのはいつ? ほら言ってみなさいよ」
「姫、何です。その仰り方、良くありませんよ」
「おばさま、申し訳ございません。でもわたくし、どうしても我慢が出来ません。だってそうでしょ。わたくしが何のために町へ来たのか、これではまるで意味がありません」
「姫様、お言葉ですが、それはすべて身から出た錆。それをわたくしが繕って差し上げるまで」
「何ですって!」
売り言葉に買い言葉です。
とっつかみ合いのケンカが始まり、あっという間にスフレの魔法は解けてしまったのでした。
困ったティラミス、知恵を絞った結果だったのです。
スフレはスポンジとして、スポンジはスフレとして、学校へ行く。
この意見、少々無理はありますが、行けないよりはましと、スポンジを納得させたのです。
しかし相手はスポンジです。
いつまた、気が変わってしまうか分かりません。
一夜にして、元通りになってしまったスフレに、ティラミスはげんなりです。
仕方なく、本人自身として学校へ行かせたのですが、昨夜のことを腹に据えかねっていたスフレは、つい我を忘れてこんなことを言い出してしまったのです。
「私で良ければ、その役、お引き受けしても良くってよ」
揉めに揉め、しかし今日決めなければ練習が間に合いません。
くじ引きでという案が出ましたが、マシュマロ先生のみならず、昨日転校してきたばかりのスフレに大役をさせるのには、抵抗があります。
「どう考えても、このクラスでお嬢様っぽいのって、スポンジじゃねぇ?」
シュークリームの一言で、話の流れが変わったのは確かです。
「オラもそう思うばい」
「そうね。スポンジちゃんなら当たり障りないわね」
マドレーヌが何を根拠で言っているのかわからない意見に、皆が納得して頷きます。
「でも、スポンジちゃん、今ものすごく体調が悪くって、出れるかどうか分らなくってよ」
スフレのその発言に、みんな閉口してしまいます。
「私に是非やらせてください。スポンジちゃんよりも私の方が見栄えがいいし、芝居だって絶対に、私の方が上手にできるわ」
「まぁ大した自身ですこと。いいこと、この芝居はミュージカルなのよ。あなた、歌、歌えますこと?」
新入りに出しゃばられて面白く思わないマシュマロ先生は、腰に手を当てて言うと、クランチ先生も鋭く目を光らせます。
「あなた、分っているの? お相手はティラミス先生なのよ。スポンジさんが出られないのなら、少々芝居をかじったことがあるわたくしが務めるべきです」
フッと笑みを溢したスフレが、大きく深呼吸すると、歌い始めました。
透き通るような歌声に、教室は全員はうっとりです。
「ご心配なく。西国では、私を知らない人は居ないわ。これでも反対?」
言葉を失った二人の先生は、可愛そうなくらい小さくなっていました。
後になって自分がしでかしてしまったことに気が付いたスフレは、顔を真っ青にさせます。
これでは入れ替える意味がありません。
ババロアに睨まれたスフレは小さくなって謝りますが、後の祭りです。
こうなった以上、スポンジ姫を特訓するほかありません。
経緯を聞かされ、スポンジ姫は怒りで肩を振るわせます。
「怒っている時間はありませぬぞ。ご心配なく、このババロアめがティラミスに代わり、しっかり姫様をお守りさせていただきます」
「何を仰っているのですあなたは。わたくしの執事はティラミスです。その為の成り変わり。そのような真似、わたくしは決して許しません」
「ですが姫」
「お黙り。わたくしはティラミス以外とはそのような場所には立ちません」
きっぱり言い切られ、その決意をはかり知った二人は早速、芝居の稽古を始めるのでした。




