五の巻 芸術は爆発だ④
「姫、そんなに泣かれては折角のお顔が台無しでございます」
小間使いのバニラが、優しく声を掛けます。
「だって酷い話でしょ。私だけのけ者にして」
「致し方がありません」
「あなた、何かを知っているのね」
顔をパッとあげたスポンジ姫に、バニラはたじろぎます。
そうです。姫の耳には決して入れてはならぬ。とタルト王直々に固く禁じられていたのです。
「わたくしは何も存じ上げません」
「嘘をおっしゃい」
「お願いでございます。わたくしは本当に何も」
「バニラ」
狂気に満ちた笑みで言い寄られ、壁に背をぶつけたバニラが泣きそうな顔でスポンジ姫を見つめます。
「何ですって」
床にへたり込んだバニラは、大泣きです。
バニラを問い詰めて訊き出したスポンジ姫は、先程とは打って変わって、怒りで肩を震わせています。
その騒ぎを聞きつけたティラミスが飛んできました。
「誰が命、狙われているって」
ティラミスの顔を見るなり、鋭い口調でスポンジ姫は問いただします。
「一国の王女。狙う者の一人や二人はおありになる、と考えるのが一般常識かと」
「ええそうですわね。こんな平和なお菓子の国にも、そういう危機はおありでしょ」
「お。珍しく物わかりがおよろしくて、何よりでございます」
「ええ、わたくしも王女の端くれ。それくらいは承知しててよ」
高笑いで言うスポンジ姫に、ティラミスは苦笑します。
「あらあら大変。ティラミスたら、タイが曲がっててよ」
スポンジ姫はティラミスのタイを、力いっぱい引っ張り上げます。
「姫、苦しい。お止め下さい」
「いいえ止めません。本当のことをおっしゃい」
「ティラミス様、大変申し訳ありません」
居た堪れなくなったバニラが、泣きながら部屋を飛び出して行くと、スポンジはフッと笑みを漏らし、凄んで見せます。
「降参でございます」
「ならおっしゃい」
「一週間後、お忍びで倭国より親善大使が参ります」
「そう、それは大変。準備をしなければなりませんね」
「それには及びません。先ほど申されました通り姫はお部屋にてご待機を、今まで通りにされれば」
「バカを仰い。大切な来賓なのよ」
「左様でございます。ですからでございます。最中大使は秩序を大変重んじる方と聞いております」
「気難しいか方ってことなのね」
「左様でございます」
「それでなぜ私とスフレが入れ替わらなければならないのです」
「姫、もうお忘れですか。あなた様はご身分を隠し、町娘としてあの学校へ通っているのですよ。そこでうっかり親善大使と会ってしまわれたらどうおなりになるか、お考えくださいまし」
「分かったわ。ではこうしましょう。街にもう戻らなければいいのよ。そうすれば何もあんな小娘にわたくしの代理を頼まなくても、このわたくしがこのお城で最中大使様をおもてなしをすることが出来てよ」
「姫、それは考え違いされております」
断言されて、スポンジ姫、眉を顰めます。
「親善大使もお忍びで様子を伺いに来るのです。お城に足を運ばれるかどうかわかりかねます。ある筋からの情報では、この平和で豊かなお菓子の国にあやかりたく、視察に伺われるとお聞きしました。ですから勉強嫌いの姫様をお見せするわけには断じてあってはなりません」
スポンジ姫の米神に青筋が伸びて行きます。
「ですから姫様は部屋から一歩も外にお出にならぬよう、くれぐれもお願いいたします」
「そう、そうなの」
そこまで言われては、スポンジ姫は太刀打ちが出来ません。それでもどうしても納得が出来ません。
一礼して立ち去ろうとするティラミスに、スポンジ姫は食ってかかります。
「それでスフレ? でも顔が全然違うわ。それに体型だって」
「心配には及びません。いくらでも方法はございます」
「相手は厳格な方。そんなごまかしが通用するとは、わたくしには思えませんわ」
「そのお考えにはワタクシメも否めませぬ。姫がおっしゃられるように、いささか不安ではございます。然るべくは姫が成長を遂げられれば一番よろしかったのでありますが」
「していないって、ティラミス、あなたはそう言うの?」
「していないとは言っておりません。成果に不安がある、と言っているのでございます」
「同じことじゃない。わたくしをバカにしないで」
「姫っ」
スポンジ姫の怒りは頂点に達していました。
止める召使たちの手を振り切り、一人、町へと戻って行くスポンジ姫の後を、ティラミスは追いかけます。
「姫っ」
「これは侮辱です。わたくしはいつまでも、子供のままではありません。お母様が元気な間に、わたくしはわたくしは」
手を掴まれたスポンジ姫は、そのままティラミスの胸に顔を沈め、大泣きし始めます。
とっくりと日が沈み、星たちが瞬きを見せる空の下、二人はしばらくそのままでいました。
「そうなると思っていました」
その声に驚き顔を上げると、ババロアです。
「兄さん」
「お主のやり方は手荒すぎる。姫、お手を」
スポンジは伸ばされた手を掴むことを躊躇いました。
そんなスポンジ姫を見て、ティラミスが指笛で自分の木馬を呼びます。
「姫をお守りするのは、ワタクシメの仕事」
ティラミスに手助けされ、木馬に乗ったスポンジ姫の頬が、紅色に染まって行きます。その意味がどういう事か、兄のババロアには分かったようです。
「姫のご覚悟、しっかとこのババロア、受け止めました。ティラミス、ここはひと肌私に脱がせてはもらえぬか?」
訝るティラミスを、ババロアは笑い飛ばします。
「心配はいらぬ。お主の計画はそのまま続行すればよかろう。姫は姫で密かに特訓をすれば良い。詳しい話は炭焼き小屋についてからじゃ。さ、姫、せまっくるしいでしゅが、しばしのご我慢を。さ参りましょう。そして皆の鼻を明かしてやりましょう」
一度、炭焼き小屋へ身を寄せることにした二頭の馬は、再び来た道を駆け抜けて行きました。
そんな姿をタルト王とクリーム王妃は、断腸の思いで見送ったのでした。




