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四の巻 パンの国王子ライ⑤

 ライがスポンジ姫を初めて知ったのは、パンドが送った一枚のハガキでした。


 パンドは絵描き志望で、はるばる旅をしてお菓子の国へ辿り着いたのですが、この清らの泉の虜になってしまったのです。

 しかし、絵心を捨てたわけではありません。立派な絵描きになると豪語して、ウニを出た手前、近況報告をするのに、絵は不可欠だったのでしょう。震える手を押さえ、書いたのが、スポンジ姫の似顔絵だったのです。

 内容は、こうです。

 「おらは元気だ。しんぺぇするな。この国は絵心をくすぐられるものが一平あるから、しばし、滞在をすることにした」

 と、何ともお粗末なものでした。

 パンドがお菓子の国に着いたその日は、調度、スポンジ姫の10回目の誕生日でした。国を挙げてのお祭りです。滅多にテラスに出ることがないスポンジでしたが、ティラミスに、子豚を姫だと紹介する、と綺麗なドレスを着せたブタを見せられ、渋々と出たのでした。

 色白で絹のような髪に、色鮮やかな王冠を被ったスポンジ姫を一目見たパンドは、心を揺す振られ、そのハガキを書き上げたのです。

 清らの泉で酔いどれ気分になっていたのも手伝い、更に美化されたスポンジが出来上がっていたのは言うまでもありません。そんなパンドからのハガキを、不在だった母親に代わって受け取ったのが、ライだったのです。


 「何じゃ、この綺麗なお人は」

  

 そう雄叫び上げ、ライは大切に自分の部屋へと持ち帰り、それを眺め、暮らすようになりました。

 ライ、7歳の出来事です。

 その日から、ライの頭の中はスポンジ姫一色になったのです。

 寝ても覚めても、スポンジのことでいっぱいです。母親にせがんでもっとたくさんの情報を寄こすように、パンドに手紙を書かせたのです。

 パンドはパンドで清らの泉の虜になってしまい、酒浸りの毎日。まともな返事など書けるはずがありません。

 パンドはパンドで、酒浸りの毎日を過ごしていました。

 そこに届くのは、まだ小さくて時など掛けるはずもなかった甥からの手紙です。

 読まずにたまる一方の手紙だったのですが、そんなある日、いっぺんに酔いがさめる文字が目に飛び込んできたのでした。

 「母さんが、一度様子を見に行けと言うのえ、今から出立します」

 真っ赤だった顔が、真っ青に変わったパンドは、さあ大変です。

 こんな姿を、あのくそが付くくらいのまじめな姉に見られては、何を言われるのか、知れたものではありません。

 慌てて溜まっていた手紙を読み返し、パンドは筆を執りました。

 スポンジ姫を見たのは一度きり、ライの要望してきた今現在の姿を知る由もありません。

 想像するしかありませんでした。

 ライの思い馳せる言葉を繋ぎ、だいぶ大人びた感じの女性像を書き上げたパンドは、大急ぎで、パン国に送ったのでした。

 その絵が、さらに理の心に火を点けてしまうことになるとは、その時のパンドは想像もつきませんでした。


 出立をおも留まっ頼は、その絵を肌身離さず、その絵を見ては、ハァ~。遠い空を見てはハァ~。

 代筆を頼まれて書いていた執事が、名案を思い付いたのはその頃でした。

 「王子様、この方はあなた様にふさわしい方と存じ上げます」

 「おお。ベーグルもそう思うか。オラもこの人以外はないと思うんだべよ」

 「お言葉ですが王子、このような大切な気持ち、ご自分でお伝えすべきです。その為にも、是非勉学に励まれることを、切に願います」

 一向に勉強に興味を持たないライに、その気を起こさせるのには、これが一番だと思ったベーグルの言葉に、母親であるプリオッシュも後を押します。

 「そうですよ。一国を預かろうとする身分のあなたが、恋文を代筆させるなんて、みっともない。それでは男が廃るってものです

 ここまで言われて、やっと目が覚めたライは猛然と勉強を始めたのです。

 しかし、いきなり頭が良くなるはずがありません。

 三日も経たないうちに、飽きてしまったライは違う方向で知恵を働かせ始めたのです。

 ワッフルを呼びつけ、何やらこそこそ話を始めました。

 「勉強がダメなら、せめて剣術だけでも」

 そうベーグルに勧められ、その気になったライですが、やはり長続きはしませんでした。 

 そんなライを見かねたプリオッシュは、禁止命令を下したのです。

 成績全部に優が付くまで、パンドへ手紙を書くことも、届けられた絵も没収すると言うのです。

 ライはその時が来たと思いました。

 こっそり城を抜け出したライは、シュートレンの森へ行き、指笛を吹きます。

 するとどこからともなく、一頭の木馬が姿を現しました。

 「ご苦労。やはりもつべきは親友」

 「王子、本当に決行するのか」

 「何今更そんなこと言うべか」

 「だってよ、こんなことに手を貸したって、王女様に知れたら、一家全員、追放させられねべか、しんぺーでしんぺーで」

 「でいじょうぶだ。おらぁを誰だと思ってるべがよ」

 「そんだけどもよ」

 「礼はたんまりする。とりあえず」

 ライはポケットに忍ばせてきた、筋かをひと握りワッフルに持たせ、ニッと笑ったのでした。 


 やっとの思いで辿り着いたお菓子の国です。

 絵とは少々違いますが、それでも負けないくらい美しいスポンジ姫を見て、ライは確信をしました。

 ぜってぇ、この人を嫁っ子にする。そして母君をぎゃふんと言わせてやるんだべ。

 ライの想像は、花嫁姿のスポンジ姫が隣で微笑む姿です。


 短い悲鳴が聞こえ、ライは現実に引き戻されました。

 見れば、スポンジ姫がものすごい剣幕で通り過ぎて行きます。

 その後を、困惑するジェラートが続いていました。

 「スポンジ姫」

 キッと睨まれ、ライは口を噤みます。

 就いたばかりのライには、事情が呑み込めずにいました。でも、ここは話しを合わせなくてはならないと言うことだけは分かりました。


 スポンジ姫が立ち去った後、医務室に一人残ったティラミスが盛大なため息を一つ吐きます。


 目の前には、仁王立ちしたライがいます。


 平穏ぼんぼんのお菓子の国が、何やらにわかに騒がしくなってきました。

 さてさて、この恋路、どうなりますすことやら。 

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