四の巻 パンの国王子ライ④
どこへ姿を消したのか、スポンジ姫がやきもきしているその頃、当の本人はと言いますと、居ました。居ました。呑気なもので、のんびりと保健室でコーヒーを飲んでいるではありませんか。
「ちょっと、どういうつもり?」
ティラミスは涼しげな顔で、振り返ります。
「これはこれはスポンジさん。どこかお加減でも悪いのですか?」
やっと居場所を突き止めたスポンジ姫は、頭から蒸気を出さんばかりに、顔を赤らめ怒っていました。
「ティラミス! ふざけないで。私は何も聞いてないわよ」
「おやおや、おかしいですね。なぜスポンジさんにお伺いを立てなければならないのです?」
呆れるやら、腹が立つやれで、スポンジ姫は口をパクパクさせながら、ティラミスを睨みます。
本当にどうしてしまったのかと、スポン姫には全く理解が出ません。
もともと冷たい傾向はあったにはありましたが、ここまで薄情ではありませんでした。少なくても、執事と姫の間柄は崩すことなど、決してなかったのに、ティラミスに何があったのでしょう?
不意にぽろぽろ涙が零れ落ち、スポンジ姫は慌ててそれを拭います。
「あなた、ここのところ、様子がおかしくってよ」
「ワタシメが? 何を仰っておられます。ワタクシメはいたって健康。ぴんぴんしてります。スポンジこそ、頭が悪いだけかと思ったら、目まで悪くなってしまったのですか?」
「まぁ何、その態度は? せっかくわたくしが心配をして差し上げているのに」
ゆでだこのように顔を真っ赤にして起こるスポンジ姫を見て、ティラミスは鼻で笑って言います。
「また、御病気が出られたようですね」
「何を言っているの? わたくしは」
「まぁまぁこれをお飲みなさい」
どうしたことでしょう?
こんなの初めてではないはずです。
心臓が喉から飛び出しそうです。
「ティラミス、わたくしね、こんなの初めて」
「シッ、姫。人目がございます。ここはワタクシメの言うとおりに」
耳元で囁かれた姫は、違う意味で、顔を赤らめます。
ドアの前、後を追いかけて来たライが、敵対心丸出しの目でティラミスを睨んでいます。
廊下では、モンブラン先生が、人目を避けるようにその様子を伺っています。
フワフワとした足取りで廊下を歩いて来るジェラートに気が付き、モンブラン先生、足早に去って行きます。そんなジェラートは、保健室のドアを細めに開けて、中を覗き見しているライを見つけました。
「そんなところで何をしているの?」
ライは飛び上がって驚きます。
「な、何でもねーだ」
「そっ」
味気ない返事に、ライ、少々面白くありません。
「確かに何でもねぇけど、もっとおらに興味を持ったらどうだべが」
「別に、あなたタイプじゃないし、強いて言えば、あなたって案外カントリーなのね」
「か、カントリーだどぅ。人をバカにすんな。おらはこう見えても、パン王国の……」
言いかけたライは、パンドの言葉を思い出し、慌てて口を塞ぎます。
「のどかな町だが、お主が一国を預かる王になる人物と知れば、命も狙われる危険性がある。それに」
「それに、何だべが」
生唾を飲みこんだライが聞きました。
「噂だが、お姫様は大層難しい方。ひねくれ物と聞いておる。おめおめと地位を明かされてついて来るおなごじゃねー」
「んだばどうするべぇ」
「惚れさせるのよ。そう言うおなごじゃ。惚れたら最後、一途じゃぞ。もうほかのおなごと話させてくれんかもしれん」
「しかし王となる身。メイドもおる。レデェイには、優しくするもんだべ。親の教えだ。無下に出来ね~。こまつた。そんなヤキモチやきやさんなんだべが。こまつたな~」
でれーとした顔をして言うライに、パンドは鼻を一回鳴らし、念を押しました。
「分かったか。他言無用だ。これが守れんなら、すぐに使いの者を寄こすように連絡する」
ギロリとパンドに睨まれたライ。
顔が真っ青です。
「どうせ、黙って出て来たんだろう」
ごくりと生唾を飲みこんだライは、へらへらと笑って誤魔化しますが、パンドはそんな事、まるで興味はありません。ひょうたんを煽り、グビィッと喉を鳴らせ、そのまま泉の方へと出かけて行ってしまいました。