三の巻 恋するジェラート②
ティラミスに、まんまと逃げられた気分のスポンジ姫。
まさか本当に客人が来ているとは、本気で思っていません。
「もう」
頬を膨らませ、食事をしようと居住まいを直した時です。
表から何やら声が聞こえ、スポンジは目を瞬かせます。
こんな経験、初めてのスポンジ姫です。
聞き間違いではないかと、何事もなかったように料理へ手を伸ばします。
「スポンジちゃん、学校行きましょう」
今度ははっきりと聞こえたスポンジ姫は、慌ててドアへと走って行きます。
誰かと思い、玄関を開けたスポンジ姫はびっくりです。ジェラートがおめかしをして立っているじゃありませんか。
「スポンジちゃん、一緒に学校へ行きましょ」
目をぱちくりさせているスポンジ姫の後ろから、カステラおばさんも顔を出します。
「おやまぁ。スポンジのお友達かい?」
「おはようございます。私、ジェラートと言います」
「はい、おはようさん」
チラッと時計を見たカステラおばさんは、スポンジ姫に、中に入ってもらいなさいと言って、奥へ引っ込んで行きます。
どういうことでしょう?
ぎこちない笑みでどうぞ、と言うスポンジ姫に促され、ジェラートが中へ入ってきました。
コポコポと、ジェラートの分のミルクを注いでいるカステラおばさんが、上目使いで言います。
「学校に行く時間にはまだ少し早いから、二人でご飯を食べてからお行きなさい」
ジェラートの頬が、少しだけ赤くなったように見えます。
「私、そんなつもりじゃ」
「分かっていますよ。見ての通り、私は料理するのが好きでね、スポンジと二人じゃ食べきれないほど作ってしまうんだよ。昼は一人だし、嫌じゃなかったら、食べるのを手伝ってくれると助かるんだけどね」
カステラおばさん、きっとウィンクをしたつもりなんでしょう。両目をつぶってしまっています。それを見たスポンジ姫は、吹き出してしまいました。
「本当なのよ。おば様ったら、こんなに食べられないって言うのに、いつも沢山作ってしまって、仕方がないからお弁当箱にぎゅうぎゅう詰にして、それでも余ってしまった物は、あら、そう言えばどうしているのかしら? ティラミスにでも食べさせているの?」
ジェラートの肩が、ビクンと動きました。
「まぁそういう時もあるけど……」
「ねぇスポンジちゃん、一つ訊いてもいい?」
もじもじし始めたジェラートを見て、カステラおばさんは何かぴんときたようです。にんまり笑っています。
「ええ、何かしら?」
「スポンジちゃんとティラミスさんって、どんな関係なの?」
「どんなって……」
まさかお姫様と執事の関係よ。とは言えません。ここでは内緒の話です。言ったら、二度とお城には戻ることが出来なくなってしまうのですから。答えに困ったスポンジ姫は、嫌な汗が額に滲んできました。
「二人は従兄妹なのよ。ジェラートは知っているかしら? クルミ峠にある炭焼き小屋」
「ええ、知っています。確かノエルさんが住んでいるんですよね。母から聞いたことがあります。変わり者だから近付いちゃダメって」
「そうここいらの人は、みんなそう言っているわね。あそこの息子が、ティラミスなの。事情が事情だからね。あの子もあまり人前には出たがらないけど、不思議と、スポンジとは気が合うみたいでね。でも、どうしてそんなことを訊くの?」
カステラおばさん、さすがです。見事なでっち上げに、スポンジ姫は拍手を送りたい気分で、ジッと二人の会話を聞いています。余計なことを言って、ぼろが出ては、元も子もありません。ここは、大人しくしているのが一番。
いよいよジェラートの頬が、真っ赤かに染まります。
「素敵な人だなって」
消え入りそうな声で言うジェラートに、カステラおばさんは目を細めて、あらまぁと嬉しそうです。
もうスポンジ姫は黙っていられません。
「どういうことなの?」
目を瞬かせながら尋ねましたが、そこはカステラおばさん。さらりと話を流します。
「分からない人は良いの。さぁ急ぎなさい」
カステラおばさんは二人を急かさせます。
あら大変。もうこんな時間です。
時計を見てびっくりした二人は、大急ぎでスープだけを飲んで、家を飛び出して行きます。
手にはお弁当をしっかり握っています。
当然のように、カステラおばさんは、ジェラートにも持たせてくれました。
何でしょう?
走りながら、つい笑みがこぼれてしまう自分がおかしくて、また笑ってしまうスポンジ姫。
その姿を遠目に眺めているカステラおばさんの顔も、笑みが溢れています。
「どうやらスポンジ姫の町到来は、順調のようで何より何より。ね、ティラミス」
「左様でございます」
「なんだか森が騒がしいね。さて、このまま一人で任せておくつもりかい?」
後ろ手に中へ戻って行くカステラおばさんに、深々と頭を下げる、ティラミスでした。




