三の巻 恋するジェラート①
「あいたたたた」
少し大袈裟に声を上げながら、スポンジ姫はベッドから起き上がりました。
「そんなに痛むのかい?」
食卓を色とりどりの料理を並べながら、カステラおばさんが訊き返します。
「ええ。もう足も腰も老人のようですわ」
「まぁ何と、姫様。素晴らしい成長でございます。老人の苦しみが、お分かりになられるようになったのでございますか」
ギョッとして振り返ったスポンジ姫に、ティラミスが胸に手を当ててのお辞儀です。
「ティラミス! あなたいつの間に?」
「つい先ほどでございます」
すまし顔で椅子を引くティラミスに、スポンジ姫は納得ができません。
「わたくし、一度あなたに訊きたいと思っていたの。一体、あなたはどこで何をしているの?」
「姫様、わたくしの仕事は執事でございます。今更聞くほどのことではないかと」
「えええ、そうよ。当たり前よ。その当たり前のことをしていただけていないから、聞いているのよ」
大きな音を立て、スポンジ姫は立ち上がりました。
今日こそは、真相を突き止めてやるつもりなのです。
一人でこっそり、お城に戻っているのなら、絶対許さない。ええ、許すもんですか?
スポンジ姫の意気込みを知ってか知らぬか、ティラミスは笑うばかりで、何も答えようとはしません。
「わたくしが当ててみましょうか?」
意地悪く笑ったスポンジ姫は腰に手を当て、ティラミスに顔を近づけます。
「うふふふ。あなたはわたくしに隠れて何かをしているのよ」
こういう場合は、じらすのが一番効果的です。
「ギクリ!」
ティラミスは、胸に手を当て、仰け反って見せます。
「ふざけないで」
「おやまぁ、なんだか楽しそうだわね」
カステラおばさんが、呑気な声で口を挟んできました。
「おば様、このティラミスは、なんだか怪しいと思いません?」
「怪しいって、どんなふうに怪しいの?」
ずり下がったメガネを少しだけ戻したカステラおばさんに、興味津々で訊き返されたスポンジ姫は、ますます得意顔です。
「もしかしたら」
「ああ、ちょっと待って、私にも推理させて頂戴。今、ものすごいことが閃いちゃったのよ」
カステラおばさんに出鼻をくじかれ、少々ムッとなったスポンジ姫ですが、ここはぐっと我慢です。
年長者を敬う。そのぐらいの常識は、わたくしにもありますわと、心の中で言いながら、おば様、言ってみて。とにこやかな顔は完璧です。
さぞかし誰が見ても、品があって優しいお姫様に見えることでしょう。
「秘密の情報部員なの。国家秘密を暴き、この国の乗っ取りを企む悪い奴。ね、そうでしょう?」
そう言われたティラミスが、眉を少しだけあげ、含み笑いです。
「ばれたなら仕方がない」
「ええ~。あなた、そんなことを企んでいたの?」
「本気にしないでくださいませ、スポンジ姫様。ワタクシメに限って、そ、そんなこと、あ、あ、あるわけが」
目を細めたスポンジに見られて、たじろぐティラミス。
この動揺っぷり、ますます怪しいです。
「あら、もうこんな時間。ほら、スポンジや、早く食べて学校に行かないと遅刻してしまいますよ」
「でも、おば様、ティラミスの悪をこのまま放っとく訳にはいきませんことよ」
「いつまでも、バカなことを言っているんじゃありませんよ」
「だって、おば様が」
急にティラミスが、スポンジ姫の口を押えました。
「姫様、シッ!」
「どうやら客人のようでございます。面倒になっては困りますので、ワタクシメはこれで失礼いたします」
と言って、ティラミスは窓から出て行ってしまいました。
もうこうなっては弁解の余地がありません。
悲しいですが、ティラミスを調べるしかないのは明確です。
何と嘆かわしい事態でしょう。
とてもとても学校へなんて行く気になれない、スポンジ姫でした。