清き泉
*
あれから『中央大陸縦貫道』については、建設国のお偉いさんたちの涙ぐましい努力で、ぎりぎり穏やかと呼べるレベルの交渉が行われ、驚くべき速さで課題が次々とクリアされていった。
私が無謀な発言をする前にうやむやになってしまった問題たちは、今日のところは保留して、四日目の会議で再び討議することになった。
皇帝陛下の発言ってものすごい威力……改めてローフェンデイア帝国の偉大さを感じたわ。
そして驚くべきことに、午前中に予定していた議事がなんと! 予定より早く終わるほど会議は円滑に進んだ。
そのため、クラウス皇太子が、
「この場をお借りして、申し訳ありませんが」
と前置きしたうえで、昨日のリースル皇太子妃暗殺未遂事件のことを一同に報告した。
お偉いさんたちもこれには驚いたみたいで、口々にお見舞いの言葉を述べたり、協力を惜しまない旨をクラウス皇太子に伝えた。
自国から連れてきている護衛を警備に回しますぞ、とまで申し出る人たちもいた。
世界最強の帝国の皇太子妃が狙われたんだもの、驚くのも無理もないし、自分の生命の安否を気遣うのも当然だと思う。
そのへんのありがたい申し出は、クラウス皇太子が個別に各国と交渉することになったみたい。
私も何か協力したいけど、うちからは私とユートレクトしか来ていないから、そういう方面ではお力になれそうにもない。
というわけで、皇帝陛下のお言葉以後、妙な団結を見せた中央大陸地域の会議は、無事(?)に午前の部を終えた。
個人的には、かなり引っかかるものが残ってるんだけど。
ユートレクト、結局一言もフォローしてくれなかったわよね!?
まあいいわ。
その件はランチを頂きながら、ゆっくりとっくり聞こうじゃないの。
私はお手洗いに行ってから昼食会場に向かう旨を伝えると、一旦ユートレクトと別れた。
……ふう、すっきりした。
さて、昼食会場は『オルメウスの間』とかいう名前の場所だったわよね。
そう確か、このへんを右に曲がって、3つ目の十字通路を左へ……
……
………
…………
……………
あら?
ここはどこかしら?
いつの間にか私は、明らかに見覚えのない回廊に立っていた。
中庭が左手にあって、芝生がとても気持ちよさそう。寝そべったら気持ちがいいだろうなあ……
のんきなことを考えてる場合じゃないわ!
忘れてたけど、私はかなりの方向音痴。
どうやら迷子になったみ・た・い。
だから浮かれててどうするのよ!
このままだとお昼ご飯、食べ損ねちゃうじゃない!
とりあえず、会議をしていた『清き泉の間』まで戻ったら、なんとかなるかもしれない。
そう思って、何個目かわからないけど角を曲がったときだった。
ユートレクトの横顔が見えたので声をかけようと思ったら、そのとなりに、あのローフェンディア皇帝がいらして、二人で何か話しているみたいだった。
何を話してるんだろう。
私はユートレクトを呼ぼうとした声を飲み込むと、姿が二人に見えないようにして、様子を伺いながら聞き耳を立てた。
**
「……あの娘か、そなたがしてやられたというのは」
皇帝陛下の声が、爽やかな風に乗って聞こえてきた。
「なるほど、確かに面白い娘だ。
そなたが気に入るのも無理もなかろうて」
ちょっと待って。
ひょっとして私の話をしてるの?
「わしを目の前にして、全く動じなかった。並大抵の男どもよりよほど度胸がある。
そなたも、よくあそこまで仕込んだものだ」
あのーー……
してやられた、とおっしゃったということは、ユートレクトをまんまと陥れて宰相にしたこと、やっぱりばれてました?
それから『面白い娘』ってどういう意味ですか?
皇帝陛下のお言葉につっこみたいところは満載なんだけど、今は話を聞くことと、見つからないことに集中しよう。
「いえ、あれは陛下のご気性です」
ユートレクトの声は、いつもより冷たい……というより硬いように思えた。
相手に対して大きな壁を作っている感じの声だった。
「平民出身でしか得ることのできない強さ、であろうかの。
そなたも、あの娘のもとで務めるのであれば、こちらの宮廷のように面倒な陰謀に手を染めなくともよかろうが」
「御意」
「戻る気は……本当にないのだな?」
え?
戻るって、ユートレクトがローフェンディアに戻るってこと?
そんな話をしていたの!?
私はユートレクトを、法的にも対外的にも人道的にも、決して間違ってない方法で宰相にしちゃったけど。
ローフェンディア帝国があれこれ理由をつけて強く要請してきたら、返さないわけにはいかなくなる。
ユートレクトも、本当はローフェンディアに戻りたいんじゃないのかな。
「はい、恐れながら」
いつもと違う硬い口調のせいで、本心はわからないけど、私はとりあえず安心しておくことにした。
「あるいは、リースルのことか?」
リースルって、リースル皇太子妃のことよね?
リースル皇太子妃がどうかしたのかな。
「それはありません」
「本心か」
「はい」
「そうか……では、これ以上何も聞くまい」
ごめんなさい、私にはさっぱりわからないんですけど……
皇帝陛下、もう少し掘り下げて聞いてくださいませんか?
ユートレクトも、もうちょっとしゃべってよー、それじゃあさっぱりわかんないわよー!
私は隠れたところから念じてみたけど、どちらの声も聞こえてこなかった。
もう会話が終わるなら、ここから立ち去った方がいい。
「失礼致します」
「うむ」
話の終わりを告げる声が聞こえたので、私は靴音をたてないように気をつけながらその場を後にした。
昼食会場に、無事たどり着けますように。
***
ユートレクトと皇帝陛下の親子密談(?)を盗み聞きしてから、十分くらいは歩いたかな。
ようやっと、昼食会場の『オルメウスの間』にたどり着くと、なぜかユートレクトがもう奥の窓際の席に座ってサンドウィッチをつまんでいた。
私の方が早く歩き始めたのに、どうしてユートレクトが先にここに着いてるの?
きっと私、いろんなところで道を間違えたのね。
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
私はユートレクトの向かい側に座った。
私の席を取ってくれているかのように、テーブルの上に置かれていた書類を渡すと、
「ご安心ください。陛下をお待ちするほど、私は酔狂ではありませんから」
あっそうですか……いいわよ、どうせ『面白い娘』よ私なんて。
食事を摂りながら会議をする地域もあるので、昼食だけはビュッフェ形式ではなく個人でオーダーするようになっている。
私は『本日の推奨ランチAセット』(ドリンクはアイスコーヒー)を注文した。もちろん一番安いランチよ。ここ重要。
「一つ聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「なんでしょう」
ユートレクトの口調は、先ほど皇帝陛下と話していたときの硬いものではなく、いつも通りに戻っていたので、まずはそれに安心して。
とりあえず、私が今言いたいことはただ一つ。
「どうして私に、思ったことを言っていいなんて進言したの?」
そうよ、これよ。
親子密談に紛れて忘れかけてたけど、おかげで皇帝陛下直々にお言葉を賜るはめになったじゃないの。
おまけに一言もフォロー入れてくれないし!
結果的には会議もスムーズに進むようになったし、私にも何事もなくてよかったけど、これで私が大目玉食らったらどうするつもりだったのよ!
そうわめき散らしたい気分なんだけど、今は周りに人も多いので聞きたいことを聞くだけで我慢する。
ユートレクトは、しばらく何も答えなかった。
聞こえてないわけはないから、ここで聞くのはよくなかったのかな、と思って、
「後からでもいいから、教えてちょうだいね」
とつけ加えた。
さすが最安値というべきか、『本日の推奨ランチAセット』は早速運ばれてきた。
カップに入ったコンソメスープ、小さな器のサラダ、トマトソースがかかったオムライスに、アイスコーヒー。
これが『本日の推奨ランチAセット』のメニュー。
これであの値段は取りすぎじゃないかと思ったけど、きっと舌の肥えたお偉いさんたちのために、いい食材を使ってるんだろうな。ありがたくいただきますわ。
「いい勉強になっただろう」
私がまさにコンソメスープを飲もうとしたとき、ユートレクトがぼそっとつぶやいた。
勉強?
なにそれ、どういうこと!?
****
一体どういうこと?
私はユートレクトの言葉を、心の中で繰り返してみた。
いい勉強になっただろう……いい勉強に……勉強……
あ。
私もだてにユートレクトの主君、三年以上もやってないわね。
わかっちゃったわよ、悔しいことに。
「ああなることをわかってて、仕向けたのね」
ユートレクトは最初から全部わかってたんだ。
私がこの会議に納得がいってないこと。
それを発言したら、皇帝陛下が直々に答えるだろうということ。
だから何も口をはさまなかったんだ。
でもユートレクトは『中央大陸縦貫道』の会議があんな話し合いだってこと、教えてくれてなかった。
そもそも最初から説明してくれてれば、イライラすることもなかったのに。
もしかして、それもこのためだったってこと?
「これで、各国からの風当たりも少しは和らぐでしょう。
噂は回るのが早いものです。今日中にはあの武勇伝が、世界中の首脳たちに伝わることになるでしょう」
「武勇伝って……」
ユートレクトはまた言葉を改まったものにしたけど、口調はいつも二人で話すときのままで、私の反応をとても楽しんでおいでのようだ。
「何事も、話しただけでは伝わらないこともあります。ご自分の身をもって経験することも重要かと」
ユートレクトのその言葉で確信した。
やっぱり『中央大陸縦貫道』の会議の様子も、わざと私に教えなかったんだわ。
本当にこの男ときたら……なんて危ない綱渡りさせるのよ。
でも、確かに身をもって知ることはできた。
お偉方の皆さんが、どれだけ自国だけの利益と強大な権力にがんじがらめにされているかってことを。
それはよかったと思ってる。
そしてついでに、『天下のローフェンディア皇帝とサシで話した平民女王』っていう妙なレッテルまで私につけてくれたわけね。
偉大な宰相閣下は、サンドウィッチを食べ終えてすました顔でコーヒーを飲んでいる。
私は少し気の利いたことをしてみようと思った。
「ユートレクト、大食漢のあなたが、サンドウィッチだけで空腹は満たされたのかしら。デザートはいかが?」
「は?」
「ごちそうして差し上げてよ、もちろんわたくしの私費で」
「ご安心を、陛下に恵んでもらうほど、私は飢えていませんから」
やっぱり、素直に『ありがとう』って言わないとこの男には伝わらないのね、と思ったら、ユートレクトはいきなり卓上のベルを鳴らしてウエイターを呼んだ。
「はい、何か御用でしょうか閣下?」
「ケーキを二人分頼みたい。ケーキの種類がメニューには載っていないようだが」
「ご安心ください、今日お召し上がりいただけるケーキは、すべてワゴンでお持ち致します。
そのときにお決めくださればよろしゅうございます」
「そうか、ではお願いする」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
とても丁寧で感じのいいウエイターさんは、百点満点のお辞儀をすると、いそいそとケーキの準備をしに奥へ下がっていった。
ん?
ケーキ。
『一つ』じゃなくて『二人分』って、どういうこと?
「陛下がお召し上がりになりたいのでしょう」
「なっ……!」
人がせっかく厚意を示したっていうのに、この男は!
そういえば私、まだランチにすら手をつけてないじゃない!
そんな人の気も知らずに、ユートレクトは私に耳打ちした。
「今日は俺が出してやる、私費とはいえ無駄に使うな。
俺はコーヒーが残っているうちにケーキを食べる。
もう一度ウエイターを呼ぶのは面倒だから、おまえも今選んで横に置いておけ」
人の気も知らずに……
そう思ってたんだけど、耳打ちしてきた話し方は、わざとぶっきらぼうにしてるような感じがして、照れ隠しのように聞こえないこともなかった。
お互いに素直じゃないってことね、きっと。
「ありがとう、ユートレクト」
この言葉を私は今までに何度言っただろう。
きっとこれからも、何回も口にするんだろうな。
いいわよ。
ずっとそばにいてくれるなら、いやって言われたって、いくらでも言うんだからね!
*****
ユートレクトがとっくの昔にガトーショコラをお皿から消し、私が『本日の推奨ランチAセット』を食べ終えて、ようやくチョコバナナタルトをほおばっていたときだった。
「あら、こんなところにいらしたのね、今日の立役者は!」
振り返ると、私たちの席からかなり離れたところから、南国の鳥のように明るく響くララメル女王の声がした。
立役者って、もしかして私のこと?
ララメル女王は『南方地域』の会議に出ているのに、もうそんなところまであの話が広まってるってことよね。
噂って、お偉いさんだろうと小市民だろうと、回るの早いわ。
「ララメル、今まで会議だったのですか? お疲れさまです」
ララメル女王は、私とユートレクトが立ち上がろうとするのを制すると、私のとなりに腰かけた。
ウエイターが丁重にご注文取りに来たのだけど、ララメル女王はメニューも見ずに、こちらの方と同じものをお願いしますわ、とまだ下げてもらってない『本日の推奨ランチAセット』のお皿と私を示した。
「そうなんですの。今年はマングー魚の漁獲量が異常に多かったものだから、お互い取り分を譲れなくて……あらごめんなさいね、こちらの話はどうでもいいんですのよ。
それよりアレク、あなたはやっぱり、わたくしのお友達ですわ!」
きたよきたよ。
やっぱり、あのこと言われるんだろうなあ。
あ、『マングー魚』っていうのは、南方で獲れるとっても美味しい高級魚で、センチュリアまではなかなか回ってこないの。
私も食堂の看板娘時代に一度だけ、お得意さんのご希望でなんとか仕入れたことがあって、そこで見たことがあるくらい。
こっそり一切れつまみ食いしたけど、舌の上でとろけるようになくなっちゃうの! あれは本当に美味しかったなあ。ちなみに王宮に入ってからは、全く口にしてない。
話が思いっ切りそれたわね、ごめんね。
「とおっしゃいますと?」
「あら、いやですわ、しらばっくれるなんて。
皇帝陛下に『中央大陸縦貫道』の建設凍結を、直訴なさったそうじゃありませんか!」
ちょっ!
ちょっと待ったあああ!!
もう誰よ!
センチュリア女王『中央大陸縦貫道』の建設凍結を皇帝に直訴! とか言ったの!
どうしてそう、事実と大きく違うことを言いふらすかなあ!?
それをまた、何も知らないララメル女王は、明るくてよく反響する声でおっしゃるものだから、何人もこっちを見てますよう……
すみませんー誤解ですーー勘弁してくださいーーー
「ララメル、あの、違うんです、実は……」
私は事の次第を説明して、誤解を解いた。
「まあそうでしたの。
ですけど、誰に対しても、言いたいことをはっきりと言うのは、いいことですわ。
わたくし、あなたのそんなところが大好きですわ」
「ありがとうございます……」
「その話を一緒に聞いていたワイファナ王国のホク王子なんて、むしろあなたを、とても立派な女性だと感心していましたわ。
わたくしがあなたとお友達だとお教えしたら、ものすごい剣幕であなたのことをいろいろと聞いてこられましたのよ。
あの勢いだと、今夜の晩餐会のとき、直接あなたに声をおかけになるかもしれませんわ」
「な……!?」
私とユートレクトの声がハモったのは、長いつきあいの中でもこれが始めてだった。
******
わ、私に興味を持つ男性がいるなんて!
なんて奇特……じゃない命知らず……でもなくって、なんて素晴らしい目のつけどころの男性なのかしら!
しかも、今晩私に話しかけてくる、ですって!?
どどどどうしよううう!
でもね。
とってもありがたいお話だけど、事前調査は大切よね。
直接お会いして素敵な方だと思えなかったら、申し訳ないけど、どうしようもない。
まあそれは、向こうにとっても同じことなんだけど。
どんな方なんだろう、ホク王子って。
「ララメル、ワイファナ王国のホク王子とは、どのようなお方なのですか?」
ユートレクトもララメル女王に何か聞きたそうだったけど、私の方が言葉が早かった。
「とても穏やかで、物腰が低い方ですのよ。どなたかとは全く正反対ですわ」
『どなたか』とララメル女王が言ったとき、ララメル女王の視線は間違いなくユートレクトに向いていた。
「背丈もすらっとしていらっしゃるし、褐色の肌と金髪もとても健康的で、男性としての魅力も十分ですわ。
わたくし、あの方の声がとても大好きですの」
「声、ですか」
「ええ、あの囁くようなかすれた声に、とてもひかれるのですわ。
ホク王子が、あんなに取り乱したところを見たのは、今日が始めてでしたもの。でも、あのお声も素敵でしたわ……」
ララメル女王は、ホク王子が私のことを聞いてきたときのことを思い出しているのか、うっとりとした表情で、両手を胸に当てている。
そんなに素敵な声の持ち主なの、ホク王子って。それならぜひ、私も悩殺してほしいわあ。
「ホク王子……ワイファナ王国の第三王子。王国の首都の行政を一手に預かっておられる方ですね。
御年二十七歳、温厚で誠実なお人柄だと伺っております。ありがたいお申し出です。
ララメル女王、ホク王子はこちらの事情をご存知でしたか?」
ユートレクトが言ってる『事情』というのは、私は女王だからお嫁に行くことは絶対無理! 私が欲しかったらお婿に来てね! ということ。
私もいわゆる結婚適齢期をお迎えてしてから久しいので、いずれ真面目にそのことは考えなくちゃいけないんだけど。そんな奇特で物好きで命知らずの無謀な人、本当にいるのかな。
「それはもちろんご存じだと思いますわ。アレクと同じ立場の、わたくしと話していたのですもの。
アレク、ホク王子がお気に召さなかったら、無理なさらないでね。そのときはわたくしが……ウフフフフフ」
え? ララメル女王、ひょっとしてホク王子のことを……?
「ララメル女王、これ以上男性を泣かせては罪ですよ」
ユートレクトが、妄想の世界に旅立とうとしているララメル女王をひきとめた。
「あら、なんてことおっしゃるの、フリッツ。泣いているのはわたくしですわ。
わたくしだって、運命の殿方に出会いたくてたまりませんのに、毎日のように、枕を濡らしているんですのよ」
「それはあなたの理想が途方もないからでしょう」
「いいえ! この世界には絶対に、わたくしの分身ともいえる殿方がいらっしゃるのですわ。
その方にお会いするまで、わたくしは、陰ひなたなくそのお方を探し求めますわ!」
ララメル女王の瞳が、本格的にうるんできた。
一体どれだけの男性がこの美貌に泣かされてきたのか、凡人の私にはとても想像がつかないけど、私がララメル女王とお近づきになれたのは、どうやら偶然の賜物だったみたい。
きっと昨日は『運命の殿方探し』が難航して、その気晴らしにバルコニーにきたんだわ。
これだけ美人だったら、理想が高くても無理ないと思うけど。
私は、かえって格好よすぎる人だと緊張しちゃうから、一緒に街をデートしたりしても(女王だからそんなことできないけど)、あんまり目立たない人の方がいいな。
それで、一緒にいたら幸せな気持ちになれて、その人にとって私が『元気のもと』みたいになれたらいいな、と思う。
私は……なれないかな。
?
なれない、ってなによ。
まだ誰も相手なんていないのに。
ララメル女王とユートレクトが『運命の殿方探し』について、まだ話しているのをぼーっと聞きながら、私はチョコバナナタルトをほおばった。
バナナにかかっているチョコレートソースが、妙に苦く感じた。