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懐中時計2

*****



 私は絶叫したい衝動をなんとか抑えるために、肩を数回上下させて息を整えた。


「え、私の思ってることって、大体想像つくよね? それをわかってて言ってるの?」


 私はあたりを見回した。

 ユートレクトがこんなことを言い出すんだから、周りに人がいるわけないのだけど、やっぱり人はいなくて安心した。


「当たり前だ。中央大陸縦貫道なんて、話が進まないなら作るのやめてしまえとか、二国間の話し合いで済むことをここで話し合うな……だろう。違うか?」

「はい、大正解です……」

「俺がフォロー入れてやるから言ってみろ」

「ええええええ……」


 そうはおっしゃいますけど。


 いざとなると腰がひけるわよ、さすがに。

 いくら私でも。


 あれだけのお偉いさん相手に。

 しかも世界最大最強のローフェンディア皇帝陛下もいらっしゃるっていうのに。


「まさか、私に本音を言わせて眠気覚ましの笑いの種にする、なんてことじゃないでしょうね?」


 常に私の発言には慎重だったユートレクトが、ここまでのことを言うには何か理由があってのことかも……とも思ったのだけど、私がここで小市民的異論をぶちまけても、センチュリアが得をすることなんてこれっぽっちもないはずなのよ。


 なんで? どうして?


「俺は、今の思いつきですっかり目が覚めた。

 お偉いさんがたの眠気が吹き飛ぶ顔を、早く見てみたいものだ」


 ちょっと待った。


「なんか楽しんでない?」

「これを楽しいと言わないで何が楽しいのだ」

「ちょっと待ってよ。本当にいいの? 昨日は、あんなに慎重にしてたのに」


 そうよ。


 だったら、昨日の会議のときに一言言わせてほしかったわよ!

 後からあんたに氷雪台風浴びせられて、こっちは生きた心地がしなかったっていうのに。


 ふと見やると、ユートレクトの表情がどうも微妙だった。


 なんて表現したらいいのかな。

 明らかに悪戯をしかける悪がきの顔なんだけど、何か違う。

 目がどこか別のところを見ているような、そんな感じがした。


 私がフォローしてもらえるもらえない以前に、ユートレクトのことがなんだか心配になってきた。


「ユートレクト、やっぱり今日は少し変だよ?」

「わかっている」

「大丈夫?」

「俺を誰だと思っているのだ。任せておけばいい」

「違うわよ、その大丈夫じゃなくて」

「心配いらん、俺の頭は常に冷静に動いている」

「ちょっと……!」


 『頭は常に冷静』って……


 じゃあ、それ以外はどうなってるのよ!

 一体、何のために、何のせいで、こんなことするって言い出してるのよ!?


 答えを聞く前に、ユートレクトはきびすを返して人のたくさんいる方へ行ってしまった。



******



 『中央大陸縦貫道』についての会議が再開されたのは、それから十分後のことだった。


 思ったことを言っていいと言われたのに、ちっとも、全く、嬉しくない。


 それもこれも、全部横にいるこの男のせいよ。

 相変わらず冷静すぎる面持ちだけど。


 おかしい、絶対におかしい。


 でも『やっぱりやめようよ』とは言い出せないオーラが、ユートレクトの全身から漂っているので、私は頃合いを見て、この話し合いについて思ったことを発言する腹をくくることにした。


 ユートレクトがうまくフォローしてくれるのを信じて。


 信じるわよ!?

 ちゃんとフォローしてよね!




 話し合いは、幸か不幸か相変わらず停滞状態が続いていた。


「わが国には、そのような大工事ができる大金はない!

 貴国の事情に合わせるのだから、それ相応の資金援助をしてもらわねば困る!」

「それは申し上げにくいことながら、詭弁ではありますまいか。

 私たちは、互いに同意の上でこの大規模な道路を建設するのです。それを他国に資金援助を求めるなど」

「何を、この……!」


 なんだかもう、話し合いというより罵り合いじゃない。


 どうしてこうなっちゃうんだろう。


 一同の前で詭弁者扱いされた某国の元首(名前覚えなくていいわよ)は、顔を真っ赤にしている。


 当事者以外の他の首脳たちといえば、見て見ないふりをするかのように、視線をあらぬ方に投げている。


 最も上座に鎮座していらっしゃる最強最大のローフェンディア帝国皇帝陛下は、無表情。

 横にいる議長のクラウス皇太子は、平静を保っているように見えるけど、どこか落ち着きがないように思えた。


 沈黙が重く淀んだものになっていく。


 私は今だと思った。

 腕が少し震えたけど思い切って挙手した。


「……センチュリア王国アレクセーリナ女王、発言を許可します、ご起立を。

 ラムレスク大公、マーベルフォン大統領、一旦ご着席ください」


 クラウス皇太子は、明らかに私が挙手したことに驚いたみたいだった。

 発言を認めてくれるのに、挙手してから少しの間があった。


 驚かない方がおかしいわよね。

 私だって驚いてるもの、自分がしていることに。


 言い争っていた二か国の代表が、怪訝そうな、でも少しだけほっとしたような表情で席につくと、私は立ち上がってお腹の底から声を出した。


「議長、発言をお許しくださり感謝致します。

 恐れながら、ご列席の皆さまに申し上げたきことがございます。

 ただ今行われている『中央大陸縦貫道』についての討議は、これにて打ち切るべきかと存じます」



*******



 私の無謀な一言は、居並ぶ偉い人たちの口からあらゆる声を発声させる、またとない機会になったようだった。


「何を言い出すのだ、この小娘は!」

「縦貫道に関係ない者が、口をはさむなど!」

「即刻この部屋から出て行け!」


 けど、そんな人たちも、私の横に座る人物が自分たちの視界に入った途端、ぎょっとした顔をすると、居住まいを正していっせいに押し黙った。


 ユートレクトは、いつもの冷静すぎる表情の仮面を取り払っていた。


『きさまら、ローフェンディア第二皇子であるこの俺が、宰相を務める国の女王に向かって、それ以上暴言を吐いてみろ。今、この場で、きさまらの国を再起不能にしてやるぞ』


 そんなことを、あからさまに語っている表情だった。


 姿勢もいつの間にか、背中を椅子にもたせかけ両腕を組んだ、偉そうな座り方になっていた。


 一国の宰相としては傲慢とも取られかねない態度だったけど、彼に非難の目や口を向けられる人はいないようだった。


 いつも、口調だけはどんなに偉そうでも絶対にこんな顔も態度もしないから、私の方がかえって心配になったけど、今はユートレクトの心配どこじゃなかった。


 私は回転数の怪しい頭を無理くりぐるぐる回して、これからどう自分の意見を言おうか考えていた。


 え?

 何を言うか、考えてから手を挙げろって?


 手を挙げるのに必死で、そんな余裕なかったのよー!


「ご一同静粛に! それは、どのようなご見識からのご提案ですか、アレクセーリナ女王?」


 私が沸騰しそうになる頭と心をなだめすかしながら考えをまとめていると、クラウス皇太子の穏やかな声が私に向けられた。


 わあああああ!!


「……はい、では恐れながら申し上げます。

 私は、今回初めてこの会議に出席致しております。誤った見識でしたら、なにとぞお許しください。

 先刻より『中央大陸縦貫道』の議事を拝聴しておりますが、私が感じました限りでは、未だ諸国を通るルートや資金繰りなど重要な要件の結論が、ご列席の皆さまの間で総意となっていらっしゃらないように思われました」


 私はここまで言ってから一度息を整えた。


「そこで愚考したのですが、『中央大陸縦貫道』を開通される諸国の皆さまで委員会のようなものを発足され、そちらで具体的な経路や資金の割り振りなどを、ご検討されてはいかがかと考えた次第です」


 もしかして過去にこんな意見も出てるかもな、と思いながら発言した。

 ユートレクトからは何も聞いてないから、多分、ここ数年は誰も何も異論を唱えたことはないと思うけど。


 だって。


『話が進まないなら、作るのやめたらどうですか?』


 とか、


『二国間の話し合いで済むことを、ここで話し合うのは時間の無駄だと思いますので、当事者だけで話し合ってもらいたいです』


 とは、さすがに言えないもの。


 だからね、あくまで私の感覚でだけど、オブラート十枚くらい包んだ感じにしてみたんだけど……伝わるかなあ?


 これ以上は、何も聞かれない限り言うつもりはなかったので、私は議長であるクラウス皇太子の返答を待った。


 部屋の中は不気味なほど静まり返っている。

 反論を言われると思っていたから、何も言われないと、それはそれでなんだか怖い。


「……若き女王よ」


 クラウス皇太子の声にしてはやけに歳を感じる声がして、私はクラウス皇太子から視界を広げた。


「そなたの疑問には、わしが答えよう」


 心臓が大きく鳴って、喉から出てくるんじゃないかっていうほどだった。

 脳みそは、いよいよ沸騰し尽くして蒸発していきそうだった。


 堂々たる体躯を椅子から離して立ち上がったのは、クラウス皇太子とユートレクトの実のお父さん。

 世界最大最強のローフェンディア皇帝、その人だった。



********



 もしかして。


 今更だけど。


 とんでもないことやっちゃったの、私ったら!?




 恐れ多くもローフェンディア皇帝が、直々に私の発言に答えてくれるなんて、脳みそが蒸発してなくても思わなかったから、もう深く頭を下げるしかなかった。


 でも、ちょっと待ってよ。

 皇帝陛下は『私の疑問に答える』っておっしゃったわよね?

 私、『疑問』は何一つ発言してないんだけど……どういうことかしら。


 頼みの綱のユートレクトはといえば、相変わらず不敵不遜な態度で椅子にふんぞり返っていた。


 天下の皇帝陛下を前にしても、その態度、崩れず。


 ある意味すごいけど、まさか『フォロー入れてやる』って、この偉そうな態度だけってことはない……わよね?


 そんな息子の態度などまるで意に返さず、皇帝陛下はのたまった。


「センチュリアの至宝、アレクセーリナ女王よ。

 そなたの申すこと、誠にもって理にかなうものである」


 もう、恥ずかしくて何も言えない。

 明らかにお世辞としか思えない『若くてお美しい』とか言われるより、よっぽど恐縮する。


「結論も出せずに長々と続く議事進行に、『中央大陸縦貫道』の誘致国ではないそなたが異議を呈したくなるのも、もっともである」


 皇帝陛下はそうおっしゃると、『中央大陸縦貫道』が建設される諸国のお偉方を鋭い瞳でぎろっと睨みつけた。


 先ほどから、ほとんど決定事項を出せていない諸国のお偉いさんたちは、まるで鷹に睨まれたウサギのように小さく縮こまって、微かに震えている人さえいた。


 ごめんなさい、本当にごめんなさい。

 皆さんを巻き込むつもりは毛頭なかったんです。

 こんな一大事になるとは、全然思ってなかったんです。


 私も一緒に縮こまりたい気持ちだけど、精一杯胸を張って、皇帝陛下の次のお言葉を待った。


「だが、女王よ。

 わしが今までそなたの申すような、『中央大陸縦貫道』について討論する特別な組織を設けなかったのは、理由があるのだ」


 そうなんだ。

 他の人のことはわからないけど、やっぱり皇帝陛下は、私の考えそうなことなんて、とうの昔にお考えだったのね。


「この縦貫道の建設を提案したのは、他ならぬこのわしじゃ。

 完成すれば、間違いなく、中央大陸のみならず、世界中の流通が盛んになると思っておる。

 発案した当時は、諸国の首脳たちもわしの考えに賛同してくれた」


 皇帝陛下が、厳しい眼光を少し和らげたように思えた。


「だが、時が経つにつれ首脳たちも入れ替わり、当時志を共にした者も次第にその姿を減らしておる。

 わしたちは約束をしたのだ。そなたの父もその中におった」


 私の父……先代のセンチュリア国王のことだ。


「これは、中央大陸を挙げての大事業になる。

 縦貫道が通らない国であっても、中央大陸の一員として縦貫道建設の過程を見届ける義務と、異議があれば発言できる権利がある。

 従って、縦貫道建設に関する取り決めは、世界会議を中心とした全中央大陸の国家首脳が集まる場で行う、とな」


 『中央大陸縦貫道』を発案した人……皇帝陛下は、きちんとその重要性を知っていた。


 でも、時と共に支配者が変わるのは世の常。

 皇帝陛下とこころざしを共にした人たちが、後継者にまで思いを伝えきれているかといえば、そうでないことの方が多いと思う。

 中央大陸は、君主制でない国も多いから、首脳陣も数年で変わることもよくある話。

 まして、政権争いなどで地位が交代したなら、なおさら志の共有などできるはずがない。


 そして、皇帝陛下と意志を同じくした人達はいなくなり、後には皇帝陛下にへつらうばかりの人や、私のように過去の事情を知らない者ばかりになった……


 たとえそんな事情はなかったとしても、小さな国でも中央大陸の一員であるなら、どんな些細なことであっても、一見自分の国には関係なさそうなことでも見届ける義務がある。


 私は今『異議があれば発言できる権利』を使った。

 けれど、中央大陸の一員として、何事も『見届ける義務』を自覚していなかった。


 皇帝陛下は、私の考えてることなんて最初からお見通しだったんだ。

 だから『私の疑問に答える』っておっしゃったんだ……


 私は改めて皇帝陛下に一礼した。


「皇帝陛下の、そのようなご深慮も存じあげず、大変失礼なことを申し上げたこと、お詫びの言葉もございません。

 私のような若輩者に御自らお言葉をくださいましたこと、心より御礼申しあげます」


 一国の君主として、心から恥ずかしい気持ちと、皇帝陛下のお気持ちに感謝する思いでいっぱいだった。


「そなたの意見、他の者にも参考になったであろう。今後も、思うことを述べる勇気を忘れるでないぞ」


 皇帝陛下の表情はまた厳しいものになっていたけど、私にはその言葉だけで十分だった。


「はい、ありがとうございます皇帝陛下」


 皇帝陛下は自ら席に座ると、私にも席に着くようにと手振りで示した。


 私の無謀な反乱は、こうして意外な結末を迎えた。

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