黒幕登場1
*
空が白んできたころ、私は何度目かの浅い眠りから目覚めた。
雨は夜中のうちにすっかりあがったみたいで、鳥のさえずる声も聞こえてきた。
壁際の大きな時計を見ると、まだ起き出すには早い時間だったから、しばらくこのままでいようと思って目を閉じた。まだ繋がれたままの手を離すのも、もったいなかったし。
どうしてこんなことをしてくれたんだろう。
考えても考えてもわからなくて、昨日は結局ほとんど眠れなかった。
寝ぼけていたとは思えないし、恋愛感情とかそういうのではないのもわかるんだけど。
まさか……
私は何時間かかっても出てこなかった考えに思い当たると、血の気が引く思いがした。
まさか、私の気持ちがばれたとか!?
それで憐れに思ってちょっとだけ手を握ってやった、とか。
そこまで考えて、私は心の中で思いきり頭を振った。
そんな女泣かせの中途半端なことをする人じゃない……と思う。
万が一そうだったら、向こう三年間ただ働きだわ。乙女のお肌に大事な睡眠時間を奪った罪は重いのよ。
多分、私が賊の皆さんに乱暴されたことをまだ怖がってると思ったのかなあ。
それで優しくしてくれた。これが一番近いような気がする。
ていうか、これ以外に考えられない。
もしこれで『すまん、寝ぼけてた』だったら、市中引き回しの刑にしてやるんだから。
とはいっても、『どうして昨日手を握ってくれたの?』なんて聞けないけど…恥ずかしくて。
それに本当に『寝ぼけてた』とか、それよりもっとたちの悪い『覚えてない』だったら、しゃれにならないじゃない。ショックのあまり男性不信になるかもしれない。
今日で『世界会議』も五日目。
今日と明日は『全首脳及び代表閣僚会議』といって、全世界のお偉いさんたちが一堂に会する会議が開かれる。
これ、すごく大人数の会議だから、人に紛れて眠りやすそうなのよね。
昨日も寝るの遅かったし、今日もこんなんで、本当に大丈夫かしら私……頑張るわ、うん頑張る。
私は眼を開けると、隣で静かに寝ている臣下を見つめた。
人の気も知らないでこの……
……
大好きじゃないのよ、大ばか宰相!
そうやってベッドの中でもんもんとしているうちに、となりで眠っていた人の目が突然開いて、たぬき寝入りする暇もなく目が合ってしまった。
「お、おはよう!」
「ああ……」
私は明らかに寝起きではない元気な声で言った。どんなときも朝の挨拶は大切よ。
ユートレクトはしばらくうつろな目であたりを見ていたけど、(私にとっては)肝心の左手がしていることに気がつくと、何事もなかったかのように私の手を離した。
正直言うと…少し寂しかったけど、この反応が一番救われたことになるのかもしれない。だって、変に照れられたり逆にいやな顔されたりしても困るもの。
「少しは眠れたか」
「うん」
もちろんうそだけど。
「雨、やんでるよ。よかったね」
「ああ…先に洗面所を使ってこい、女は何かと時間がかかる」
「ありがとう、そうさせてもらう」
私は思っていたよりも元気に起き上がると、ありがたく洗面所を使わせてもらうことにした。
軽快に起きられたのは、ただの『睡眠不足による変な気分の高揚』のせいだと思う。
一方のユートレクトはといえば、身体を起こしてはいたけど額に手を当てて目を閉じていた。
昨日は会議に出席してるよりも大変だったと思うから、疲れも残ってて当然だと思う。本当にお疲れさま……ありがとう。
私は顔を洗って髪をとかすと、寝巻きを脱いで、昨日用意してもらった着替えに袖を通した。
そろそろみんなも起きだす時間になると、私は一度ユートレクトと別れて、リースルさまの寝室に今日の会議の資料を取りに行った。
「アレク……無事だったのですね! 心配していたのです、本当によかった……!」
リースルさまは一晩中眠れなかったような泣きはらした顔で、私を迎えてくれた。かえってこちらが申し訳ない気持ちになった。
私もほとんど寝てないんだけど、多分会議が始まったら、眠りの妖精たちの手で眠りの森に連れていかれると思うから、それまでせいぜい元気でいようかしらね。
「ご心配おかけして申し訳ありません、リースル。リースルもお怪我などありませんでしたか?」
「わたくしのことは心配要りません。アレク、あなたお顔が……!」
「はい?」
「少しお待ちになって、まだ行ってはいけません」
リースルさますごく驚いてたけど、顔がどうかしたのかしら。
私が昨日着ていたスーツやらをトランクに直していると、リースルさまが何やら色々と持ってきて、その小さく綺麗な手で私の顔に触れた。
そっか、すっかり忘れてたけど、顔もぶたれたから傷とかあざがあってもおかしくないわよね。
痛くないからいいか、と思ってた自分に、おっさんエキスの濃さを感じずにはいられなかった。
「なんてこと、女性の顔に傷をつけるなんて……アレク、本当に昨日は大丈夫だったのですか」
リースルさまの優しい声に女性ならではの思いやりを感じて、私は改めて昨日あったことを思い出すと、怖いというよりむしろだんだん腹が立ってきた。
「はい、おかげさまでこういう傷だけで済みました」
そう答えるにつれ、賊の皆さんに怒りがこみ上げてくる。
そうよ、よーく思い起こさなくても、この女王たる私の貞操を奪おうとしたのよ!
それだけは絶対に許せないわ。
奴らは女の敵だわ。
私の身体は、誰にも……触らせないんだから。
かくまってはあげるけど、この落としまえはつけてもらうからね!
そう考えながら、頭の隅に昨夜のことがよぎる。
叶わなくても、彼にとって純潔でありたいという思いは消すことはできなかったし、今はまだ消す必要はないと思った。
リースルさまがふわふわしたブラシで何度か私の頬を撫でてくれた。
化粧をあまりしない私には、その感触はとても新鮮で心地よかった。
「これで……ほら」
かざしてくれた手鏡で自分の顔を見ると、お化粧をしたとはわからないのに綺麗に顔の傷が隠れていた。
私もこういう女の子らしいことをもっとしたいな。そうしたら、綺麗になれるのかな。
「ありがとうございます。こんなに綺麗にして頂いて」
「いいえ、お礼を言われるほどのことではありません。
そうだわアレク、今度の大舞踏会、一緒に支度しましょうね。そのときお化粧も一緒にしましょう、いかがですか?」
『大舞踏会』という言葉を聞いて、私は少し心がくじけてしまった。
そんな面倒なものがあったわね、そういえば。
今日が『世界会議』の五日目だから、まだ明日の夜の話だけど。
こういうことを面倒って思うからだめなのね、きっと。
ここはリースルさまに弟子入りして、乙女をマスターするいい機会かもしれない。
「はい、それではお言葉に甘えさせていただきます、どうぞ宜しくお願い致します」
私は昨日の混乱から完全復活していないこともあって、油断していたらしかった。
「嬉しい……ありがとうアレク。
あなたは今でもお綺麗だけれど、もっともっと綺麗になれると思うのです。背が高くていらっしゃるから、すらっとした水色のドレスなんか、きっとお似合いですわ。
見違えたアレクを見たら、フリッツもきっと自分の気持ちを自覚して、アレクに結婚を」
「いえ、それはないと思います」
リースルさまの可憐な攻撃を防ぐ術を身につけるには、まだまだ修行が必要みたいだった。
**
すると、扉がノックされる音がして、侍女さん(今回は侍女長さんではなかった)が応対に出るのが目の端に映った。
「おはよう、もう大丈夫かいリースル?」
優しい声がしたかと思うと、リースルさまの表情がより明るくなった。
「まあクラウス、おはよう。お忙しいのに、いらしてくださってありがとう」
「何を言っているんだ、当たり前じゃないか。愛する妻が危険にさらされて、放っておけるはずがないだろう?
昨日も一緒にいてやれなくて、すまなかった。だがいつでも愛しているよ……やあ、誰かと思ったらアレクじゃないか、おはよう」
「おはようございますクラウス、お邪魔しています……」
クラウス皇太子が私に声をかけてくれたのは、リースルさまの腰に手を回して朝のくちづけを終えた後だった。
私は突然の熱愛シーンに呆然としながらも、早くここからいなくなった方がいいことだけは瞬時に察した。
ララメル女王が言っていた『愛妻家』っていうのは、こういうことだったのね。
よくもあんな歯の浮くような台詞を、さらっと言えるわ。でも、きざにもいやらしくも聞こえないところが、クラウス皇太子の素敵なところだと思う。
これだけ愛情をもらっていたら、リースルさまも、他の男なんて眼に入らないんじゃないかしら。というわけで。
(合掌)
「お邪魔だなんてとんでもないよ。昨日はとんでもないことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ない」
そう言うとクラウス皇太子は私に頭を下げたので、私は慌てて頭を上げてくれるようにお願いした。
「私もアレクに話があったからちょうどよかった、朝食会場まで一緒に行こう。
そちらの用事はもう終わったのかい、リースル?」
「ええ、ちょうど今終わったところです。
クラウス、わたくしの大事なお友達を、無事にお送りしてくださいましね」
「ああ、もちろんだ……では行ってくるよ。アレク、行こうか」
クラウス皇太子は今度はリースルさまの頬にキスをすると、またあてられて少しよろけている私を見て、何事もなかったかのように微笑んだのだった。
クラウス皇太子のお話というのは、私にちょっとした(?)お願いがあるというものだった。
でも詳細は極秘のことなので、移動中やみんなが朝食を食べているところでは話せないらしく、別室で朝食を摂りながら聞かせてくれるというので、今日の会議が開かれる部屋の近くの個室に向かっている。
「昨日のことも、そちらできちんと聞かせてもらうよ。大体はフリッツから聞いているが……本当に申し訳なかった」
「いえ、クラウスこそ、お忙しいのにいろいろなことがあって、大変ですのに。
私はこのとおり元気ですから、お気になさらないでください」
大体は聞いてるって、奴はもうクラウス皇太子に報告してくれてたんだ。
「リースルさまがご無事で、本当によかったです」
「ああ、本当に。リースルがいなくなったら、私は生きていけないからね」
クラウス皇太子は、またさらっとすごいことを口にした。
「仲がよろしくて羨ましいです。私も結婚したら、お二人みたいなご夫婦になりたいです」
「いや、リースルを大切にしなかったら、私はいつ後ろから刺されるかわからないんだよ。
もちろんリースルを心から愛してはいるんだが、二人分の愛情を彼女には注いでいるつもりなんだ」
二人分、と聞いて、私の頭の中に今朝の眠たそうな履物皇子の顔がよぎった。
まさかクラウス皇太子も知ってるの? ユートレクトがリースルさまのこと思っているの。
ありえないことじゃないわ、皇帝陛下までご存知なんだもの。
「二人分、とおっしゃいますと……」
私は聞くだけ聞いてみた。
答えてくれないだろうけど、話の流れからいくと聞いてもいいだろうと思ったから。
クラウス皇太子は私を見ると優しく笑って、質問の答えとは別のことを言った。
「本当にアレクには、感謝してもしきれないよ」
「?」
「昨夜は本当に何もなかったのかい?」
「はい、おかげさまで無事に戻ってこられました」
「賊たちのことではないよ」
え、賊の皆さんからは乙女の純潔を守ったけど、それ以外に何事かあるっていったら、ユートレクトの寝室で休ませてもらって……って。
なんでクラウス皇太子がそれを知ってるのよ。
そこまで話して何をどうしようっていうのよ、あのばか。
私は恥ずかしさを極力押し殺して答えた。
「お聞きになられたのですか」
「ああ、私もアレクのことが心配だったからね。どうかな、フリッツは紳士としてふるまえたかな」
「はい……」
それはもう『これでもか!』っていうくらい、紳士でいらっしゃいました。
私も『どうなのよ』っていうくらい、色気がありませんでした。
クラウス皇太子は私の言葉を信用してくれたのかくれていないのか、それ以上は何も聞かずに『それはよかった』と言ってこの話を打ち切った。よかった……
でも、私がほっとしていたら、突然爆弾が降ってきた。
「リースルは誰にも渡せない。たとえ弟でも……いや、弟だからこそかな。
だからフリッツには早く幸せになってほしいと思うんだ」
うわ……やっぱり知ってたんだ。
リースルさまのことに関しては、ご自慢の自己防衛機能がうまく働かなかったみたいね。
とりあえず、私は知らないふりしないといけないけど。
「彼はリースルさまのことを、その……慕っているのですか」
「そうだよ。でも、その心配もそろそろしなくてもよさそうだ」
いえ、そんなことはないと思います。大いに心配してやるべきだと思います。
クラウス皇太子のいたずらっぽい笑顔に、私はいやな予感がして身構えながら答えた。
「なんてことでしょう、他人の伴侶を……ですが、恐れ多くもお二人の間に割って入ることなどできるはずがありません。もしそんなことがあれば、私が主君として諌め」
「主君としてではなく、女性として諌めてやってほしいんだが」
そうきましたか……恐るべし皇太子夫妻。
「いえ、彼には私など相応しくありません」
「そんなことはない、頼むアレク。私はあの日以来、実はひそかに怯えているんだ」
はい?
クラウス皇太子ともあろう人が怯えるなんて、一体どうしたんだろう。
顔はいっこうに怯えてなくて、むしろ笑ってるのが怖いんだけど。
「あれは私の人生で、唯一の卑怯な策だった。
私はね、フリッツが軍の遠征で国にいないときに、リースルに求婚したんだよ」
「いえ、そんなことはないと思いますが、何か問題でも?」
「帰ってきたら、ひどく叱られたよ。俺のいない間にぬけがけするとは何事だ、とね」
ぬけがけって……
恋のかけひきなんてそんなものじゃない?
先に勇気を出して告白したもの勝ち、ってとこもあると思うけど。
そんなにリースルさまが好きだったんなら、他人のプロポーズの後でも構わないから、当たって砕け散ればよかったんだわ。思い切って求婚したクラウス皇太子の勝ちだと思う。
ああ、わかったわやっと。
奴がどうしてクラウス皇太子のことを『性格に問題あり』なんて言ってたのか。
これが原因じゃないかしら。だとしたら、半分以上逆恨みじゃないのよ。
もっともクラウス皇太子も、ユートレクトの気持ちを知っててプロポーズしたみたいだから、なかなかどうして、優しいだけじゃない別の一面もあるのね。さすがあの履物閣下の兄上だわ。
……とは言えないから、当たり障りのないように答えておこう。
「ぬけがけだなんてそんな…てb恋のかけひきとは、そういうものだと思います」
「アレクもそう思うかい? 実は私もそう思うんだよ。
恋愛には情けも容赦も必要ないと思うね。必要なのは、勇気ある速断だ。
もっとも、リースルも私を好いていたようだったから、この勝負は最初から私の勝ちだけどね。
だがフリッツには、早くあなたと身を固めてもらわないと私が安心して枕を高くして眠れ」
「それとこれとは、話が別ですから」
クラウス皇太子の、楽しくもあり黒くもある部分を見てしまった私は、リースルさまの攻撃を防ぐときより十倍手厳しくその言葉をさえぎった。
***
クラウス皇太子と私が目指していた部屋に到着すると、既に先客がいた。
「おはようございます、クラウス皇太子、アレク女王」
ユートレクトと一緒に立ち上がって一礼をしたのは、長身と褐色の肌の……ホク王子だった。
私は少し驚き、気まずく思いながらも、クラウス皇太子と共に返礼をして、今日は空いていた上座の席に素敵な愛妻家と並んで座った。
「待たせたね二人とも、昨日はご苦労だった」
クラウス皇太子がそう言ったのを合図にしたかのように、奥の扉から朝食のプレートが運ばれてきて、私はひそかに眼を輝かせた。
プレートの上には、とろとろのスクランブルエッグに、かりかりのベーコン、私が好きな色とりどりのお豆入りサラダと、濃厚なじゃがいものスープ、それからふわふわの白いパンがお上品にのっていた。
量的にもう少し欲しいところなんだけど、後からかごいっぱいに白いパンが運ばれてきたので安心した。
ユートレクトは絶対おかわりするはずだから、そのどさくさに私ももらおうっと。
全員がしばらくの間無言で朝食と向き合っていたのだけど、この中で一番少食らしいクラウス皇太子がプレートを空にしたところで、
「ホク王子、私の妃を狙う賊の捕獲に協力くださるとの申し出、心から感謝する。既におおよそのことは聞き及んでいると思うが」
「はい、先刻伺いました。アレク女王、昨日は大変な一日でしたね。お怪我などはありませんでしたか」
「大丈夫です、ありがとうございます。私こそ、皆さまのお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
ホク王子の心配そうな表情に、私は複雑な気持ちで答えた。
もし、昨日誘拐されてなかったら、私はどうなってたんだろう。
ララメル女王に誘導されて、厨房から出たところでホク王子に会って、声をかけられて、それから……と考えると、さらわれていなくても、結構やんごとない局面に立たされていたかもしれない。
昨日の私なら、そう簡単にホク王子についていきはしなかっただろうけど、想像するたびに恥ずかしくなる。
も、もちろん今日だって、ホク王子にお誘いを受けても、ほいほいついていったりしないわよ。
「南方地域のホク王子が助力してくれるのは、本当にありがたい。
これもご存知かもしれないが、昨日アレクが賊にとらえられたときに、とても有力な情報を入手してくれたんだ。
アレク、あなたからもう一度話してもらえないかな」
クラウス皇太子に促されて、私は昨日賊の皆さんから仕入れたリースルさま襲撃の実行犯の情報と、昨日私を賊の皆さんにさらわせた人の名前を披露した。
「……第三皇子といえば、フォーハヴァイ王室の姫から生まれたライムント皇子ではないですか。
ローフェンディア皇族のお二人を前にこのようなことを申しあげるのはなんですが、かの皇子については、わが南方地域でもよからぬ噂が流れております。
アレク女王、本当にお辛い目に遭われましたね」
ホク王子は、また私を気遣って言葉をかけてくれた。
ライムント皇子なんて名前とっくに忘れていたので、私は『ムチ皇子』と言いそうになったのをぐっとこらえて、別の肩書き……『ローフェンディア第三皇子』をなんとか思い出したのよ。
やっぱりあのムチ皇子評判よくないのね。センチュリアでは名前すら聞いたことなかったけど。
どんな育てられ方をされたのか、養育係の顔が見たいってもんだわ。
私はホク王子にもう一度お礼を言うと、一番気になることを聞いてみた。
「クラウス、私の得た情報でリースルさま襲撃の実行犯を捕まえられたら、彼らを雇い入れた黒幕にも手が届くでしょうか」
「ああ、実行犯の首領が実在する流れの傭兵であることは、もう調べがついたんだ。
今、奴を捕獲するために憲兵が動いているところだから後は時間の問題だが、できれば明日中にかたをつけたいところでね」
ユートレクトが先にクラウス皇太子に報告してくれたおかげで、早く調査の手が入ったっていうことね、よかった。
それはいいけど、どうして明日中にかたをつけないといけないのかしら。世界会議は七日間だから、あと二日あるのに。
私の不思議そうな顔を見て、ユートレクトが呆れたという顔をしながらも、言葉遣いだけはご丁寧に説明してくれた。
「陛下、『世界会議』の七日目に行われるのは閉会式のみですから、会議を持つのは明日が最後になります。
フォーハヴァイ王国からおみえになった皆さまが、会議室の椅子におとなしく座っている間でなければ、首謀者を捕らえることは困難になるのです。
具体的には明日の……大舞踏会までには解決しなくてはならないのです」
私がまだ首を傾げていると、ホク王子がユートレクトの説明に補足をしてくれた。
「そうか、アレク女王はまだご存知ないのですね。
大舞踏会は、それはもう大規模な宴なのですよ。
特に前半は仮面舞踏会ですから、どこに誰がいるのか全くわからない状況になります。
そんな中でフォーハヴァイの人たちを特定して探すのは、ほぼ不可能ですし、もしも首謀者が……フォーハヴァイ国王その人でしたら、ローフェンディアの一般貴族も出席している場で、その罪を公にしてしまうことになりますからね」
なるほどね、そういうことならわかるわ。
大臣とかならともかく、一国の王たる人を普通の貴族たちの前で貶めるのは、罪を犯したとはいえ非礼にあたるってことね。
それにしても、仮面舞踏会ってどんな舞踏会なのかしら。
「ご心配には及びません、アレク女王。あなたの身柄は私が責任を持ってお守りしま……」
ホク王子が女性の心を揺さぶる声で言ってくれたのだけど、その言葉尻はユートレクトの冷たい視線にかき消されてしまった。
どうしてホク王子を睨みつけたりするんだろう。私のいい婿候補なはずなのに。
「ホク王子の言うとおりだよ、アレク。
それに七日目……最終日も、閉会式があるとはいえ、式に出席せず早めに帰国するところもあるんだ。
フォーハヴァイは今のところ、閉会式にも出席することになっているが、襲撃犯の捜査を始めたことを嗅ぎつけられたら、予定を変更するかもしれないからね。
それに、他の国の元首たちには遠路はるばるわが国まで来てもらっていることだし、純粋に大舞踏会を楽しんでもらいたいからね」
クラウス皇太子の、今は黒さを全く感じないお言葉に私は頷いた。
おっしゃっていることに加えて、リースルさま襲撃に全く関係ない人たちも楽しむ席で、ローフェンディア帝国の事情で捕物劇を繰り広げたのでは、招待国としての品格が問われるという面もあると思う。
そういうところはさすがだと思うのだけど、さっきの発言を思い出すと、クラウス皇太子の性格がよくわからなくなるわ…
「おわかりになりましたか、陛下」
ユートレクトはそう言ったものの、私の返答など聞くつもりは全くないらしく、自分のプレートにかごの中の白いパンを三つも放り込んだ。




