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幼なじみ2*

****



 ローフェンディア帝国第二皇子殿下の私室は、『この部屋は誰の部屋でしょうクイズ』をしたら、彼を知る人なら確実に正解できるほど、部屋主の性格が出た部屋だった。

 ごみはもちろん、ちり一つなく。

 大理石の床は、顔まで映るくらい光っている。


 大きな家具から小さな置物まで、あらゆるものが定位置と思われる場所に整然と並んでいる。

 壁はどこも天井まで本棚と化していて、隙間なくぎっしりと難しそうな本が鎮座している。

 高いところにある本もすぐに見られるようにするためだと思うけど、木製の脚立が出しっぱなしで本棚に立てかけてあるのが、唯一整然とした部屋の中で異色を放っていた。


 私室っていうから、ちょっと……ほんの少しだけ変な想像をしてしまったけど、どうやら第二履物皇子ともなると、リースルさまのように寝室が別にあるのか、ここにベッドらしきものは見当たらなかった。


 部屋の主人が当たり前のように上座に座ったので、私も遠慮なく手入れされた革のソファに腰かけた。下座にだけど。


 私はまず、ユートレクトが出席していた閣僚代表会議の詳細を聞いた。


 あちらでも、南方地域のフォーハヴァイ王国と世界的過激派組織ペトロルチカの話題が出たそうで、さすが閣僚代表たちの井戸端会議というべきか、元首会議での話よりも更に具体的な噂話が出たらしい。

 ただし、あくまで噂の域を出ないから、確実な裏づけはこれからローフェンディアが取るだろうが、と前置きしたうえで、履物皇子は私に釘を刺してきた。


「今回のリースル襲撃、フォーハヴァイが首謀者なら、他の南方地域の諸国も手を貸している可能性があるようだ。

 ララメル女王やホク王子には、おまえがリースルの部屋で寝泊りしていることは話すな」


 まさか……あの気のよさそうな二人が、そんな陰謀に関係してるなんて思いたくない。


「それって、ララメル女王たちが陰謀に関わっているかもしれないってこと?」

「ララメル女王がその手の話に乗らないことは判っている。

 だが、関わっていなくとも、話がどこからか漏れるかもしれん。彼女のことだ、どこで口を滑らせるかわからんからな。

 今度再び襲撃されれば、リースルだけでなくおまえの命も奪われることになるのだぞ。それでもいいのか」


 そ、それはよくないわ。断じて決してよろしくないわ。

 私だって一応乙女。まだ若い身空で、愛も知らないまま生涯を終えたくないもの。


 私は力を込めて首を横に振った。


「わかればおとなしく、ホク王子の求愛だけは受けておくんだな。

 あんなありがたい話、今後いつあるかわからん。ホク王子が陰謀に加担していないことを願うばかりだ」


 あんたね、なんてことを言うのよ。

 そんな話聞いたら、ホク王子と会っても話しづらいじゃない。


「で、そちらの会議はどうだった」


 私の気持ちは全く置き去りにしたまま、履物皇子はさっさと話題を変えると、上着を脱いで襟元を緩めた。

 私も靴を脱いで足を寛がせたかったけど、心でさめざめと泣きながら、今日の事の次第を話して聞かせた。


「ほう、『中央大陸縦貫道』は主幹道と分岐道に分けたか。賢明な選択だな」


 主幹道ってなんだろうと思ったのだけど、少し考えて中央大陸の北から南をまっすぐ通る、大きな一本道のことを言ってるんだとわかった。


「分岐道の予算以外は、上々の首尾だったようだな」


 午後からの会議で話し合われたことの結果には、合格点をいただいたようでほっとした。

 でもね、分岐道の建設費用は手痛い出費になるけど、これはあの会議の場にいたら逃れられるものじゃなかった。


 私は今日新しく配られた『中央大陸縦貫道』の試案をユートレクトに見せた。


「確かに分岐道の出費は痛いけど、この熱意と利益を見せられたら、分岐道うちだけ作りませんなんて言えないわよ。

 せっかく作るなら、これを活用して何かした方がいいんじゃないかな。

 例えば街中の道路も整備してみるとか。みんなが認めてくれたらだけど、街の区画整理もして、いろんな施設を増やしたりとか」


 私は会議の間に考えついたことを、思い切って言ってみた。


 センチュリアは大昔からオーリカルクの産出国だったこともあって、いろいろな国と交易があったし、いろいろな国に支配された時期もあった。

 そのおかげで様々な国の文化が混ざり合い、街並みも独特の雰囲気になっているのだけど、最近では生活に不便さを訴える国民も増えてきていた。


 道がややこしくて地元民でも覚えられないとか、荷馬車で通れると思って行ったところが、人がすれ違うのがやっとの道だったとか。

 道路事情以外にも、学校が古すぎて廊下の板が腐りかけてるとか、病院をもっと増やしてほしいとか。


 経済効果に直接働きかけるものじゃないけれど、こんな大規模な工事をすることなんて滅多にないと思うから、こういう苦情もね、まとめて解決できればなあと思ったのよ。

 もちろん、お金も時間もかかることだから少しずつしかできないけど、やらないよりはずっといいわよね。


 履物皇子は、厳しい表情で『中央大陸縦貫道』の試案をめくりながら、あのたぬき親子、と毒づいた。


 たぬき親子って……皇帝陛下とクラウス皇太子のこと?

 皇帝陛下のことはよく存じ上げないけど、クラウス皇太子にそんなこと言ってたら、そのうちばちがあたるわよ。


「ここまで出されたら俺でもどうにもできん。それにしても、おまえにしては気の利いたことを言ったな」


 あれ、そういえば。

 今日は私、怒られてないじゃない。むしろお褒めに預からなかった?


 実は内心、『どうして分岐道に反対してこなかった!?』って怒られるかもしれないと思ってたから、怒られないとかえって拍子抜けしたりして……

 いやいや、怒られないに越したことないんだから、縁起でもないこと考えるのやめておこう。


「どちらにしても交通調査は必要だな。あとは都市計画の立案か」


 そうつぶやくと履物皇子は立ち上がり、つかつかと脚立の方へ歩いていったので、私も後を追った。


「下を持っていろ」


 脚立を別の書棚の前に運んで脚を開くと、履物皇子は慣れた足取りで脚立を上っていった。


「……今、揺すっただろう」

「あ、ばれた?」

「落ちるときはおまえの真上に落ちてやるから、そのつもりでいろ」

「はーい」


 部屋にはしばらくの間、履物皇子が分厚い本をめくったり書棚に戻したり、また別の本を手に取ったりする音しかしなくなった。


 やがて、重たそうな本を二冊厳選した履物皇子は、


「これを持て」


 持っている重たそうな本を二冊とも私に差し出した。

 私は片手で受け取ろうとして、あまりの重さに少しよろけてしまった。


 なによこれ、すっごく重たい!

 おまけに古い本の匂いがきつくて、私は思わず咳き込んだ。


「おい、揺するな。そんなに俺に押し倒されたいか」


 咳き込んだ拍子に脚立を揺らしてしまったらしいんだけど、そんな問題発言しないでほしい。余計咳き込みそうだから。


「た、頼むからそれだけは勘弁して……この本、ものすごい年季が入ってない?」


 二冊とも金の糸の刺繍が入った、赤い外装の立派な本だった。

 けど、開いたら本の虫とかが出てきそうなくらい、古い紙の独特な匂いがする。


 表紙にはそれぞれ、『街路交通調査方法』『都市計画の手順及び運用方法』と古めかしい文字で書かれていた。


「ああ、骨董ものだ。一冊売ればおまえの三か月分の私費にはなる。丁重に扱え」


 これ一冊が私の三か月分のお小遣いと同じお値段……偉い本なのね、あなたたち。

 こんなにたくさんあったら、ここから何冊か永遠に拝借してもばれないかしら。


「分岐道を作るなら、その前に自国の交通事情を把握しておかねばならん。そちらが先決だ。

 帰国したらすぐに取りかかるぞ。

 それから区画整理は、都市計画と言ってもいいだろう。おまえの想像より時間がかかるぞ」


 ユートレクトは『都市計画の手順及び運用方法』の本をめくると、私の方に向けた。


「都市計画を立案するまでにしなくてはならないことが、ここに記してある。

 センチュリアの景観を守りつつ、新たな街並みを作らねばならんとなると、基本法と景観法に沿わなくてはならんから、ざっと三百項目といったところか」

「さん…びゃく?」


 私は本の虫に遭遇するのを恐れながら、向けられた本の文字を見た。

 その冒頭には、『都市計画基本法(全八十七条 附則有り)』と書かれていた。


 そこから先には小さな文字がぎっしり並んでいたので、細かい内容を読む気にはなれずページだけめくっていったのだけど、めくってもめくっても『都市計画基本法』は終わってくれない。


 ようやく終わったかと思ったら、今度は『都市景観法(全九十五条 附則有り)』がおでましになった。


 一条=一項目とは限らない。

 『第十八条 第十五項』なんて文字も、見たくないけど見えたし。

 おまけに附則もあるから、これは正気で約三百項目も用意してるんだわこの子たち。


 この子たちは古い本に書かれてはいるけど、国際的に決められた法律だってことは私にもわかる。

 これにのっとって都市計画をたてないと、世界的に吊るし上げを食らうことになる。

 そう、『世界会議』みたいな国際的な場所で、ねちねちと責めたてられるのよ。


 それは勘弁してほしいんだけど、三百項目って一体どんなことをしなくちゃいけないんだろう。考えただけでも怖くなってきた。


「やっぱりやめとこうか?」

「たわけが。男が一度口にしたことを実行しないとは何事だ」

「私は男じゃないわ!」

「おまえの性別に興味はないが、俺が口にしたことだ。俺は間違いなく男だからな。

 交通調査については今日は触れないでおいてやる。感謝するんだな」


 ユートレクトの目が熱を帯びたように輝いている。

 この目はよく執務中に見ることがある。解決しがいのある難題にぶつかって、それに私を巻き込むときの目だ。


「帰国したら忙しくなるぞ。それまでゆっくりしておくんだな」

「それまでって、今は『世界会議』中じゃないのよ。どうやってゆっくりしろっていうのよ!」


 ユートレクトは声を出さず、口元で笑うだけだった。


 これはセンチュリアに帰っても忙しそうだなあ。

 今年の年末年始、執務を休めるのかとても不安になってきた。



*****



「ただ今戻りました、リースル……遅くなって申し訳ありません」

「お帰りなさいアレク! とてもお疲れのご様子ですけれど、大丈夫ですか?

 さあ、もうごゆっくりなさってくださいましね。

 今度フリッツが来たら、わたくしが追い払ってやりますわ」


 可愛らしくも心強いリースルさまの言葉に、大いに励まされたけど、なけなしの脳細胞はほとんど燃え尽きていた。


 リースルさまの寝室から出て行ってから、もう二時間が経っていた。


 あれから結局、『交通調査については今日は触れないでおいてやる』って言ってたくせに、なぜか調子づいた履物閣下は、その交通調査のことまでこんこんと私に説明し始めたのよ。


 交通調査って、どんなことをするかというとね。

 (もちろん覚えなくていいわよ)


 今のセンチュリアの主要道路の大まかな交通量を調べるところから始まって、それから各道路の二十四時間、一週間、一年を通しての交通量の推移を観察したり、道路を何を使って移動しているかを調べたり、その道路を通ってどこからどこへ移動しているのかを割り出したり…


 するんですって。


 センチュリアに一体どれだけ道路があると思う? 小国だけど、オーリカルクを運搬する専用道路もあって、結構な数の道路があるのよ。

 それだけでさえ膨大な量なのに、年単位の調査までしないといけないなんて、大事じゃないのよ。


 それに、道を通ってる人たちに、『ねえきみ、どこから来たの? これからどこ行くの?』って手当たり次第のナンパみたいに、いちいち聞かないといけないわけよ。

 (大変申し訳ないけど、これは私が直接街頭インタビューするわけじゃないんだけどね)

 相当の労力と人件費かかるわよ、これ。


 でも、中央大陸の他の国も同じことをしないといけないはずだから、それだけが救いだった。


 それにしても。


 何が悲しくて、うら若き乙女が独身男性の私室で二時間も! 施政のことを熱く語られなきゃいけないのよ。

 まあ、奴らしい色気も何もない部屋だったけど。


 リースルさまから聞いた、ご幼少のみぎりのエピソードを披露していたぶったり、私が薬を飲んでるのをどこで覗き見したのか、問い詰める余裕もなかったわ。

 『便所用』スリッパの一件も聞くの忘れたし。


 もしかして、それを察知してたとか。

 それはありえるわ。履物閣下は、自己防衛機能がとても秀でていらっしゃるから。


「どうなさったの、アレク」


 あああ、リースルさまにこんな不安そうな顔をさせてはいけない。


「いえ、大丈夫です。リースル、もう湯浴みはお済みですか?」

「はい、お言葉に甘えて、先に済ませてしまいました。

 せっかく一番に入っていただこうと思っていましたのに、申し訳ありません。

 湯船はまた温め直してありますから、すぐにお入りいただけますわ」


 どうしてこんなに腰が低いかなあ。

 姉上にリースルさまの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。


 私はリースルさまに、お気を遣われないでくださいと言うと、ありがたく湯船に浮かぶことに……する前に、かかとの治療をすることにした。


 私のかかとの惨状を見たリースルさまが絶叫して、侍医を呼びます! と言って譲らないのをなだめるのに、十分ほどかかったけど。




 リースルさまの申し出はありがたかったけど、もうね、今日は侍医さんとか他の見知らぬ人と、これ以上接する気力がないのよ。


 私は最高位の淑女にしてはお行儀悪いけど、湯船のへりに足首を乗せて温かいお湯に身を預けた。


 かかとだけじゃなくて足全体に傷があるから、お湯に入ったら少し染みるんだけど、湯船がちょうどいい温度のせいか、染みる痛さよりも心地よさの方が勝ってくれた。


 なんだかんだと今日もいろいろなことがあったわ。


 これで明日、例えばホク皇子とまた顔を合わせたりしたら、もう私、どうにかなるかもしれない。


 窓の外からは、まだ雨音が聞こえる。

 さっきユートレクトの私室から戻るときにも窓に雨粒が当たっていたけど、そのときよりも、雨は強く激しくなっているみたいだった。


 この時期に、ローフェンディアでこんなに雨が降るなんて珍しいはず。

 ここは高台にあるからともかく、市街地は低地だったし川も流れているから、長雨にならないといいけど……




 浴場から出て、乙女に最低限必要なお手入れをしていたら、時計がもう次の日を指していた。


 慌ててリースルさまとベッドに入ったのだけど、侍女が灯りを消して部屋を辞すと、少ししてから、


「……アレク、少しだけお話してもいいですか?」


 リースルさまが、愛らしい囁き声で私に話しかけてきた。


 こ、これは耳の毒よ。

 私が男だったら、間違いなくリースルさまのベッドに近づいて、あやまちの道を進んでしまいそうな声だった。


 そのとき、私は何と戦ったわけでもないのに、急に負けたような気がした。

 でも悔しさとか悲しさは全くなくて、『これは負けても仕方ないわよ、よくやったわ、私!』と自分を褒めてやりたくなるような、すがすがしい気持ちだった。


 リースルさまを知った人なら、男性だけでなく女性だって好きになるわよ。

 優しくて、可愛らしくて、慎ましくて……女性の美点を全部集めたような人だもの。

 私ですら、リースルさまの騎士か恋人みたいな気分になるんだから。


 それは私におっさんエキスが流れてるからだ、とか言わないのよ。


「はい、全く構いませんがなんでしょう?」

「アレクには、将来を約束されている殿方はいらっしゃいますか?」


 かわいらしい声で、なんて悲しいことをお聞きになるんでしょう。でも、リースルさまなら許しちゃうわ。


「いいえ、今のところはどなたも」

「まあ、よかった。

 それならフリッツも、まだもらっていただける可能性がありますわね?」


 いやだからあのですね……そんな嬉しそうにおっしゃらないでください。


 それは、私に選ぶ権利なんてあんまりないと思います。

 でも、私にも人権はあると思うんです。


 なんて言えないから、当たり障りのないっぽい返答をしておく。


「いえ、ローフェンディアの皇子殿下を配偶者になど、恐れ多いことです。

 彼なら既に婚約者がいても、おかしくないのではありませんか?」

「それがねアレク。フリッツったら、適齢期の頃にもらった縁談を、全部断ってしまったのです。

 おまけに、わたくしがクラウスと結婚することが決まったときには、軍を辞めて、ふらあっと旅に出てしまうし……もう六年くらい前のことでしょうか」


 リースルさま。ああリースルさま。

 奴の『放浪の旅』の理由が今はっきりとわかりました。


 あなたです、あなたとクラウス皇太子の結婚に、さすがの履物男も鋼鉄毒仕込みとげ付きの心が痛んだのだと思います。


 それはそうと、軍隊にいたってことは、ユートレクトって軍人だったの?

 あの履物男が毒舌以外のものをふるって、人を倒しているところなんて想像できない。


「あの、リースル。ユートレクトは、軍に所属していたことがあったのですか?」

「ええ、一時期、軍のことも学びたいと言って、自分から志願して軍隊に入りましたの。

 剣の腕前も、相当なものだったと聞いています。

 ですから、一緒に寝ていても、きっと守ってくれると思いますわ」


 リースルさま、意外と手強いわね。

 せっかく多少強引にだけど話をそらせたつもりだったのに、どうしてまた、そういう方向に持っていくかなあ。


 私が頭をかきむしりたいほど困っていると、またも悩ましく愛くるしい声が聞こえてきた。


「アレク……フリッツがお嫌いですか? ああ見えても、優しいところもありますのよ。

 小さい頃は、部屋に入ってきた害虫を殺せずに、紙でくるんだまま、ずうっと手に持ったままだったこともありますし」


 えーと……


 あくまで私の考えですけど、もしかしたら奴にも、まだそういうお優しい感情が、スズメバチの大きさくらいはあるかもしれません。

 ですけど、神経質な奴のことですから、害虫を潰す感覚を身体で味わうのが、なによりいやだったんだと思います。


 ……これもリースルさまに言っちゃだめよね。


「いえ、嫌いというわけではないのですが」


 リースルさまは幼なじみの行く末を本気で心配しているのか、なおも執拗に、適齢期を越えた義弟の『ちょっといい話』を語り続ける。


「始めてみなでこっそり街に出たときのことは、今でも覚えています。

 子供が大嫌いなはずなのに、迷子を見つけたら誰よりも先に声をかけていましたわ」

「そう、ですか……」

「そのとき、道に迷ってしまって、貧民街に入ってしまったのです。

 私たちは愚かなことながら、多少動揺してしまったのですけれど、フリッツは動じるどころか堂々と民たちと話をして、帝国への不満などを聞いてやっていました」

「……」


 ええ、それならわかります。

 センチュリアでも、宰相になってから同じことをしています。


 昔からそういう奴だったんですね、あいつは……


「ね、いいところもたくさんありますのよ。

 ですから、アレクさえおいやでなければ、どうぞお考えになってみてくださいましね」


 ユートレクトにとっては絶望的なまでに無邪気なリースルさまは、幼なじみのアピールを終えると、私の返事を待つかように天蓋の向こうからこちらを見つめた。

 薄暗い中でも、その澄んだ瞳が色よい返事を待ってきらきらしているのがわかった。


 私はリースルさまを傷つけず、なおかつ自分に被害の及ばない返答を考えたけど、どうにもいい言葉が思い浮かばなかった。


「……わかりました、リースル。

 彼さえいやでなければ、ありがたく考えさせていただきます」


 どうやら私にとっても、致命的に無邪気らしいリースルさまは、


「よかった! ありがとうアレク。明日早速フリッツに聞かせてやりますわ。きっと喜ん」

「いえ、それは絶対にないと思います」


 冗談にしてもとんでもないことを口にしたので、非礼ながら途中で話を遮らせていただいた。


 リースルさまがまだ何か私に懇願を続けているけど、これ以上実況すると朝になりそうなので、今日はこのへんでやめておくわね。


 明日こそ平和な一日でありますように! おやすみなさい。

2019.12.13.昔のセンチュリアの状況に少々加筆しました。

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