表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/43

守る誇りは2

****



 会議開始から約三十分間。

 私たち『中央大陸地域』の元首会議出席者たちは、クラウス皇太子から配られた『中央大陸縦貫道建設試案・改訂版』を、十七年前に出された試案やその他の資料と比較しながら黙々と熟読することになった。


 資料をめくってまず最初には、やっぱり『中央大陸縦貫道』建設の必要性を説く前文が書かれていた。

 その中でも眼を引いたのが、


『……(前略)

 本道路の建設は中央大陸挙げての大事業となる。

 中央大陸の元首及び閣僚は、積極的にこれを推進する義務と異議があれば発言できる権利を持つ。

 この縦貫道建設に関する取り決めは、『世界会議』を中心とした中央大陸の全国家首脳が集う場で行うものとし、すべての工程を全会一致のもとで進めるものとする』


 という文章だった。


 昨日、私が皇帝陛下からお聞きした言葉がほとんどそのまま使われているのに驚いた。

 更に、


『たとえ為政者がどれほど変わろうとも、この道路建設に対する意思だけは代々継がれていかなくてはならない。

 これをおろそかにする者は、中央大陸の為政者として認められることはないだろう』


 という文言が記されていて、身震いがして心が引き締まる思いがした。

 私と同じように感じたらしいお偉いさまもいたみたいで、視界の端に肩を震わせた人も見えた。


 それから先は、具体的な数値にびっしりと埋め尽くされた一覧表が続いた。

 各国の物価や景気の状態、地価や人件費、建設に使う資材の費用からその運搬費まで。


 よくこの一晩で割り出して、計算しなおしできたと思うわ。

 特にセンチュリアはここ三年くらいで急激に経済状態がよくなったから、さぞかし計算が大変だったと思う。


 朝食のときは気がつけなかったけど、改めてクラウス皇太子の表情を見ると、陣頭指揮を執らされたのはこの人なんだろうなあと思った。目の下のくまがそれを雄弁に物語っていた。

 ローフェンディアのどこの管轄になるか知らないけど、クラウス皇太子とこれを完成させた部署の人たちに、心から敬意を表したい。


 おまけに『中央大陸縦貫道』の新しいルート案も示されていて、これもまた、今検討されているルートとは大幅に違うものだった。


 今までの『中央大陸縦貫道』は、中央大陸でも中規模以上の国しか通らず、しかも、それぞれの国の首都を経由させるように各国のお偉いさんの思惑が絡んでいた。

 その結果、私から見ると無駄に曲がりくねった道になってしまっていて、この道路ができても早く目的地に着けるとはあまり思えなかった。


 それが、今日渡された試案の改定版では、中央大陸のほぼ真ん中を貫くように大きく一本の道が通っていた。

 その大きな道から網目のように各国に道が伸びていて、中央大陸全ての国と行き来ができるようになっている。


 大きな一本道の出発点は、中央大陸最北の港湾都市カラブス。

 閉鎖的な北方地域との唯一の玄関口になっている都市だから、この選択は妥当だと思う。


 そして終着点は、少し小さい港街プリア。

 ここは都市としては小さいけど、南方地域の大きな港湾都市に近い。

 それに地理的に見ると、他の南側の港湾都市よりも港を広くできる余地があるから、それでここが終着点に選ばれたのかなと思った。


 プリアがあるシポリ共和国は、独立して間もない少数民族国家で、『中央大陸縦貫道』建設の話があがった十七年前にはまだ建国されていなかった。

 そんな新興国に『中央大陸縦貫道』が通れば、初期投資や運用していくのは大変だと思うけど、シポリ共和国の発展に大きなプラスになることは間違いない。


 シポリ共和国は、今まで武力は一切用いずに平和的な独立を目指してきたことで世界に知られていて、独立運動を起こしてから苦節六十八年目で、ようやく独立を認められたのよ。

 そんな国を応援したいというローフェンディアの厚意も見て取れたし、初期投資もローフェンディアからの援助があると思う。


 センチュリアは、中央大陸のほぼ真ん中にあるから、大きな一本道のルートに入ってるんじゃないかと心配したけど、ルートからは外されていてほっとした。


 予算がないからほっとしたわけじゃなくて、純粋にね、こんな大きな道を通されて、更に他国への分岐点なんかも作られたら、ただでさえ小さな国が全部道路で埋め尽くされちゃうもの。

 それに、周りの山脈に大きなトンネルを掘られたら、オーリカルクの採掘にも支障が出てしまう。


 センチュリアには、おとなりのサブスカ王国からの分岐道一本だけが記されていた。うちから他の国に出ている分岐道もない。

 センチュリアの周囲の山々には、むやみやたらにトンネルを掘れないことを考慮してくれているのがありがたかった。

 ただ、新ルート案に書かれている経路は、オーリカルクを採掘している山を通っているので、これだけは何としても修正してもらわないといけない。


 どうしてここにルートを設定したんだろう。

 オーリカルクの採掘地のことはどの国にも伝わっているから、ローフェンディアほどの国がそれを知らないとは思えないんだけど。


 心の中で首を傾げながら経済効果の試案を見ると、各国で差はあるけど、十七年前の試案で提示されているよりも一.五倍から二十倍の経済効果が見込まれるという予測になっていた。


 センチュリアは分岐道が一本ということもあって、さほど経済効果の恩恵は大きくないけど、だからって、うちだけ『中央大陸縦貫道』を全く通さないとなると、通ってるところとの交通格差ができてしまうから、新ルート案を採るなら右へならえしなくちゃいけないなあ。


 私は、腹をくくって次の『建設費用負担額一覧』に目を通して……顔が引きつった。


 この新ルート案で本当に建設するんだったら、『中央大陸地域』すべての国が、分岐道の建設費用だけでも出さないといけなくなるから仕方ないんだけど……こんなに予算、出てくるかなあ。


「……皆さま、試案はご覧いただけたでしょうか」


 クラウス皇太子の声がして、一同は一旦資料から目を離した。


 予想外の誘致に喜んでいる顔もあれば、大きな一本道が通らないことをやや不服に思っている顔もあった。

 私みたいに、あからさまに予算の心配をしている表情の人もいる。


「これはあくまで、わが国の試案に過ぎません。なにぶん一晩で作り上げたものなので、見落としている部分も多々あるかと思います。

 特に今回提示しました新ルート案につきましては、実際にその土地を治める皆さまでなければわからないことの方が多いと思います。

 今日はぜひ皆さんの率直なご意見をいただきたく、ご助力のほど、どうぞ宜しくお願い申しあげます」


 そう言うと、クラウス皇太子は席を立ち、座ったままの私たちに向かって深く頭を下げた。


 一晩で中央大陸全ての国のデータをまとめることの大変さは、ここにいるお偉いさんたちなら全員わかっていることだった。

 それを、いくら大国とはいってもやってのけた、ローフェンディア帝国の『中央大陸縦貫道』建設への情熱と確かな経済効果の試算に、顔の皮の厚いお偉いさんたちも、心情と実利の双方を揺さぶられたようだった。


 ぱらぱらと、そして次々にみんなの手が挙がり、私も挙手した。

 ついには居並ぶ全員の手が、発言を求めて天井へ垂直に差しだされた。


 今日の会議は充実した、そして白熱したものになると思った。



*****



 『中央大陸縦貫道』についての話し合いは、白熱しつつもいい意味で情熱的に進んで、お昼前には区切りのいいところで話がまとまった。


 特に新ルート案については意見がたくさん出てきて、ローフェンディア側から提示された案よりも工事のしやすい土地や、より経済を振興させたい土地などが明るみになって、互いの国の建前のない現状を知るいい機会になった。


 ていうかね。

 ローフェンディア帝国は、あえて私たちに異議を唱えさせるルート案を出したんじゃないかと思っている。


 私以外にもかなりの国が、大きな一本道(他に呼び方ないのかしら)や分岐点の建設地に異議を唱えたんだけど、その理由は、私でも少し考えればわかるものも少なくなかったから。

 中には、本当に当事国でないとわからない事情もあったけど、そういった本音の事情をあぶりだすために、わざと的外れなルート設定をしたのかなと思っている。


 もっと言えば、『われらからの提案を鵜呑みにするばかりではならない。自国の利益は自国でも考えよ』という皇帝陛下の思し召しかな、とも考えている。

 機会があったら、クラウス皇太子に聞いてみようかな。


 予算のことも心配でそれも質問したのだけど、最近は建築技術が結構発達しているらしくて、試算で出された金額よりも予算が抑えられる可能性もあるというので、少しほっとした……本当に少しだけど。


 あとはユートレクトと相談して、なんとかするしかないわね。これでもうちは、かなり出費を抑えてもらってる方だもの。


 それに、今までは大して必要を感じてなかったけど、新ルート案を示されて、『中央大陸縦貫道』を活用する方法が私の中で形になりつつあった。

 どうせ作るなら、うちにとっても最大限有意義に作らないといけないものね。


 『中央大陸縦貫道』以外のことはまだ手つかずだったけど、今回の『中央大陸地域』の会議では、このことが一番重要な議題だったから、それが進展しただけでも大きな収穫だと思う。

 午後からまたハイペースな会議になるけどね。


 というわけで、今は正午まで小休止。


「ところで皇太子殿下、妃殿下を襲撃した犯人について、何か手がかりはあったのですか?」


 ぼーっとしていたら、誰かの声が聞こえてきた。

 さっきから、頭が数字でぐちゃぐちゃになってて誰の声かわからないけど、名前覚えなくていいから気にしないでね。


「いえ、手を尽くしているのですが、まだ判明していないのです。皆さま、心当たりなどはありませんか?」


 これがクラウス皇太子の声だってことはわかる。


「国内の貴族のしわざではないか?」

「そうなると、容疑者を挙げるのが大変だろう。ローフェンディアにどれだけの貴族がいると思う?」

「だが、皇帝陛下及び皇太子殿下には失礼ですが、貴国では、皇族や貴族による王位継承にまつわる陰謀が大変多いと聞いています。今でも十分に警戒されていらっしゃるとは思いますが、用心に越したことはないかと」

「いや待たれよ、思い出したぞ。

 これは、ここだけの話にしてもらいたいが、最近、南方のかの国の動きが不審なのだ」


 『ここだけの話』というのは大抵ここだけにはならないものだけど、昨日まではそんな話、休憩中でも小耳にしたことはなかった。

 そういう言葉を使って話をするまでに、お偉いさん同士も打ち解けてきたってことだと思う。


「なに、本当か?」

「フォーハヴァイ王国のことだろう。こちらにも噂は流れてきた」

「そうだ。奴らは、最近とみに軍事に力を入れているようなのだ。先日わが国に、極秘扱いで大量の武器弾薬を求めにきたのだ。

 ローフェンディアにどれだけ武器弾薬を輸出しているか、とも聞かれてな。よからぬことを考えておらねばよいが」

「あの国は、過激派ペトロルチカにも裏で力を貸していると聞いたが」

「東方大陸の火種にまで手を回すとは……不相応なことを」

「あるいはこのようなテロ行為ならば、ペトロルチカが実行犯で、裏でフォーハヴァイ王国が手を引いている可能性もあるな」


 ぼーっとしている間に、えらく話が進んじゃったわね。


 私もリースル皇太子妃襲撃はローフェンディアの貴族の誰かの仕業だと思ってたくちだから、南方地域の国や東方の過激派の名前まで出てきてびっくりしてしまった。


 フォーハヴァイ王国は世界で三番目の勢力を誇る大国で、南方地域では一番大きな国。

 前から軍事に力を入れているとは聞いていたけど、ローフェンディアを意識するところまでいっているとは思ってなかったわ。

 まして、東方の過激派の後ろ盾までしているかも、なんて。

 きな臭いなあ。そういう国がリーダーシップ取ってると、会議しててもなんだか息苦しくなりそうよね。


 ララメル女王が少し気の毒に思えてきた。

 フォーハヴァイ王国の国王って、お世辞にも美男子じゃなかった記憶があるし。


 過激派のペトロルチカといえば、この世界で知らない人はいないほど有名な、東方大陸内だけでなく世界最大の過激派組織。

 本当はただの反社会的武装集団のはずなんだけど、いつの間にか『ペトロルチカ独立国』なんて名乗ってるものだから、『世界会議』にも招待されて出席しているらしい。


 そんなとこローフェンディア帝国も呼ばなきゃいいのに、って思うけど、ここで『ペトロルチカ独立国』を呼ばなかったら、『わが国を国として認めないのか!』とか言って暴れ出すかもしれないから、やむにやまれずって感じでご招待しているみたい。

 (このへんはユートレクトに教えてもらった)


 この組織、代表が掲げる『特別な教え』に基づいて、世界を『浄化する』ことを目指しているらしいんだけど、このペトロルチカ最大の宿敵が(あくまでペトロルチカ目線よ)、東方大陸最大の国ミクラーシュ連邦共和国。


 ミクラーシュ連邦共和国は東方大陸最大の国の責務として、勝手に『ペトロルチカ独立国』にされた土地の人たちを救おうとしているんだけど、ペトロルチカはそれを『わが国へのの侵略』として徹底抗戦しているらしい。


 ついでに、ペトロルチカの代表も新聞の号外で何度も絵姿を見たことある。

 言っちゃ悪いけど、おせじにも美男子とは言えなかった。


 こうやって改めて世界に目を向けると、危険な火がたくさん上がっていることに危機感を覚える。

 一国の元首として決して見過ごしてはおけないことばかりだ。


 ……ここで、正午を告げる鐘が荘厳に鳴り響いた。

 私たちは昼食を摂るため、席を立とうとしたら、


「待たれよ」


 昨日も耳にした、威圧感のある声が部屋に響き渡った。


「今日はみな、話に花が咲いておるようだ。

 昼食はここへ持たせよう。共に腹を割って語らいながら、食事を摂ろうではないか」


 皇帝陛下が直々に、私たちを昼食にご招待してくださった。

 もちろん、お断りすることなんてできるわけがない。


 他の皆さんは驚きながらも、口々に感謝の念や賛同の声をあげたけど、私には二十人以上の紳士(ほとんどはおじさま、もしくはおじいさま)に囲まれての食事は、少し……かなり重荷になりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ