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道化(どうか)、僕を強くしてください  作者: chuboy
第二章 人類の最高峰、中央人王都市帝国にて
9/43


 6


「アマトっ! おはよう」


 今日は曇り空で日光が陰っていた。明朝からランがカーテンを開けても肌寒いくらいの空っ風に靡いていた。パッとランが外の景色を眺めて、その身を翻す。

 どんなに外が淀んでいても、家に護られランの眩しいくらいの笑顔たいようが昇っていたんだ。


「あぁ、おはよ」


 今までならこんな天気では匂いが通らず、狩りは諦め森の屋根の下で背中を預けて過ごすのだが――――、ランに言われるままに着替えた。

 実際に着てみると生地が硬くとても着心地が良いとはいえない。それでも、多くの人々は“これ”を、――――――“竜の肩章を持つ軍服”を着たいらしい。


 ランは僕の最も近くで期待の眼を輝かせて、


「――初めてが“竜の軍服”のお付きなんて光栄っ…………です!」


 乙女のようにトロけた表情を露わにした。すでに僕の胸に抱きついて離れないものだから、僕はポリポリと頬を掻くしかない。


「そろそろ行くよ」


「うん。行ってらっしゃい。今日の夕食は何が良い?」


「うーん。よく分からないけど…………、ランの手作りなら何でも良いよ」


「えっ!? あっ……うん。もちろんだよっ!」


 時々、ランは僕から眼を背ける。それが何を意味しているのか分からないのだけど僕は気にしていなかったんだ。





 ※※※※※※※※※





 ユグドラに入るとすでにラベルが凜とした対応で立っていた。今度は郊外の方に誘導され、王都セカンドから第三中域サードの方に向かった。ずっと廊下に沿って直進をしていたが途中で曲がることを案内された。ずっと綺麗な石畳の道に高価な赤絨毯で進んでいたのに曲がったところから先は砂で軽く汚れている。


 その理由は、目前に広がる――――円形闘技場だ。


 一面の砂場の上に人だかりが出来ている。人混みといっても誰もが“肩章持ちの軍服”。

 “英雄の集会”はこの帝国でも見られるのは、この闘技場だけ。普段は散らばって各自に“任務”という名目で動いているらしい。



「皆、集まった?」


 刀身が幅広く、刃渡りの短い独特な大剣を大地に突き立て杖代わりに、一人の小柄な少女が“英雄”たちをまとめている。その横で後頭部を掻いて楽な姿勢でたっている男。その男も口を開いた。


「不定期だけど、定期訓練はじめるぞっ」


「“ラグナ”、一言余計だぞっ」


 少女は振り返って一瞥するとしゅんとラグナさんは黙り込む。

 英雄をとりまとめる少女の容姿は桃色の紙を左右に束ね、大きな瞳と口角の上がった可愛い風格を持っている。しかし“竜の軍服”と“最強のオーラ”を着飾るその少女はその身の前に突き立てた大剣をいとも簡単に扱ってみせるだろう。


 ――僕と同じ、“大将”を受け持つシャエルさん。


「シャエル大将ー。どうやら“ジルドラーグ中佐”がいません」


 英雄は誰もが肝が据わっているようで、階級におののく人間などはいない。


「“あの娘”はまたぁ。はぁー…………ほうっておきなさい。他はいる?」

「“大鷲の肩章”で城門の警備任務に就いているシガーン大尉、コウノーシャ大尉をはじめとして東西南北に二名ずつで八人はいませーん」


 僕の目に映ったのはほとんどが“大狼の肩章”持ちの九人だ。“大鷲持ち”は十二人。

 この場にいる人数の合計二十一人。誰もが気劣りしない自我を持っていた。


「良いじゃんか、シャエルー。どうせ臨時なんだしよー。そんなにもカリカリしないで」

「ラグナはもっとちゃんとした方が良いわ」


 武器は何も手にしていないラグナさん。青色の長髪を後ろでまとめていて、とても楽観的な人だ。常に笑い癖のある気のよさそうな人だが…………、以前、王間でリリィを脅した時の“殺気”と“潜在能力”を忘れはしない。

 どうやらフルグさんという現在不在の“竜の軍服”の方をひどくライバル視している。


「さっさと模擬戦しよー。“大鷲”からはじめようぜ」



 彼がそういうと誰も反対もせず、闘技場の周りにある観覧スペースのスタンドへと移動しようとした。



 ――ガンッ! グフォオッフォオフォフォフォッフォン



 凄まじい衝撃音に遅れて砂嵐が巻き起こった。恐れるべきはその“二次災害”なんかより闘技場の中心で顕現した殺気だ。それを身に纏う覇王――シャエルさんは静かに呟いた。


「――まだだと、言っただろ」


「ヒューー。こっわ!」


 ラグナを除いてすべての英雄が一歩後退し己の武器に手を掛けている。そんなことをしても意味ないのにと思いながら僕はシャエルさんを見続けた。


「今日の訓練から新しい仲間が加わる。二人とも来てくれ」


 人の群れから一人、光るほどくすみのない銀髪をもつ女性が出てきた。“大狼”にカーキの軍服を着ているが立ち振る舞いはお嬢様に変わりなかった。


「一日ぶりだね。リリィ?」


 僕は小走りをしてリリィに歩幅を合わせた。すでに腰には二刀を携えていていつでもやり合えることを示唆している。


「アマト、昨日はよく眠れた?」


「あぁ、熟睡だった」


「今日はがんばりましょう」


 僕らはシャエルさんの脇に立ち群衆の目を受けた。


「タツモリ=アマト大将とジルヴェランド=リリーナ少将だ」



「そいつが新しい“大将”ってか?」

「“竜”をそんな易々と与えていいのかよ」



 シャエルさん達の懸念通りにリリィはまだしも僕の方は反感を持たれたかもしてない。

 “元帥”のおじいちゃんの理由も“竜”に育てられたからって理由だったんだ。僕はどうにも周りの反応が嫌になっていた。ここまで気を悪くする注目はない。



「――私語を慎め」



「「んぐっ」」


 やはり“階級”ではなく秘めたる力――――“才能”がこの軍隊の序列を決めているらしい。シャエルさんの言葉に罵声にも似たガヤは鳴り止んだ。


「これからいくらでも拳で語り合える」


「それじゃぁ、ルールを決めとくぜ。今日は同階級で行う“乱戦形式“だ。武器は鋼玉製のこの刃のない訓練刀だ。もちろん女の子ちゃんは二刀流でもいいよー。最後に殺傷はないように」


 すると“大鷲”の連中から“定期訓練”の幕は上がった。


 僕は一人、罵倒されたことを引きずってスタンドに腰掛けた。周りなんてあまり気にしたことがなかった。それは僕はずっと“師匠”と二人きりの世界で過ごしてきたから。

 どこまでひどい顔をして暗く縮こもっていたか、わからない。


「アマト。そんなに気にしないでいいよ」


「リリィさん。“大狼”で仲間を作らなくて良いの?」


 “大狼”には“大狼”のコミュニティがある。実際に仲が悪いなりにシャエルさんとラグナさんは二人近くで座っているし、大狼同士でも賑わっている。階級違いで寄り合っているのは僕らだけだ。周りに合わせなければ余計に痛い視線に襲われる。


「私はあなたに興味があるから」

「それでも僕は――――」




「――【ドラゴンフレイム】っ!!」



 メインステージで灼熱の嵐が発生した。それは決して生半可なものではない。致命傷を負わせるような熱の嵐がステージ全域を埋めた。リリィの業火には及ばないが範囲が段違いだ。今の“元帥”に階級を見極める“先見の明”はなかったらしい。

 どの階級にも実力差はほとんどないようなものだ。



「あの技見事ね。乱戦だからこそ不意を突いたね」


「確かに見事だけど、“本物の火竜”さんは不意を突かなくとも、塵に変えるよ」


 僕の瞳には“竜”を語る技を映して心がほんの少し炎を上げる。深呼吸をすると少し気が落ち着いた気がした。


「ふふっ。体裁は気にしないことね」


「体裁?」


「他人から見られる自分のこと」


「そうだね」


 業炎の嵐が過ぎてもしばらく闘技場は燃えていた。一撃で沈むような人間は“英雄”ではない。それから闘いをそっちのけでしばらく僕とリリィは談笑を続けることが出来た。


「アマトは本当に竜の弟子なのね」


「疑ってたの?」


「別にそんなこともないわ。ただ“竜の話”をするときは眼が輝いているからね」


 そんな僕の前でリリィは笑って見せた。僕に希望の灯火をくれたのは間違いなく“リリィ”だ。心から感謝の気持ちがあふれた。




『――次っ!! “大狼”はじめっぞぉぉぉお』




「それじゃ、行ってくるわ」

「応援してるから」


 リリィはメインステージに入る前に僕の隣の椅子に二刀を収め、訓練刀を手にした。


「“女の子”は二本じゃなくて良いの?」

「一本で十分よ」


 リリィはやっぱり格好いい。僕なんかより心がずっとしっかりしていて強さにあふれているのだ。


「新入りのお姉さん、二刀流じゃなくて良いのか?」

「剣を持てるだけで十分に“ハンデ”なので」


「二人とも言葉なんかよりさっさと“力”で語り合おうぜ」



 乱戦形式の九人の風格は誰もが激戦の覇者の顔つきをしていた。



「――それじゃぁあ、お姉さん、先に俺とやり合おうか?」



 乱戦は各所で一対一を起こし始めたのだがひときわ注目を集めるのがリリィと年季の入ったおじさんの一幕だ。


「くっそー。あそこで【ドラゴンフレイム】の横槍がなきゃ、俺が勝ってた」

「視野が狭いってことよ」


 消耗した“大鷲”の軍団もスタンドの方へと上がってきた。なるべく話しかけられたくない僕は移動をしようとすると


「リリーナちゃんは結局のところ一本でやるんだー」

「ラグナさん?」


「宝刀も無しにどこまでの火力が出るのか見物ね」

「シャエルさんまで」


 一人の僕を察してくれた二人は僕を挟むように座り、視線は自然にリリィに集まった。それは僕の方が緊張して唾を飲み込んだ。


「いけっ、リリィ」


 無意識に僕の小言が漏れていた。



「【獅子王晩餐レオ・ナルド】」

「【クリム・ピアス】」



 初手にして颯爽と閃光と剣のぶつかり合う嬉嬉とした共鳴。刃がないにも関わらずそれは人を殺せる形をしていた。男性と女性の膂力の差というのを埋める技の精度と切れ味。この技でリリィは族団長を殺したのだ。しかし、そうも簡単に“英雄”が折れる訳にはいかなかった。上からの物言いはおじさんの方からだった。


「やるなぁ、お姉さん。私は東の地よりこの帝国に招集された――――」


「――特務兵団“中将”アンドレラ=ダイオ。“ラグナ”が来るまで第三分隊の隊長だった剣士よ。見ての老け具合通りに前線に立つ歴は長い。一流の剣士よ」

「まぁ“剣”に関してはかなりのやり手だな」


 シャエルさんとラグナさんが太鼓判を押すベテランの軍兵。どうやら酒豪でもあるらしく荒っぽい立ち振る舞いはどんな相手でも後退を知らず、最後の最後まで戦意が切らないらしい。とことん、肝の据わった大男だと言う。


「あのおっさんは立ったまま気絶したから勝ったかどうか、分かりづらかったぜ」




「私は剣士の名家の生まれ、ジルヴェランド=リリーナよ」

「ほうぅ。通りで一本でも私と撃ち合える訳だ。しかし“剣技”では負けても“殺しの剣”はいかがかな?」

 ダイオは剣を両手で握った。すると、


「うおぉぉおぉぉぉっ!」


 荒い威勢と水平に薙ぐ綺麗な太刀筋。踏み込みの跫音からその雄叫びまで僕の鼓膜にしっかりと届いた。耳が良いのも考え物だ。僕はそのたびに方をびくつかせて強張った。


 ぎゃんっ! グインッ、カッカッカっ! ズドン


 しかし、舞い踊る剣姫――リリィはその猛攻の数々をすかさず捌いていく。集団戦にも慣れたリリィが一対一で遅れを取ることはまずない。無口になった冷静で集中した脚捌きと攻撃へのツーステップ。そして、脇腹、足払い、首筋へと的確なカウンターが入る。決定打にならなくても蓄積するダメージは大男を苦しめている。


 しかし、大男は噂どおりに苦悶の表情を全く見せない。まるで効いていないかのように斬撃――正確には打撃を全身に受け続ける。


「さすがは剣聖のジルヴェランド家。私の剣は一度もあたらず、分が悪いようだ」

「“殺しの剣”って何だったのかしら?」



「ここは一発撃ち合いで勝負してくれないか?」

「――――――良いわ」



 このままではじりじりとやられることを察したダイオの唯一の得策だ。



「――お互いに一発で決めれるようにしようか?」




「あはは。あのおっさん勝てないからって提案してるぜ」

 それを見て観覧席ではラグナさんが笑い飛ばしている。

「確かに剣舞の美しさ、無駄のない動き“最強の剣士”のようね。他の“英雄”剣技では劣るし、霞んでいるわ。でも単純な威力の撃ち合いだったら…………」




「――“剣技”もクソもねえぇな。強い一発を出した方が勝つ」




 僕はそれになんのためらいもなく応えた。

「リリィが勝ちます」

「おぉっ! いいねぇ。俺はおっさんに一票! シャエルはどうなんだよ?」

「残念だわ。………………」





「【巨匠晩餐バロック・ルーベンス】」


「【剣聖乃護衛ジル・ド・レ】」


 ――シュンッ!!!!


『……引き分けに一票』



 最高威力の激突は闘技場の空間を振るわした。大男の持てる最大限を込めた一撃をリリィの刺突が相殺して見せた。大男の全身全霊の踏み込みが地割れを起こしていたのに対してリリィの半歩は研ぎ澄まされ微細な狂いもない地面に優しく乗っけるような踏み込み。


 シャエルさんがその見解に補足をする。



「実際にはリリーナのあの一撃は防御技ね。相手の一撃を相殺するための」



 そうこれは乱戦なのだ。この一対一で勝負が決するわけではない。それが大戦というもの。二人のぶつかり合った直後大気の揺れる衝撃にもろともせず、周りの連中が肉薄した。


「“漁夫の利”を頂くぜ」

「ハイエナ上等ですよ」


 一人はリリィに、一人はダイオに。リリィはその身を翻すと、再び新参者と撃ち合いを再開した。一方のダイオは満身創痍で横からの反応に遅れ、


「【再建晩餐ヴェネツィア・ティントレット】っ!!」


「ダイオ中将いくらなんでも疲れすぎでっせ」


 肉薄した男の姿は一瞬にかき消えて、その攻撃を躱すと、


「――【電光石火】っ」


 背後に現れてダイオの限りなく減った体力を奪い取った。

 八人となった戦場はやがて冷戦状態を生みだし、決着は付かず締め切られた。





「アマトっ。私は出来る事をやったわ。新入りだからってなめられないようにするってね」


 ダイオのやせ我慢を含めて息を切らしたものはおらず、みんな涼しい顔をしてスタンドまで帰ってきた。けんか腰の視線はリリィの健闘のおかげか今は薄れてきている。


「リリーナ少将。これからよろしくなぁ」

「リリーナ少将ー! 女性が増えてくれてうれしいよ」

「ダイオ中将もだいぶ身体が老いてきましたね」

「うるさいわ。若造達にはまだまだ負ける気はしない。ただ――――」

 リリーナ少将。君のことは認めようかなぁ。


「光栄です。ダイオ中将」



 リリィはその力を持って、剣を交わし仲間を作って見せた。新地に対しても物怖じしないその態度と礼節を弁えた名家のお嬢様。僕には近くにいるようでどうも遠くにいるように感じてしまった。



「おーい。アマトー。俺たちもやるぜー」


「ラグナ。遊びではないからな」


「シャエルさん、ラグナさん。今、行きまーす!」




 僕がにこやかにスタンドから降りようとしたそのとき、


「――アマト。生き延びることだけ考えて」


 リリィは本気の表情でそういった。その目の奥は僕に心から心配しているに違いない。









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