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道化(どうか)、僕を強くしてください  作者: chuboy
第二章 人類の最高峰、中央人王都市帝国にて
8/43


 5



「――アマトは面白い人だねっ」


「滑稽だってこと?」


 ランは気さくと言うのだろうか懐に入るが上手い。人懐っこいところや着飾らないところ、そして僕に尽くしてくれるところ。最後については“お仕事”なんだろうけど、僕の警戒心がざわつくところはなかった。


「いやっ、今までアマトみたいな兵士見たことなかったから」


 クスクスと礼儀を弁えて手を添えて笑うが、曇りない笑顔は素敵だ。黄色いまっすぐな瞳が僕を捉えて離さない。ランに誘われるままに自宅へと入る。

 僕は急に開けたリビングを前に自然と段差を上がろうとする。


「靴を脱いでね。そういう文化のお家になってるから」


 玄関で靴を脱ぐように教えてもらい僕が靴を脱ぐとすぐにランは僕の靴を揃えてきれいに並べる。僕が上がった後にランもサラリとスカートを抑えながら靴を脱ぐと同じく隅に並べた。丁寧に扱われていても僕はどうして良いのかも分からないまま困惑している。


「えっと…………、お邪魔します」


「これからはアマトの家だから、『ただいま』でいいいんだよっ」


「そっか、じゃあ。――“僕らの家”だ」


 外見は石造構造のレンガ積みの家だったけど、内装はほのかな木の香りを感じる暖かな空間だった。入って正面の間取りは壁をぶち抜いた大部屋のリビング。目の見える調理場オープンキッチンスペースが隣接している。革のソファにテーブル。


 上手く表現できないけど、ごちゃごちゃしない感じや自然に近い雰囲気作りを持ったこの家は好きになれそうだ。



 ――ただいま。



 ランの教えに習って僕は心の中で唱えた。黙祷していた僕に


「おかえりなさいませっ! ご主人様っ!」


 ランはそう言って僕に頭を下げた。お互いに堅苦しいことを辞めるはず…………、だったんだけど、ランは上目遣いではにかんで見せた。

 メイド服にベストマッチしたそのお言葉と所作に僕の咎める気持ちは消えていた。とても華やかでお美しい“お花”のようで、僕はもてる感謝の限りを込めて、誠意を持って


「これからお世話になります」


 僕は初めて表情を緩める。今までどこか人間との会話と言うのもに緊張感を持ってしまっていた。

 ――それがふっと消えていく。パーソナルスペースを護れる場所を見つけたそんな気分に満足していたんだ。すると、


「この部屋のリノベーション、私の好みでしたんでけど気に入った?」

「気が合うね! ランが同じ感性をもってくれて助かるよ」


「えへへっ! それでは質問っ! お食事とお風呂どっち先にしますか?」


 ランは口元を隠して上品に笑って見せた。だけど隠しきれていない頬は薄紅に染まっている。そして、指を立てて僕に二択を迫ってきた。選択に困っていたのだけれどそんなことを考える必要も無く、まず先に僕の腹はぐうーと気の抜けた音を出す。


「食事にしよー」

「頼むよ」


「今日はリクエストされてから作ってたら遅くなると思ったから、先に作ったよ」

「へぇー。楽しみだな」


 僕は無意識に嗅覚をとがらせ良い匂いに誘われて、ソファに腰掛けた。


「さぁ、召し上がれっ」


 机の上にはすでに料理が並んでいた。野菜のエキスを抽出した白いスープや焼き魚にお米。ある程度は認識できるのだけど、芸術的な盛り付けに豪勢なお皿の数々。見たことのない鮮やかなオレンジ色のソースなど味の想像できないことに喉がゴクリと反応した。

 それでも、味覚への追求心や食欲に勝る疑問点が一つあった。


「あれっ? 足りないんじゃないの?」


「食べ足りない場合はおかわりと言ってくれれば――――」



「――そうじゃないよ。ランの分は?」



「へっ!?」

「もう食べたの?」


「あっ……主のアマトより先に食べるなんて滅相もないよ。私は最後に一人で食べるから」

 無知な僕のキョトンとした顔とランの過ごしてきた常識の範疇は若干ずれているらしい。それでも僕はランと楽しく過ごしていたい。僕は非常識と言われても“今”は“この家の中”では気ままに居ると決めた。


「一緒に食べよう。その方が“おいしい”」


「えっ…………と、でも…………」


「もしかして…………僕と食べるのはご飯がまずい?」


「すぐによそってくるねっ!」



 ランは急ぎ足でキッチンの方へと向かっていった。だから僕もランの食事の準備が出来るまで食べるのを待つことにする。


「盛り付けはよくわかんないから。よろしくね」


 当然のように僕もキッチンの方へと赴いて皿運びを手伝った。


「アマト…………。えへっ、ありがとう」


 ようやくランは申し訳なさそうにするのを辞めた。おたまとお皿を両手に持ち食事を盛り付けるランは口元を隠せず、僕の目の前で満開の笑顔を咲かせて見せてくれる。


「どういたしまして」


 僕は“ありがとう”という言葉を人間界で初めて耳にすることが出来た。とても響きの良い言葉だ。達成感に見舞われるこの気持ちを大切にしていたい。それと同時に浸り過ぎてはいけないなぁと思った。



「「――いただきます」」



 僕らは声を揃えて食事を頂戴した。こんなにも愛嬌のある小柄なランが絶品な料理を作ったことに驚かされた。適切な調理を施された皿の上の芸術は舌の上で舞い上げられる。

 僕は箸を止めることなく並べられたフルコースを平らげた。


「おいしかった」


 僕はぽろっと一言をこぼした。ほんとに僕は言葉足らずだ。満腹まで幸せを味わったのに、僕自身の気持ちをランに伝えきれないもどかしい気持ちで胸が詰まった。


「お口にあってなによりだよ!」

「…………っ。ごちそうさま。“ありがとう”」


 食器を片付けるランに続いて僕も流し台まで運ぶ。僕が机をきれいに拭いているとランは蛇口から水を出し始めた。僕は興味深くそれを見つめて、


「すごいね。自由自在に水を出せるんだ」


「ここをひねると出るんだよ。なんかアマトといると”仕事”してる気がしないなぁ」


「それは褒めてる?」


「もちろんだよ!」


 ランは片眼をパッチリと弾ませてウインクして見せる。ランも落ち着ける家にしたいなぁ。


「このリビング以外に何の部屋があるの?」


「お風呂とアマトの個室とお手洗い。それから二階にアマトの寝室と、使用人………………じゃなくて、私の寝室があるよ」


「風呂って水浴びを出来る場所だよね?」


「そうだよ。洗い物が終わったら服を用意しておくから先に入ってね」


「分かった」


 僕は水浴びと聞いて、まず先に服を脱ぎはじめた。


「ちょちょちょ、ちょっと――」


 すると急にランは皿で顔を隠して動揺してみせた。声が上ずってあたふたと、


「きっ……、着替えは風呂場の前の更衣場で」


「着替えに専用のスペースがあるの? 変わってるね」


 僕は下着姿で案内された風呂場の方へと向かった。風呂場の前には籠とちょっとしたスペースがある。これだけ空間があれば、たしかに服を脱ぐときの邪魔にはならない。


「さて入ろうかな?」


 サッとドアを開くとシャワースペースと浴槽が姿を現した。雲のような白い靄がかかった個室だが良い匂いがする。水場だけあって湿度はかなり高い。


 さっそくだが――――。浴槽の黄緑の水面に手を突っ込んでみた。良い香りの源はおそらくこの“お水”からだ。水を掬うように手を入れると、


「熱っ!?」


 たしかに蒸気がたっていたが、水浴びと聞いていたので驚いた。このつるつるとした肌触りの良い陶器といい、保温に優れたものを整備するなど計算し尽くされた“家”というのは素晴らしい限りだ。


「アマトー。湯加減とか入浴剤の香りはどうっ?」


「お湯みたいなこんな熱いのに浸かるの?」


「そうだよ。すごく気持ちいいからぜひどうぞ」


「ところでシャワーからお湯はひねったら出せたんだけど、“シャンプー”とか“ボディーソープ”ってなに?」


「それは身体を洗うモノだよー」


「洗うっ…………。もしかして、これから僕は調理して食べられるの?」


「あははっ! ちがうっちがうっ。身を清めるってこと! ちょっと扉開けるね」


 ジャーッ!


 背筋が外気にヒヤッとして後ろを見ると、ランがなるべく僕を見ないように顔を朱にしながら指を指していった。メイド服を濡らさないように下着とワイシャツだけ着用していた。やはり筋肉は少なそうで戦闘経験はなさそうだ。女性特有の膨らみは薄着になった分よくわかった。袖をたくし上げて、真っ白な肌を浴室からあふれる蒸気が触れた。


「そのシャンプーが頭用。そのボディーソープが身体用だよ」


「これ?」


 僕がボトルを持ってランの方を向くと、


「きゃぁあ!! こっち向いちゃ、ダメ」


 両手で目隠しをしてあわわわと口を動かしていた。何を見てはいけないのか僕にはよく分からない。ランがそう言ったから僕は速やかにボトルを戻して洗面器の椅子に座る。


「やっぱ、よくわかんないなぁ」



「――背中は私が流すから絶対にこっちを向かないで」



 ランは呼吸を抑えながら僕の背中へと密接に近づいてきた。なにやら緊張しているようだが僕はなんと声を掛ければ良いか分からない。


 僕の肩を乗り越えて腕が見えた。正面だけを見ている僕には鏡台に映るランのピンクっぽい強張った表情と同じように火照った細い腕が正面のボトルを取ったことが臨める。


 ボトルから出るとき、ボディーソープは液体状だったのに、ランがそれを両手で擦り合わせると泡だった。するとその両手を僕の背中にゴシゴシと押し当てて隙間ないように擦っていく。細い手が僕の背中を泡立てると良い匂いが漂ってくる。これがお風呂で洗うって事なのか……。


「前は同じように自分でやって……」


 ランにそういわれると僕は背中以外の簡単に手が届く範囲を自らの手で清めはじめた。


「たしかにこれは気持ちいいね」


「アマトは“傷一つないきれいな肌”をしてるね」


「そんなに珍しいこと?」


「私は戦士に仕えるお仕事が初めてなので分からないけど…………、戦士の背中はもっと痛々しい傷痕を残して、覚悟と勲章を刻んでいるのだと想像してた」


「ごめんね。期待外れで」


「いやいや、そんなつもりはまったく…………」


「全身、あわあわになったよ」


「一度、シャワーで流す――――――あっ」


 ランがシャワーをひねると勢いよくお湯が飛び出したのだが、それはランのワイシャツまで濡らしてしまった。当然、薄い生地は透けていきそんな状態では湯冷めも早くなるから、


「――ランも服脱いできたら? お風呂って裸で入るもんなんでしょ?」



「――っ、……………………へっ!?」


「きもちのいいことなんでしょ。遠慮しなくていいよ?」


「いえ、そうじゃなくて………………」


「こういうの知ってるよ。“裸の付き合い”っていうんだよね。“師匠”とは一緒に水浴びできなかったからさ。初めてなんだけどね」


「わわわわっ、――わかった。服脱いで…………くるから絶対に目を開けたらダメだよ。シャンプーが目や口に入ると有害だからね」


 ランは一つ覚悟を決めたように宣言した。

 一応、主の僕と風呂に入ることは許されていないのかもしれないけど、特に誰が咎める訳でもない。


「ほーい」


 僕が目を閉じてしばらくするとランが戻ってきた気配がした。より生暖かさを感じながら、僕は頭をランの思うがままに委ねた。


「アマトっ、かっ…………かゆいところは…………、ないかなぁ?」


「うん。“マッサージ”って言うんだっけ? 上手だね、気持ちが良いよ」


「あっ、アマトは、こういうの……ドキドキしないの?」


「視界を奪われた状態で背後を取られること? ランにだったら全然平気だよ」


「そ、そうじゃなくて、はっ……裸でこうやっていること」


「特になにも――――ないけど」


「そっ、そうなんだ。ふーん」


 やっぱり、ランは僕と一緒に風呂場に来てから緊張感のあまり声が上ずっていて僕に聞こえる心拍数は増している。なにか違反を犯しているとか……、とんでもない辱めをうけているのかもしれない。


「流し終わったので先に浴槽に入って下さい。っぜったいに身体をこっちにむけたらダメだからねっ!」


「はーい」


 僕はなるべくランに背を向けて、今度は脚から浴槽に浸かった。


「ふぅーっ」


 胸に溜まった空気が呼吸と一緒に声を伴い吐き出されて、疲れまでが出ていくようだ。全身の血行が行き渡って生きていると実感する。それと同時に、なぜか矛盾なんだけれど身体が気持ちよく溶けていくようでこのまま湯気とともに天まで昇ってしまいたいとも思える。そんな夢心地に満足した。



「――今度は僕がランの背中を洗おうか?」




「自分でやるからっ!!」


 結構強めに断られる。背中に弱点でもあるのだろうか?

 浴室のランはどこか艶めかしくっておどおどとしていて、微熱を感じる。裸である以上僕の鋭敏な感覚は遮蔽物に捕らわれず、ランの体調の変化を察知できる。さすがに心までは見抜けないのだけど…………。

 すると身体を流し終わったランがシャワーを止めて立ち上がったのが分かった。


「あまと…………、どっちかに寄って」


 きっと湯船に入ればランの疲れも吹き飛んでくれるだろう。それだけ風呂という文化は素晴らしい。“初めて”の疲れというのは僕にもあった。ここまで華奢で細身な身体をしたランが疲れないことはないだろう。僕は片側によってランと浴槽を分かち合った。


 あと僕に出来る事はランに余計な疲れを与えないことだ。



「――ラン、僕と一緒に風呂に入るのは嫌だった?」




「えっと…………。それは、簡単には答えられないよ」


 肯定でも否定でもない曖昧な応答に僕はどう返せば良いのか分からなかった。それっきり二人の会話は途切れてしまったものの悪い気はしなかった。



「――あまとぉ……、そろしょろ…………でましぇんか?」


 僕らは長時間、浴槽に浸かり僕に合わせて入り続けていたランはふらっふらになりながら、呂律を回した。



「大丈夫!?」


 僕はランを“お姫様だっこ”出持ち上げると浴室をでて涼しげな更衣場にランを寝かせた。腕には男にはない柔らかな感触と生暖かな生命の体温が残った。


 ランを寝かせてからあぐらを掻いて待っていると、


「アマト。ごめんね。今すぐ着替えて服を持ってくるから」


 するといつの間にやら目を覚ましたランが颯爽と僕のために動いてくれた。

 しばらくしてふぅーっとランの一息が聞こえてくると、


「アマトお待たせ。ここに服置いておくから着替えてきてねっ!」



 そういうと裸の僕を置いてランは再び距離を取っていった。


「ラーンっ! もう目を開けて良いのー?」


「えーっ!? 今までずっと閉じてたのー!! 開けてっ!」


 遠くで大声でやりとりをしたのだが、言われたとおりに律儀に目を閉じ続けていた僕はおかしかったのだろうか?

 ふと疑問が降ってきたが答えは見当たらなかった。



「今日は一日お疲れ様」


 “時計”という名の太陽とは別で時を刻むモノが深夜を指していた。お日様の動きを見なくても人間はこれを見て予定をたてるらしい。


「明日は何時に起きれば良いんだっけ?」


「アマトは気にせず、寝ててっ! 私が起こしにいくから」


 お風呂に入ったというのに再び、メイド服に身を通し僕が寝るまで“お仕事”を

するらしい。ランは眠そうだけど、そういった真面目な部分にも僕は好感がもてた。


「わかった。任せるから」


「明日の“定期訓練”までにしっかりと身体を休めてね」


 ランは最後だけ眉を傾けすごく素直な顔で僕を心配して見せた。それに僕は一瞬目を丸くして、そして一つ首肯した。



「ランもほどほどにね。おやすみ」

「アマト、おやすみなさい」




 僕はようやく寝室の扉を引き一人となった。

 背中を羽毛に預け、また一つ夢を見る。







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