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道化(どうか)、僕を強くしてください  作者: chuboy
第二章 人類の最高峰、中央人王都市帝国にて
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 階段を降りていく末まで景観は一貫して豪勢でだった。

 唯一地下に行くにあたっての変化というのは人気ひとけが皆無であること。帝国の最重要地点に“王城ファースト”には護衛のない不可侵領域が存在していた。


 僕とリリィはシャエルさんに導かれるまま歩行した。途中、一階で待ちくたびれていた男――リリィのプライドを砕いた“竜の軍服”ラグナさんと合流すると、そこからは会話が賑やかになる。


「しかしっ、よー! 俺もたまには可愛い娘成分がないとすたっちゃうよ。男気って力の源じゃんっ! 女々しく弱っちい青年になったらどうするよー」


 僕は女性陣が混ざって歩く中、ラグナさんはよくも欲全開でお話が出来るなぁと関心した。明らかに女性からは黒くおぞましい殺気があふれていて表情をみれない。


「ラグナさんは女性がお好きなんですね」


「アマトだっけ? 女好きじゃない男なんている?」


「うーん。どうでしょうか? 僕にはわからないです」


「あちゃーっ! だってあの冷静沈着なあの“フルグ大将”まで、今は隣国のお姫様のところまで行ってるんだぜ。『月に一度は妻の元へ行く』とか言っちゃってなんでも“その日”は姫様と丸一日熱々に過ごすらしいぜ。くそっ、羨ましいぃっ!」



「――“フルグ大将”………………ですか?」



「えっ!? 知らないのっ? よっしゃ、フルグよりも先に俺の名を広めてやったぜ」


 ラグナさんは渾身のガッツポーズを決めると上機嫌になってずかずかと大股で天高く鼻っ柱を強く突き上げ歩いて行った。

 すると、シャエルさんは置いてけぼりにされた僕に紹介を薦めてくれた。


「帝国の特務軍隊の要は三本の大将はしらで出来ている。私、シャエルとあのひょうきん者のラグナ。そしてラグナが言ったとおりに今は隣国の奥さん――まぁ、姫様のところに出向いてるフルグの三人なの。人間界では“伝説上の人物”として名を馳せていて実在しないんじゃないかって言われてるんだけど…………。まぁ、アマトは知らない話よね」


 僕にはそんなお話をされても目の前に居るシャエルさんはシャエルさんに違いない。

 その体躯からかわいい少女でラグナさんの暴走を止めてくれたり、フォローしてくれたりする優しい人。

 すると自画自賛を好まないシャエルの代わりにリリィが代弁をはじめた。大真面目な顔で口を動かすリリィの想いには、尊敬と対抗心が掛け合わさっている。


「“大将”の影響力は絶大よ。国一つを揺るがす力を持っている。フルグさんは三人の中で最も冷静でまつりごとにも精通していた。そのおかげか婚姻後の姫様の国は繁栄を取り戻し全盛期の十倍は国力をあげたとされている」


「全国に祝福されるなんて素晴らしい名誉だね」


「それを素直に喜べるのは“無名”の家だけよ」


 リリィは今もなお大将達を警戒していて僕はどちらの空気に合わせるのが良いのか立ち往生していた。


「そんじゃぁ、入るぜっ」

「“元帥”は大分ご老体だから。少々気を遣ってあげて」


 “元帥”とは軍位の最高峰を示す言葉だと思っていたが、シャエルさんたちの反応を見るに畏まる気配はないらしい。ずいぶんのご老体となればその覇気も薄れているのかなぁ。


「失礼します。タツモリ=アマト」

「並びに、ジルヴェランド=リリーナです」


 自己紹介とともに地下に造られた“最高位”の部屋へと扉を開く。


 ――――ガシャっ



「いやいやっ! はるばるいらっしゃいっ」


 穏やかで和やかな男の声がする。気前の良さそうな強かな声で座布団を敷き胡坐あぐらを搔いていた。部屋の様子は王間の華やかな世界の真逆、質素で透き通った落ち着く空気を醸す部屋割だ。


 芯の強そうな植物を束に編んだような床。竹筒を割って造形されて水を汲むオブジェ。小石の床を川が流れるように波紋を引っ掻いた落ち着いた空間に鳴っていた。

 畳の敷かれた広い空間に庭園と小川とししおどし。倭の国で見られる特色ある文化だったと思う。


「立っていては疲れるだろう。ほらっ、そこに掛けなさい」


 “元帥”と呼ばれるにはほど遠く、親しみやすいご老人とは同じテーブルを囲む距離に呼び出された。


「じっちゃん、また最近老けたなぁ。パンツと雑巾、間違えてんぞ」


「フルグ、そんな事はどうでもええ。お二人にお茶出せっ」


「俺はフルグじゃねぇよ。ラグナだかんな」


 ラグナさんはフルグに対抗心をもつ嫌いがあったはずだけど、年寄りにはあきれたように苦笑を返して奥の厨房の方へと入っていく。


「ほら、“元帥”様。客人ではなくて新入りの軍官ですよ」


 僕からはおじいちゃんに世話する優しい孫娘にしか見えなかった。これが軍のトップであるとは到底思えない。真実とは面白いものだなぁ。


「そうか。今日は任命式の日だったなぁ。昔が懐かしいよぉ。昔は私に並び立つような強者は他にいなくてなぁ。わしが剣を握れば必ず首は飛んでいた。しかし、あるときなぁ首を断たれないように何人もがわしに頭を下げたじゃ。それからわしは“元帥”となったのだ。わしが元帥となって早50年になるかなぁ。わしが柄を握れば向かい来る人間は皆、『私を部下にしてください』と頭を下げてな」


「“元帥”様昔話はほどほどに――――。所属先を決めて下さい」


「そうだな…………。そこの青年お前はな…………」


 僕は元帥を目を合わせた。元帥の目は幾千の死線を越えてきた目をしていた彼を動揺させるようなことなどこの世にはないほど“力”を知っているのだろう。


 ――しかし、元帥からその“力”というのは伝わってこなかった。


 僕はこの感じを知っている。

 ずいぶんと歳をとった戦王の残り火だ。“師匠”ならまだしも人間の寿命は長くない。

 見定められながら僕は目を閉じ、診断を待つ。


「――このように昔はじっと見るだけで察したのじゃ。老若男女見れば役職を振り分け、時にはコイツは死ぬなと分かった上で告げたりもしたさぁ。あぁ懐かしいなぁ」


「じいさん。話が戻ってるぜ」


 ラグナがお茶を用意してくるまでに一向に話は進まなかった。この人みたいに穏やかな国が出来れば“兵士”なんて必要ないのだと思うんだけどなぁ…………。


「――すまんすまん。アマトくんだったなぁ」


「はい」


「君からは竜の香を感じる。気の配りは繊細で弱々しい姿を飾っているが…………、そうじゃな、特務軍隊暗躍の“影”を命ずる。所属は中央人王都市帝国区域の全土の侵入権を有する“竜”とする」


「ちょっ!? じっちゃん、マジ? 最高クラスの“竜”だぜっ」

「そうです。いくらなんでもただの一言で決めてしまうなど」


「竜に育てられし人間を“竜の肩章”を持たずしてどうする。それに“影”は単独行動で治安を護る軍人の監視といったモノじゃ。人の上に立つわけでもなかろう」


「えっと……………………僕はどうすれば?」


「自由気ままにこの帝国を観光すれば良い。その中で悪いことがあったら注意喚起してくれ。基本任務はなし。その代わり“竜”としてシャエル、ラグナと供に“定期訓練”は欠かさぬように」


「俺らと混じって死ぬなよ」

「ラグナ。今は“元帥”を信じましょう」


 一瞬、ラグナさんから覇者の貫禄があふれた。空気は変わったもののシャエルさんがその場を収めたが二人が僕を見る目は変わっていた。今までは田舎者を親切にあやす様だったそのまま良い関係だけを続けてはくれないらしい。

 ――たったそれだけで僕はしゃべれなくなってしまった。



「さて次は、リリーナさんだったなぁ」


「はい」


「君はさっきからシャエルとラグナに怯えているようだ。“竜”との壁というのを自覚してしまっているなぁ。君は特務軍隊“少将”の位を授ける。所属は第二特務分隊の副官。シャエルの補佐を頼むぞ。女軍兵どうし仲良うたのむ。“大狼”を授ける」


「――謹んでお受けします」


 リリィは僕の隣で苦虫を噛み潰したように顔を伏せていた。それは配属への不満か。自分の至らない遺憾なのかは分からない。


「じっちゃん。俺の部下にしてくれよっ」


 唯一満足のいかないラグナさんは駄駄をこねるようにおじいちゃんを揺すっている。


「お前は誰にでも手を出すくせがあるからなぁ。シャエルよ。護ってやれよ」


 そういわれると、シャエルさんはただ冷徹な視線でラグナさんを射抜いた。

 ラグナさんは自らの口を押し殺し、絶対零度にあてられたように顔を青くした。


「それでは配属も決まったようですので今日は解散としましょう」


 この中で最も小さくて容姿に愛着があるのに仕切り役としてたくましい。


「次の集合は明日の“定期訓練”ですね」


「シャエルよぉ。定期訓練はしばらく先ではなかったか?」

「なにを言ってるのですか、“元帥”様。明日ですよ」


「いやいや。一昨日やったばかりではなかったか?」

「“元帥”様は最近ボケて気味ですのできっと忘れてしまったのでしょう。明日ですよ」


「いやいや、シャエルっ! 一昨日やったって。さすがにそこまでじっちゃんも……………………………………………………げっ」

「ラグナっ!? あなたまでボケちゃったのかしら?」


 ――――――ゴゴゴオゴゴゴオッゴゴっ!


 起因はわからないが、地面がシャエルを震源に揺れはじめた。その身が顕現する気の鼓動は生物だけに留まらず、無生物まで怯えさせた。


「そうだな。明日だった気がしてきた」


 僕らの目の前で堂々とラグナも口裏をあわせ、どうやら明日には“定期訓練”が開かれるらしい。


「アマト、明日は私たちの帝国内での地位が決まる日になるでしょうね。お互いに気合いを入れて臨みましょう」


 リリィは意気込むと言うより僕に助言…………、忠告をしてくれているようだ。





 “竜”と“大狼”の住民区は違うらしく、僕はついにリリィと離れることになった。


 ――下山してからこれまで一日がとても長く感じた。


 あたりはすっかりと赤色づいて日が落ちていくのだ。明日の予定を伝えられた僕はただ一人で王都セカンドを放浪している。


 電気が通ったこの都会は日光がなくとも十分に明るく眩しいほどに人が賑わっている。

 あたりを走りまわる我が子達を微笑ましく眺める貴婦人たちの様子。

 “大狼”の軍服たちがグラスを片手に喉を潤し歓声を上げる宴会場。どこを見ても幸福と笑顔に満ちあふれていて曇りない世界が舞い降りていた。


 石畳の歩きやすい平坦な道を履き慣れない靴で歩くと、コツコツと軽快な音を立てていて風は食べ物の香りを連れてくる。“自分で用意しなくてもすべてが揃っている”。

 そして、なにをしていても危険のない場所で遊び尽くす。そうやって過ごしていける世界が近いのかもしれないなぁ。これが“平和”というものか。



 おしゃれに整備された並木道を歩んでいくと

『タツモリ=アマト』

 と掘られた表札と家を目にした。かなりのサイズがある家だ。王城には劣るものの人間なら何十人も入れそうな場所だ。ここが僕に用意された家かぁ。


 ユグドラにも近くて便利が良い…………。でも住み慣れない文化でやっていけるだろうか。

 衣食住の初歩――食料の調達方法のから分からない。誰も狩りに出る気配もなければ注文をするだけで料理が運ばれている。おそらく交渉があるのだが、どういった対価が必要なのかも分からない僕には家に入ることも不安だ。すると、


「おまちしておりました。タツモリ=アマト様」


 マロン色のショートカットをした僕より小柄でシャエルさんに似た…………いや、シャエルさんよりもずいぶんと気弱そうで目尻が下がりクリッと優しい目をした女の子が一人、正装に身を包んでいた。確かこれは冥土服といったはずだ。


「それは冥土服っていうんでしたっけ?」

「メ・イ・ド服です。冥土の発音では喪服になってしまいますよ」

 メイド服を着ることを恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ぎゅっと手を胸の前に組みだして上目遣いで


「――似合ってますか? こういうお仕事はじめてなんです」


「えーと。そうですね。人間界にはヒラヒラとした服が多いです」

 僕は何の恥じらいもなくそう答えたのだ。彼女のくるくるとカールした天然のくせ毛ヘアや小動物っぽいその仕草は愛着が湧いた。


「アマト様が山から下山してきたとのことで、人間の文化に慣れるようにサポートするべく配属されましたランジャ=カスターニエと申します」


「そんなに畏まらないでください。僕も初めての生活。ランさんも初めてのお仕事。お互い同期ですから敬語はなしでいきましょう」


 リリィの言葉を思い出して知識の切り売りした。


「わたしはアマト様にお使いする身なのです」

「僕は上下関係もなにもしらない田舎者だから気にしないでよ。“ランちゃん”」

「あっ…………、アマト………………さま」

「“アマト“と呼ぶことを命ずる」

「――――へっ?」

「あははっ。こんな感じだったよね。王様って」


 いろんな知識を借りて順応していくことは生きる上で必要な術。それは自然界でも人間界でもかわらない。絶対なる力の猛威に平衡に生きていくことこそ第一歩だ。


「それじゃぁ、えっ…………と。アマト。長旅で疲れていると思い…………うから家に入ろう?」


 ちょっとぎこちなくて首をかしげる小心なランに誘われて、僕は夜をも無効とする明るき自宅に入っていった。








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