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僕は今、不揃いな脇道を木琴をこと鳴らすように移動している。馬車という籠に揺られながらガタンゴトンと統制されていない森林の抜け道を走っていた。
身体が上下に揺られるのが気にならないと言えば嘘になるが、それ以上に僕は同乗している三人が気になって仕方ない。
僕が神林の山を下山した時、すでにこの馬車は待ち構えていた。
野良の僕に乗らないという言い訳も出来たものではなく搭乗することにした。
――それからしばしの沈黙。それが今の現状に当たる。
二人がけの長椅子を向き合うように設置された籠の中。二人は鋼の甲冑をしている。
そして唯一、顔を晒した斜めに座る女性。彼女は外の景色をぼーっと眺め、誰の反応もうかがえない。師匠から人間との話し方でも教わっておくべきだった。師匠は僕のためだけに人語を覚えてくれたのだが、対する僕は人間と関わったことがない。
――果たして本当に言葉が通じるのだろうか?
「あのー、甲冑を着ていて疲れませんか?」
僕はわずかな勇気を振り絞って第一声を発した。
「いえ、お気になさらず。アマト様」
「我々は帝国より護衛の任務を受けておりますので」
二人は別々に言葉を発した。
――男の声だ。
二人とも男なのに声質には個体差………………ではなくて、個人差があるみたいだ。
以前、丁寧なお返事と名前への敬称はもてなしを受けているという事だと習った。
邪魔立てしないように“任務”とやらに集中してもらおう。
「――でっ、ではそちらのお嬢様は?」
「あらっ、そんな高貴なお嬢様に見えるかしら? 私はこれでも剣士。お嬢様とはほど遠い敵を殲滅する人間よ」
僕の言語の理解は行き届いている。剣士と聞けども、彼女のその潔白な美肌と顔立ち、風貌から美しさを感じていた。長い凜とした銀髪を肩から流し、布をいじって作ったであろう赤の“ドレス”というモノを着ているんだと思う。そういう人には“姫”や“お嬢様”という言語を当てると聞いていたのだが…………、
「ごめんなさい。世間知らずで」
「“女性”にとっては嬉しい言葉に違いないわ。礼節を持っていて素晴らしいことだと思う。ただし…………」
…………――チャキッ
彼女の膝上にある棒状のものの包み、その二本をはだけさせた。
深紅に染まった柄から伸びるのは斬殺の刀剣。その煌びやかな輝きを僕は初めて体験した。ここまで自発的に存在感を顕現する“無生物”を知らない。
「――私は女性である前に兵士だから」
「これが“つるぎ”?」
「宝剣の一つで私の相棒よ」
「じゃあ、あなたは前衛兵になるのですか?」
布の切れ間から見える鍛えられた腕に戦闘経験を思わせる二刀。その輝きは“宝剣”と呼べようともお飾りの剣とは対極の敵の命を奪い赤に染まる剣。
女性ははっきりと頷くと、再びスカーフに剣を包んだ。
「そういうあなたは衛生兵かしら?」
武器を持たない気弱な僕は衛生兵に見られている。
「“希望”はそうです」
話してみると人間との会話は思いのほか続く。
「私はリリーナよ。アマトさんで良かったかしら?」
「そうです。リリーナさんも招集された身なのですか?」
「そうよ。これから同期になるのだし、お互い愛称にしましょ。私は“リリィ”あなたは……、普通に“アマト”で良い?」
「構いません。えっと…………、リリィはなんで帝国に行かれるのですか?」
「敬語もいらないわ。私も慣れ親しめるように接するから」
耽美に欠けることない外見を持つリリィはこんな人間性の薄い僕に談笑を交わしてくれている。
「あっ、ありがとう」
リリィにも内面を鍛えてくれたそういう“師匠”的存在があるに違いない。
「私は剣士を輩出する家系なの。女性が生まれたのはかなり珍しいらしいのだけれど…………、我が家系に性別はない様なものよ。アマトは?」
「僕は山に住めなくなってしまうので下山することに」
「そんな理由? その程度で帝国から招集命令が出されるほどの人材ってこと?」
「そんなに特別なことなの?」
「“英雄”と呼ばれるような最高位の人材で結成している特務軍隊があるの。そこに入る人間は重宝され帝国でかなりの権力を持つ。それがこれから行こうとしている所よ」
「そんな事になってたんですかっ?」
「そんなもの知らないなんてあなたホントに人間? 帝国の存在を知らないなんてね」
「こんなコミュニケーションで僕はやっていけるかな?」
「秀でた才能があるからこそ送迎されているのだから、自分に“出来る事”をすれば良いだけ」
「“かっこいい”ですね」
「女性にそんな言葉を使う?」
「失礼な発言でした?」
「いいえ、賞賛として受け取っておくわ」
『大変、長らくお疲れ様でした。城門が見えて参りましたのでもう少々でございます』
馬車の馭者の声が聞こえてきた。任務とはいえど、親切にしてもらうというのは気持ちが良い。してもらってばかりも落ち着かないので、いつかこの恩を返せればと思う。
――あれっ、何か嫌な気配がする。
――――ップ。
『――う゛ぅっ』 ――ドサッ!
馬車から“何か”が落ちた音。そして急激に染まった前方の赤い窓。馬車の片輪が“何か”に乗りかかって止まった。
――これは殺気?
『――この馬車は包囲した。馭者も馬も死んでしまっては進むことも出来まい。降伏するのであれば命は奪わん。武器を捨てて降りてこい』
外では“何か”が“何か”を起こし、何か良くないことが起きたに違いない。




