4
4
僕の方にも敵の姿が迫ってくる。汎用性の高い剣を持ち横隊列を組み、僕の“竜の軍服”に攻めあぐねていた。
「“帝国の竜”ってやばいんじゃなかったのか?」
「恐らく“大将”だが…………、向かってくる様子がねえぞ」
「俺たちじゃ、相手にもならねぇってことか?」
喉をならし、僕の所作一つ一つに過敏に身構えて動く。僕が顔をそちらに向けるとそれだけで二・三歩後退し守備を固める。質素なノーカラーシャツにダークなフード付きマント。軽装をしているがその足取りは僕を前にしてひどく重いままだった。
「君たちの目的を聞かせてくれませんか?」
僕の言葉に賊兵達はさらに身を強張らせ、緊張を高めさせた。
「いくら戦力差があろうと敵に情報を吐くほど廃っちゃいないぞ」
「今、“時間稼ぎ”されてんだぞっ! 分かってるのか?」
声音は若い青年の声だ。皆、同じ構えに統制され“一般兵”といえど、帝国兵より熟練度は上回っているだろう。だけど、僕が聞きたいのは今回の作戦とか、敵の“本当の狙い”とかそういうものではない。その志を聞きたいだけなんだ。
「僕は別にこの闘いがどうなろうと関係ありません。ただあなた方が何のために戦うのかそれを聞きたい」
僕は何もしないと現すように両手を晒して、表情を緩めた。敵はその言葉に動揺を隠せない。お互い距離をとって高談をすることは“時間稼ぎ”になっている。それは賊兵の利であるはずなのに僕に疑いの目を向ける。
「それを聞いてどうする?」
「僕は何かしたいけど、出来なかった。その“何かしなきゃいけないこと“を分かりたい」
「ずいぶんと変わった“敵将”なことだ」
「“世間知らず”なのでね」
城下町で勃発した戦乱の中、僕と一部敵軍隊の戦線だけは武が交わることがなく静かであった。敵は牽制をしているつもりであろう。ただ帝国にとって僕が戦力して数えられているかは不明確な所だ。すると男達は僕に戦意がないと踏んだのか、真剣味が増した顔で口を開く。
「俺たちが戦う理由は“ただの権利”だ」
「“ただの権利”?」
「世界を平和にするとか平等にしたいとか、そういうのは誰もが憧れるヒーローのお仕事だ。でも――――」
「俺たちはそんな“才能”も無ければ主張のために自ら殺しに賛同するような、腐った正義しか持ってない。だから――」
「生まれながらの“才能”がある時点で神は俺たちに平等を許してはくれない。だから――――」
「託すんだよ。俺たちの意志を。俺たちの大義を。この手を汚してもいい。”命という一人に一つしかない“このかけがえのないもので大馬鹿な抗議をしに来た」
賊兵団の望む物は計り知れないだろう。人間の欲というのは無い物ねだり。一向に尽きることもなく無尽蔵に顕れるのだろう。だとすれば自虐的になってまで彼らの望む物は何だって言うんだ。そこまでに弱者であることを自覚しながら強者に伝えるために統一された志とは何なんだ?
「そんなバラバラな望みを掛けて、どうやって手を組んでいるのですか?」
僕が眉をひそめて疑問を喉に通すと賊兵団たちはみなおかしく笑った。その答えはすでに出ていると言わんばかりに全員が口を揃えて。
「「俺らが求める物はただ一つだ」」
――弱者への計らい。
たったそれだけだという。強者からすべてを貰ってもなんの感情も芽生えない。
弱者にだって出来る事があるのだから。
それを奪うことを辞めて欲しいと。
人間は“理性”を持って、“弱肉強食”を辞めよう。――その集団だった。
「その志を掲げたのは誰なんですか?」
「我らが――王妃っ」
「リベルテ様だ」
「“素敵な志”ですね。僕はあなたたちと戦うことを望みません。そちらも良ければ剣を収め互いに引きませんか?」
例え自らの手を汚しても“弱者”を認めさせるという“何よりも強い意志”。
――賊兵団。
「――全然、弱者じゃないじゃないか……」
◆
――その頃の〈ユグドラ〉内部の第三中域では……。
「リリーナ少将と作戦を供にするのは初めてだね」
シャエル大将に選出された二人が城下町の増援に向かっていた。
ざっくりとしたショートカットで無造作に髪が散らばる赤髪の男。“大狼の軍服”を召していて平均男性に変わらぬ身長に細身の身体。気さくな面持ち以外に特徴的な点は少ない。背に背負った〈ロング・ソード〉がこの男の“英雄”たらしめる所以なのだろう。
「セルシード少将。ここは第三中域から街の方に出て、外壁から飛び降りましょうか?」
「確かに門を開けると“王様”の小さな肝臓がわめきだしそうだからね」
セルシードはすかした様子で王の悪口に会話を盛り上げようとするが、王に仕えるジルヴェランド家にとって、決して気持ちの良い言葉ではない。
「敵の侵入を許さないためです」
リリーナは微細にも笑わずに――正しくは笑えず、冷たく良い放つと速度を上げた。
「ちょっとまちなよ」
加速を重ねるとリリーナ少将とセルシード少将はユグドラの一直線を息も切らさず、〈ユグドラ〉を駆けていく。そして、冷静な判断で左手に曲がると第三中域でユグドラを出た。城下町で戦争が起こっていても構うことなし。第三中域では何も変わらぬ、民の営みと“大鷲の肩章”の休暇でゆったりと過ごされていた。
街頭の人ゆく賑わいを鮮やかかつ華麗に躱しながら、外壁の方へと踏み込んだ。関所をめがけて走ると階段をそのまま上がっていく。リリーナは息を切らさないほどのトップギアで早早と石畳の町内を疾走したが、セルシードも余裕綽綽とした面構えで城壁の天上へと階段を上がっていった。
この第三中域から門を開けずに城下町にいく方法は高き外壁から飛び降りるほか無い。
リリーナとセルシードが外壁の頂上へと足音僅かな脚捌きですらすらと進んでいく。
「リリーナ少将は筋肉バランスに体躯に脚捌き、全く無駄のない素晴らしい動きだね」
「そういうセルシード少将も加速した私からピタリと離れず、もっと加速が出来るのでは?」
涼しい顔で後ろをついてくるセルシード少将はリリーナ少将が思うに、少々奇妙なところがあった。言われた範囲の実力しか出さないという点だ。恐らく、この速度も三割ほどの力しか出してないのでは無いだろうか。とうぜん、リリーナ自身も六割ほどの膂力で乳酸を貯めない、闘いを前に疲れない走りに無駄を削っているのだ。
しかし、セルシードという男は“そもそも限界まで力を出したことがない”。そんな感覚がリリーナから離れない。
「レディーファーストという言葉があるでしょ?」
涼しげな表情とすかした態度からは熱意が感じられず、薄っぺらい言葉にしか聞こえない。
「そんな事を言うような気性ではないと思ってました」
リリーナが軽く言葉のナイフで突くと、
「君も男ならさらに加速できたはずだよ。その胸は走るのに邪魔だよね」
セルシードはリリーナの本心を容赦なく一刀両断した。
「私も出来る事なら男に生まれたかったですが……」
殺意を込めた言葉を穿ち、セルシードに眼光放つとさらに加速して全身に力を込めた。
「ふぅー。これは迅いなぁ……。失礼な事を言ってしまったようだね」
セルシードは脚の回転をじわじわと上げてリリーナの横まで追いついてみせた。
「もうすぐ頂上です」
リリーナがなんの受け答えもなく抑揚のない静寂を壊した。二人が青空の下に照らされ日の光を近くに浴びた――その眼下。
すると、二人が目を同時に見開く。
「これは……!?」
「地面が…………めくれてるなぁ……」
「敵も並みでは無さそうですね」
「捨て身で突っ込むのはよした方がいいね」
城下町には劣勢と言うほか無い戦況が広がっていた。