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翡翠の光は人もろとも城壁をガラクタに代えた。この遠心距離からの正確な射撃と威力のバランス、完全にエネルギーを制御しているが…………、今の攻撃は上位種族の〈エルフ〉が見せた一撃に似ていた。
ポッカリと空いた帝国の中へと暴風が吹き付けると空気が一新した。僕には帝国の最悪な風紀を換気する良い刺激になると思ったが、帝国兵・帝国民。至る所で信じられない物でもみたかのように目を見開いていた。
――城壁は破られた。
今は外に敵の姿・形は見られないが進軍されるのも時間の問題だ。
「あの巨兵野郎は俺がやる」
シガーンは大弓を構えない直すと即座に立ち上がった。シガーンの顔は僕に何か言いたげに眉をくしゃっと歪めたが、ポンと一つ肩を叩かれた。
僕はそれでも動かない。シガーンの覚悟の瞳に冷めた色味のない瞳で無感情に激励を放った。
「あぁ、気を付けて」
◆
僕の眼下では城下町では帝国兵が敵に向かわずして弱者に難癖を付けようとしていた。入り乱れた隊列から民家に入り込んでは国民を追い出し戦場へと晒そうとしている。帝国兵がガンガンと必死に民家の戸を叩く。
『おいっ! “兵士”様だぞ! 戸をあけろっ』
激昂する相手が筋違いなのだが良くもまあ、敵に背を向けながら“兵士”を自称できるものだ。すると、その先の戸がガチャリと開いた。
『お、おいっ! 兵士さんよぉ。何を隠れようとしてんだ』
民家の中からは若い男達。そしてその隙間に僕の肉眼をよく凝らすと少年少女、女性達が見えた。おそらく家主が買い物中に行き場を失った国民を匿ったのだろう。兵士なんかよりよっぽど優しさが強い。その行為を見た兵士が、“俺も入れて”などと無鉄砲に戯言を抜かしたのだ。
『うっ、うるさい。中に入れろっ!! 逃げなきゃ殺される』
涙目になって怒りに物を言わせている。恐怖に立たされた凡人に情緒は無い。精神の焦りから無理矢理にでも塀を乗り越えようと壁にしがみつき、暴れはじめた。
『今までのただ飯の分、命を張ったらどうだ?』
すると、男達は今までの苦労を――“憤怒”に代えて哀れな“無地の軍服”を箒や物干し竿で叩き塀から振り落としはじめる。
『お前らがおとりになれよぉおおおお!』
何のための武器だろうか。兵士は武器を取るとあろうことか国民に剣を向けたのだ。剣を抜き慣れていないのも丸わかり、鞘から無理に引っ張ると腕を目一杯伸ばして剣を見せびらかした。肘を曲げないで剣を持ったって斬ることはおろか、振ることもできまい。
『剣を向ける相手がちげぇだろうがっ』
民家の男達は塀の隙間から物干し竿で突いたり、辺りにあった薪などを投げつけると兵士が戦く。今まで最悪、剣さえ向けておけば言うことを聞いたのに…………。
『パパから離れてっ!』
民家から子供が飛び出したと思えば、子供の手にはぴったりな白い球体。その球を兵士へと投げつけた。それは兵士に当たるとピチャッと音を立てて割れて兵士の“無地の軍服”を白濁に汚した。すると、その子供に続いて子供達がずらずらと同じ球体――卵をぶつけた。これで帝国兵は“無地”ではなくて、肩章代わりに“チキン”の汚名を貰ったわけだ。なんとも滑稽な姿だろうか。全身にビシャビシャと卵を浴びると腰を引かせながら、
『うわうわっ! このテメェら覚えていやがれっ! “上”に言い付けてやる』
子供達にも劣るような“男”に今まで、命を張って稼いで家族を養ってきた男――父親が何も護ることの出来ない帝国兵に負けるわけがない。
『“無地”の野郎なんざ恐くねえんだよ』
逃げていく帝国兵に民家から強気の声明が発生した。それは一カ所どころの話ではない。
そういった一件一件が城下町のあちらこちらで勃発しては国民にさえ、“兵士”が敗走していく。それだけで付近の帝国兵は元の三割までに減った。
◇
まだ覚悟ははっきりしていないが、その自覚を前に僅かではあるが兵士はしっかりと残っていた。不思議と彼らの軍服は“その無地”が誇りでもあるように輝き、目には弱者としての怯えと闘いへの闘志が宿っていた。
戦士達が一点に向かうと敬礼をした。力なき物でも出来る事があると信じたい。強い者に縋ることになっても、弱者として個を消すことになっても戦う術が欲しい。それが“無地の軍服”が有志兵団となっている所以だ。
「「シガーン大尉っ」」
シガーンは機械の巨槍兵を討つため視界の通る瓦礫の山に登っていた。それは優先して標的になる敵からも注目される無防備な立ち位置だ。その英断になんの狼狽えもないそんな“英雄”に誰もがなりたかった。誇らしき“大鷲の肩章”が輝き続ける。
シガーンは振り返るとたった一言小さく呟いた。
「――指示を出すのは俺じゃ、不向きだ」
――うおっぉおぉぉおぉぉっぉぉおっっ!!
突如、撒布していた瓦礫が吹き飛び、轟音が――――男の叫びが轟いた。
「志高きぃい! 帝国に命をぉ! 尽くす男どもよぉ!」
「「コウノーシャ大尉っ!」」
清々しいほどの豪快な笑みと太陽のようにギラついた眼光で大男が仁王立ちした。
彼が城壁で身体を張らなければこの付近の人々はまず大小さまざまな怪我を負っていただろう。身を挺したその男の傷は深々と腹に入っていたが豪快すぎて心配などするが損だ。
受けた大攻撃からコウノーシャの上半身は裸となったが、大胸筋から日光を弾く。
「さあ、武器を取り敵を睨めぇ! さあ、“英雄”に続けっ!」
コウノーシャが身を翻して背中を向けると背には一切の傷が無かった。一度も逃げたことがない人生が背中で語られている。逃げ傷を負っていない身体が一段と帝国兵の不安を取り除き兵士達はより強く武器を握った。
「指揮官は頼むぜ、コウノーシャっ!」
「シガーン。巨槍兵を墜とせぇ!」
コウノーシャの豪勢に耳を傾けながら僕の耳は微細な音を拾っていた。ひどくがさつく摩擦音に足音の類い、だが普通に歩いているわけではなさそうだ。目で追っても姿はどこにも無いのに城壁の外からコチラへと徐々に近付く不快な跫音。
だんだんと音に慣れると割れるように四つ音が一つのサイクルで展開していた。
光を撹拌した透明に見せたスーツかな。
神林でも“カメレオン”はそれを得意としていた。だけどニオイ。生き物のニオイがしないから城門の外の林道ではなさそうだ。
「――この殺気はどこから来る?」
その時、林道の先に岩の礫の塊を見た。上空に飛び上がった岩の数々だ。どこからその瓦礫を調達したのかと言えば、地面から。
――地面から調達したのに岩が降った?
「違う。あの林道の地形は地盤の緩い滑りと粘り気の強い水分の多い土のはずだ」
だとすれば、この四つ音は匍匐した四足歩行。
この地形で岩の存在があるとすれば、それは――――――地中っ!
あの瓦礫が“穴掘り”の目くらましだとすれば、
「【インパル――】っ」
『撃たせませんよ。“弓の怪物さん”』
『私たちと軽く遊んで下さい』
城壁であった瓦礫が地面に吸い込まれた。いや、正確には地面に掘られた穴に落ちていっている。シガーンは突如、地面から飛び出した二人の剣技を肉を持って行かれながら致命傷を避けた。
「つッ! この野郎っ」
シガーンは切り傷に顔を歪ませながら、瓦礫から回転して受け身を取った。
「近距離戦は苦手ですか?」
「兵士だもんっ! 全く出来ない訳じゃ無いよね」
緊張感の薄い顔のよく似た男女が剣を二本ずつ持っている。身体はまだずっと若い十五・六推定だ。大弓を持つシガーンの“英気”を前に物怖じしない双子は“遊戯”の時間に頬が緩んだ。
「シガーンっ! 近距離戦は俺が代わる。お前はどこか高台に退けっ!」
コウノーシャがシガーンの方へと走り出そうとすると、
――グラッ
未だに瓦礫は地面に吸い込まれて城下町の一部は地割れを起こす。
それを避けることに意識を割かれるとコウノーシャの脚は一度止まった。
「“大鷲”の飾りだけで空は飛べないでしょ」
「レイナ、相手を怒らせちゃダメだぞ」
シガーンが大弓を引く前に双子は交互にヒット&アウェイで隙間を与えない。考えのすれ違いはあれど動きはまるで二人で一人。
シガーンは紙一重に避けることしか出来ず、一方で双子には敵状を見る余裕まである。
「言い忘れたけど、僕は指揮官でもあるんだ。戦術ではどっちが上かな」
「ちなみに今回の陽動とかの参謀は私だよ」
二人は得意げにシガーンとコウノーシャを見合わせながら、“英雄”の及ばぬ所をを上手くついてみせた。それで“英雄”が倒せるとは思わなくとも兵士の士気が大いに違う。
「「――突撃部隊いけぇっ!!」」
――地中から大量の増軍。一瞬にて敵の侵入を許し、そして不利に回った。
「敵の侵入だ。武器を取って戦えぇええっ!」
コウノーシャの指示が明らかに遅れた。それは帝国兵達に逡巡を生みだし明らかに指揮さえも敵軍に劣った。
「コウノーシャ大尉っ! 巨槍兵が再び、光り始めています」
地が割れた以上、重量のある大男に移動は困難。
――であれば、シガーンは助けにいけない。
判断力――――“英断”はいつだって迷いない。
「お前とお前は俺と供に巨槍兵を叩くっ! シガーン一人で持ちこたえろっ! 残りは交戦だ。気後れするなぁ」
コウノーシャは無作為に帝国兵を選び、大斧を肩に担ぐと巨槍兵にむかって三人ほどの小隊で、帝国の外へと進軍した。一方でシガーンは双子に足止めされたまま避ける一方。手も足も出ない。
「くそっ! “増援”はまだかよ。ガキども………………」
――――はぁ、本気でやるぞっ
シガーンの目つきが怒りから狩人へと代わった。軍服を脱ぎ捨てると細身ながらに磨ききった無駄のない腕が露わになった。黒のタンクトップ姿で肩慣らしをすると矢筒からありったけの矢を弓の持っていない右手で持てるだけ鷲づかみした。
「レイドぉー。一人、博士の方に行っちゃうよ」
「マシーンがいるから大丈夫だよ。レイナ。そろそろ俺たちも本気で取りかかろう」
双子が静かになると剣が赤と青に光り出す。
「――もうガキだとは思わねぇ」
「「――僕ら(わたしたち)は二人で四刀流」」
空気がバリバリと剥がれ落ち、僕の臓器が震えを上げるほどに怯えていた。
◆
その頃の王城。
「国王様が今回の襲撃でお呼びと集まりましたがどうしました? 我々は民のために一刻も早く増援にいこうかと思っているのですが」
桃色のツインテールに“竜の軍服”――シャエル大将をはじめとした多くの“特務軍隊”が王間に集まっていた。
「シャエルよー。“いつものこと”に決まってるだろ」
もう一人の青髪に長身の“竜の軍服”――ラグナ大将がシャエル大将に両手を挙げて呆れ顔で答えた。
「“ラグナ”。には聞いてない」
一瞥もなくシャエルはラグナに抑揚のない言葉で応答した。すると敵が向かっているという知らせだけで身を硬直させた臆病な王がようやく王命――――否、“わがまま”をいかにも礼儀立てて申し立てる。
『いつ敵がここに到着するか分からん。“英雄”達よ圧倒的力で“我”を護ってくれ』
「そのために敵を討とうと考えているのですが?」
『シャエル大将、ラグナ大将。君たちは敵が近くにいる今、いかなる時も我の目の届くところにいておくれ。“我が無事であれば国はまた造れる”。――民は二の次だ』
「トイレに行きたいときはどうすればいーいでーすか?」
ラグナは敢えて王にむかって異議を立てた。ここにいる兵達が忠誠を置くのはあくまで元帥様。王様に仕える誓いは一度もしていない。すると、ふふっと“英雄”の集団から笑い声が聞こえた。それに王は安い挑発に息を荒げたが、生意気を許すことこそみずからが生きる術だ。――仕方が無い。
「ラグナ辞めておけ。であれば国王。“英雄”を二人ほど城下町に送りましょう。すれば、敵もいなくなるでしょう」
シャエルがここばかりは妥協できないと王を睨むように瞳で射抜くとしぶしぶと王は首肯した。
『わかった。軍事はシャエル大将に任せる』
「――ではこれより選出する二名は敵を城下町に向かい事を収めよっ」