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道化(どうか)、僕を強くしてください  作者: chuboy
第三章 警備と軽視と啓示
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 淑やかな衣を纏ったご婦人達の様子。“長い物にまかれよ”というのは“教え”と言うより弱者の実体験。生きる知恵を名付けた言葉だとつくづく思う。

 僕は実社会にふれ合って、“下民”という言葉を初めて知った。同種族でもここまで格差の厳しい社会は初めてだ。言葉を交わすことが出来て意思疎通を可能にした上位種族と変わらぬ言語能力を持ちながら“人間”の愚かな面が色濃く残った。


「ラン、どうやら僕も王族とやらをそんなに好くことは出来ないかも」


「実は…………私は“下民”の生まれなの」


 ランは自らの弱点をさらけ出すように弱った顔をして僕の手を離そうとした。その王族の上に立つ僕の“竜の軍服”に仕えたかったのだと思う。たとえ、利用をしようとしていたのだとしても、僕はこの女の子を手放すわけにはいかない。


「話してくれる?」


「…………うんっ」


 僕は左に薄紅に染まったランの右手を。右に一級品のリンゴを携えて帰宅路を進む。まだしばらく明るいのだけど、太陽は赤く落ちてきてそろそろ“電気”が光を照らす黄昏模様。


 僕はランが落ち着いて話し始めてくれるのをゆっくりと待った。


「私は城下町フォースに生まれた一人っ子。“運が良く”帝国内で生まれて、なんの権力もなかったけれどカスターニエ家に生を受けた」


 “運良く”というのは帝国に外から入ることが出来るのは“英雄の召還”の時だけときいていた。ランが冷静にしゃべりはじめたのを僕はじっと耳を傾ける。


「ランの両親だったら、きっと気のとても良い寛大の人なんだろうなぁ」


「……母はそれはとっても。でも父は…………」


「暴力的な人だった?」


 ランの想いの強さは“父親”にあるようだ。心拍の鼓動が変化するのが分かった。



「ううん。――家族を護るためにいつも仕事で脆弱だった」



「家族を護るため?」


 僕は家族を護るのは“家”だと聞いていた。その役目を父親が担っているのだろうか。


「そう。城下町フォースで暮らすためには国税を払わなければいけない。それは“誰であっても”。父は一人で自分の分だけでなく、母の分。そして、まだ物心も付いていない赤ん坊の私の分まで払っていた」


 国税というのは“国民”であるための責任だったと記憶している。ランが幼い頃からその責任に縛り付けられるというのだから酷な社会だ。


「もし国税を払えなかったら?」


「……“国外への追放”。城門を開けることもない――ただ聳え立つ城壁から突き落とされるの」


 そんなことがあれば、――“常人”では命の保障はまずない。


 ランはそういうとサッと手を離して家の方へと小走りに先を行った。話しに夢中になっている間に家の前まで歩いてきたらしい。ランの背中しか見えないけれど今はとても小さく見える。


 ランは玄関の鍵をガチャリと回すとふぅーっと、一息ついていつものように笑顔で、水色のワンピースを翻らせると、



「お帰りなさいませ。今日のご飯は?」


 おもてなしの限りを尽くした。ひとまず、ランの心に踏み込むよりもゆっくりとペースを合わせてあげよう。


「“ランの手作り”で」


 そういうとそのまま一度張り詰めた気を流し、料理をはじめる。手伝えることはなるべく動き、ランが作り出すその香ばしい薫りと食の芸術を補佐して、食卓を楽しく囲んだ。



 ※※※※※※※※※※※



「――ごちそうさまでした」


 僕らは食糧への感謝の気持ちを告げ終えるとお互いに眼が合った。

 そろそろ一度落ち着いた頃だろう。


「それでここに来るまでランは何をしてたの?」


 食器の片付けをすると供に、僕はランに再び話に片を付けるように勧めた。

 ランは一つ意気込むと別人のように真面目な顔をして、答え始める。


「最初は父の店で働いてたよ。――転落死した父の代わりに」


 包丁を洗うランは氷のように冷たく鋭利だ。


「転落死?」


「決して職場は良い場所じゃなかった。お食事処を開業していた父の店にはよく“無地の軍服”連中が“無料タダ飯”に来てた。我々から“税”を取るだけでなく恩着せがましく、警備してやってんのなんのってお代も払わず商品を貪っていった」


 僕が聞いていた“ご恩と奉公”が成立していない。

 店主の恩義に対して兵士は感謝するどころか虚勢を張ってでかい態度を取っていたらしい。


「そんな中、どうやって稼ぎを?」


「心苦しいけど…………同じ国民へと料金のしわ寄せがいって、商品は高騰していったの」


「………………」


 それ以上、聞きたくないとは言えない。だけど、弱い者は従うしかない恐怖を味わいながら、自分も下のものにそうするしかない。そうするしか生きていくことが出来ないのだ。

 優しき者の行為として、自分さえも殺すことはさぞ“生きた心地がしないだろう”。


「とりあえず、洗い終わったし風呂に入ろう?」


「うんっ」


 なるべく日課を壊さぬよう、安定した生活を心がけて僕はランとともに浴場へと向かった。ランも何も言わなくても服を脱ぎはじめる。


 いつもは僕の目をひたすらに気にするのだが、今日は気が立つこともなくただぼーっと裸になっていた。




 ※※※※※※※※※





 僕はいつもどおりランの裸体を拝まないように目をつぶって浴槽に入り、お先に疲れを浄化してランを待った。


 ランが僕の肩をトントンとする合図で目を開ける。



「とあるときね。常連のお客さん。同じ“下民”だったおじさんが兵士に反逆したの。飯屋に無一文で来るんじゃないって。今日も王都セカンドであったようにすぐさま兵士は剣を抜いた。そして――――」


 ランは柔肌にお湯を通して、言の葉を浮かべる。言葉を詰まらせると、ぶくぶくと(*^-^*)半分を水面に潜らせた。


「――斬りかかった」


 僕は代わりに代弁する。ランはそれに静かに頷くと掠れそうな声になりながら会話を返す。



「父はそれを庇った。お客さんを護るのは私の役目だって。かなりの重傷だったけど、生きていた。それなのに………………きゃっ!」


「――国税の徴収かな」

 僕はランが熱く煮えたぎっていくのを感じた。落ち着けるためにもランにお湯を掛けてみた。僕を見たランは深呼吸をすると最後まで話そうと顔を歪ませながら小さな声で声明する。


「重傷で寝たきりだった父は3週間“稼ぐ”ことが出来なかった。国の兵士のせいだっていうのに…………国税の徴収。私が店番を代わったところで父の十分の一しか“稼げなかった”。今までの貯金と私の賃金で払えるのは一人分」


「ランを庇ったんだね」


 僕はランのその小さな声にとても大きな空蝉の願いと助けて欲しい想いの灯火を聴き取った。


「なんとか足掻くつもりで、常連さんの家も必死にまわった。父は今、万全でお金を貸してくれれば店を続けられるから………………って。また父の料理を食べられるよって。だけど………………」


「“ヒーロー”……………………」


 僕らの考えは一致して、反応が返ってきた。だから僕らは言い合いをしたのか。


「私たちを助けてくれる“英雄”は…………いなかったぁ…………ぐすっ」


 ランはようやく感情の正体を露わにした。



 僕はその時、まだそばにいて上げられなかったけど。いられてなかったから…………。


「ラン、君はもう一人じゃないから。これからは僕がいるよ」


 そういってあげるとランは僕に抱きつく。お湯がバシャリと視界を遮り顔に被害を被ったのだが、それ以上にランは僕に柔らかな弾力を与えた。


「わたしぃ…………もうぅ…………しょろしょろ…………限界でしゅ」


「ラン、泣いて良いんだよ」


「泣いてにゃいもんっ。おふりょでのぼしぇたぁ………………だけ……だ、もんっ」





 涙を流して浴場を出るとランはいつもより、すっきりと垢抜けて穏やかな表情をしている。多少なり疲れて目は赤くなっているが、それよりも頬のが火照っていた。


「アマト。――今日は一緒に寝ちゃダメ?」


「――ランがそういうなら」


 僕はランに左手だけでなく、全身を任せることにする。風呂上がり上のシャツ一味でランは僕の寝室のベッドに横たわった。


「後はアマトに出会うまでのお話だね。しばらくは一人で家の仕事の飯屋を続けていたの」


「それで料理の技を磨いたんだ」


 僕もそのとなりに寝っ転がるとランのぬれた髪をはねないように、指を通した。


「私と同じくらいの若い男の人とか、若い層の常連が増えてきてた。まぁ“下民”扱いされて傷だらけの男ばかりだったけどね」


「それで僕に肌が綺麗だねって言ったんだね?」


「うんっ。そうだね。それと同時期。城下町でも英雄の召還が噂された」


「僕とリリィの話?」


「そうっ。飯屋をやってた関係で変わらず、”無料タダ飯の無地軍服”は来店していたからランクの低い情報はいくらでも手に入った。――何でも一人は“竜の育てられた人間”らしいって。兵士達は言ってた」


 ◆


『人間の生活に慣れてないだろうから、粗相のないようにメイドを遣わせる予定なんだってよ』


『かなりの報酬らしくて、王都セカンドから献上するはずだったんだけど、“竜”だったら喰われるかもしてないって誰も立候補しないらしい』


第三中域サードでもダメで城下町フォースから“生け贄”を捧げるらしい』




「――それって、私でも立候補できますか?」


 ◇



「私はそうやって兵士の紹介でアマトの家に来たの」


「ふーん。生け贄かぁ。“竜”は人間なんて食べたことないのにね」


 “竜”が“人肉”を好むなら、まず僕は生きていない。


「私、アマトの元にこれて本当に幸せだよっ。本当は“下のお世話”でもなんでも、奉仕の限りを尽くしてでもなんとか縋りついて生きていくはずだったのに」


 ちょいとうとうとしながらランは僕に向かって可笑しく笑った。


「“下のお世話”?」


「アマトはその辺が本当に無頓着だねぇ……。こんなこと口にした私が恥ずかしいよ……」


 そういうと僕の身体に身を引っ付けて、首に手を回してランは僕の胸で朱色を隠した。


「よく分からないけど、“覚悟”してきたんだね」


 僕は甘えてきたランの頭をなでると、


「ふぅんっ…………」


 くすぐったそうに、そして気持ちよさそうに息を漏らした。


「今度は僕の生い立ちを話そうかなぁ……?」


「ふーぅ…………。むにゃむにゃ」


「寝ちゃったかぁ。また今度にするね」



 ――むにゃぁあ。あまとがまもってくれる。



 ランの寝言は僕の本能を刺激して、誓いの口づけを奪う。

 僕にはどこにしたのかはよく見えなかった。










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