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道化(どうか)、僕を強くしてください  作者: chuboy
第三章 警備と軽視と啓示
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 1


「アマトー! おっはようっ! …………ひゃっ!? 起きてる?」


 ガチャリとドアが開かれる時、すでに僕は目を覚ましていた。

 早朝まだ朝日が届かない少し暗闇がぼんやりとする頃。それが僕の本来の起床時間だった。僕に与えられた寝室。早く起きても何もやる事がない。


 すると、余計に静寂に包まれてしまうほど考えてしまうのだ。

 鳥のさえずりも虫の羽音も聞こえない。水のも花の香りも舞わない。刺激がないとふと物思いにふけるのだ。――師匠がいなくなって二日。

 その空虚な焦燥も埋まりつつあった。


 “人間は一人じゃない”。


「やぁ、ラン。おはよう」


 僕はランが起こしに来るのが待ち遠しくて扉の前で待っていた。


「おはようございます。アマト様」


 豆鉄砲を喰らったように驚いたランは気を取り直すと裾を持って優雅に会釈する。

 ランに起こされるのはとても気分が良い。清々しいその笑顔が僕の頭を冷ましてくれる。


「今日の予定はあるの?」


「“定期訓練”以外にアマトは予定がないみたい…………」

 ランがカレンダーをめくると真っ白だった。人間の暦はだいたい理解している。

 それを目の当たりにしたからこそ、会話に空白の間が生まれた。


「へっ!?」


「どうやら、『人間の文化に触れて自由に過ごすように』とのことで……」


「そっかぁ…………。じゃあ、適当に王都セカンドをまわってみようかなぁ」


 やっと目的を持って行動できるはずだったのに僕に課せられた任務はないらしい。

 気晴らしに部屋を出ようとしていたことは間違いない。少々、不安は大きいけれど“人間”とのコミュニケーションを知るためには、まずは“文化・風習”を感じたい。


「ラン、僕のお出かけ用の服はある?」


「いくつか用意があるから持ってくるね。それから…………」


 ランは首肯とは別に首をかしげた。両手で唇を遊ばせて発言をこまいている。


「どうしたの、ラン?」


 僕は最大限、気を張り巡らせてランに笑顔を投げ掛ける。すると、ランからも微笑みと頬の赤らみが返ってきて、



「――私もご一緒して良い?」



 ランはそう一言を紡ぐとくるっと一周ドレスを着飾って見せた。美しい香りと鼻をくすぐって、ひらひらとした見た目が僕を無意識に頷かせた。だって、僕も独りぼっちは嫌だったから。勇気を持って僕から誘うはずだったんだけど…………。


「もちろん! ランっ、お願い」


 先を越されたのは僕としてはちょっと恥ずかしくて、かなり嬉しかった。





 ※※※※※※※




 僕の慣れない着替えは時間がじわじわとかかった。この服も軍服も同じ服だというのに肌触りも良いし、涼しくて快適だ。それに何よりも“軽い”。重量もその肩章を背負う気の持ちようも。今日はこの“竜”を背負わなくて良いと思うと、僕は口を大きく、『あ・い・う・え・お』と動かした。表情のこわばりも全身の血の通りも“通常”通りだ。


「おまたせっ!」


 僕がゆっくりとリビングのソファで楽にしていると二階の寝室からランが降りてきた。

 ランのくせっ毛カールのマロンショートは綺麗に纏められていて表情がパッと一層明るく見えた。前髪が後頭部へと集まって、キュートな額が露わになっている。



「わぁ…………」


 ――“ポンパドール”というヘアスタイル。


 そして、爽快な水色がかったワンピースがランの純真さを体現しているほど似合っていた。メイド服に隠されていたランの素の部分をのぞき見ているような、若干の気負いと満足を感じていた。


「あれれ、アマト。襟が変になってるよ」


 ランが僕の襟を直そうとすると自然に距離は接近する。ランにいくら身体を触れられようと僕には警戒心はないのだけど、ランは僅かに僕の前で甘い息をこぼす。襟を直し終わるとすぐに離れることはなく、ランは僕の胸をなぞって見せた。

 少しくすぐったいのだが、我慢強くランを見つめ続けた。

 するとランは僕の心臓のあたりを摩ると口角をほんの少し上げた。


「アマトはここがドキッと跳ね上がる事はないの?」


「そりゃあ、命の危機を感じたときかなぁ……」


「えへへ……。確かにそうだよね。やっぱり、アマトは他の人と変わっていて面白いねっ!」


「今日は頑張って勉強するよ」


 そのための“王都セカンド”の観光だ。周りからはみ出し物にならないように上手く世の中を知るほか無い。



「――アマトは変わらないで欲しいなぁ…………。でもぉ……もう少し女の子を分かって欲しいっていうのはあるよ」



 ランは聞こえないように小言をぼやいたのだと思う。それでも、僕のこの耳には届いてしまった。だから……、一瞬、考え込んでしまった。


 詮索しないように気を使っていると、その顔を見たランは僕に向かって、


「――早く行こう?」


 今までと変わらない笑顔を咲かせてみせる。僕の頭に突っかかった疑念をその笑顔は浄化した。僕はこの気持ちをいつか解決してみせる。

 今は理解できなくても、ランのその“悩み”に手を差し伸べたいんだ。



 ――今、ランが僕にそうしてくれているように



 僕はランの手を取る。ランがすぐさま指を絡めてきたがランがしたいように左手を任せ、ランの華奢な手を“離さないように”“壊されないように”優しく握った。


「よしっ! いくぞ、ラン」


 僕は左手をランに捧げて、右手でドアの戸を引いた。確か、この取っ手をひねると。


 ――ガチャリ


 明るい太陽が僕らをお出迎えしてくれる。



「今日は良い天気だねー」


「昨日は雨に降られもんね」


「“英雄”様が手を出したら簡単に“天気”くらい変えられるのにね」


 ランは皮肉を交えてそう言っている気がした。僕らは何気なく、丁寧に舗装された道なりを歩み始める。

 道にはおしゃべりのつぼみがたくさん落ちている。その一つ一つを僕らはきっちりとした言葉に咲かせる。


「ランは“英雄”が嫌いなの?」


 ランは少々くらい顔をして見せた。それでも向き合っていくのが僕の勤め。

 ――“人間”にふれあうことだと思う。


「“ヒーロー”は好きだよ。――――嫌、好きと言うよりいてくれたら良いのに思う。本当の“ヒーロー”なんてただの幻想だよ…………」


「ラン……?」


「ごめんね。“軍服の英雄”様にあんまり良い思い出がなくて…………突然、恐い顔してびっくりしたよね」


 ランは笑顔を強いた。それは僕を安心させようとしてもランの心を傷つけるだけだ。それではランは報われない。ランが苦しむことを野放しにしては僕も落ち着かないことになる。僕はランを励ましたいと奥底から思えた。


「“ヒーロー”はいるよ。ランは知らないだけ……」


「何を言ってるの? いくら世間知らずって言っても“こども”じゃないんだから」

 ランは僕の事を世間知らずと言った。確かに“人間の世間”は知らない。だけど、


「確かに僕は人間の“マナー”は知らないけどさ。僕だって人間が知らないことをたくさん知ってるよ。“ヒーロー”はいるんだよ。――きっといつか会えるはずさ」




「そのヒーローはこんな私でも助けてくれる?」




「…………それは分からない」


「なーん…………だ。残念だなぁ…………」


「だったら万が一、ランがピンチの時にヒーローが姿を現さなかったら代わりに僕がランを助ける」


「主がメイドを助けるなんて聞いたことないよ」


「だからそれは“人間のルール”だよね?」


「ホントに面白いね。アマトは……」


 僕はランの気をほぐすことが出来たと思う。だってランの握る手が強く返ってきたから。



 すると遠く前方の方から、“軍服の見回り組”が確認できた。

 僕の鼓膜には嫌な毒が次々と聞こえる。


『おいおい。見ろよあいつ』

『下民が手を繋いで“見かけ倒しの竜”にこび売ってるぞ』

『“竜”様も下民も哀れだなぁ。自分たちがこの王都セカンドで歓迎されてるって勘違いしてんだから』


 “軍服”の気配から任務で王都に呼び出された“無地の帝国兵”だろう。

 自由行動であれば、“大狼以上の軍服”でなければ、王都セカンドへの入門は許可されていない。帝国兵にとって、アマトとアマトのお零れのメイドは羨ましい限りだろう。


 “見かけ倒しの竜”の悪い噂が帝国中に流れていれば、僕への睥睨する目線も分からなくもない。このままではすれ違うことになるだろう。


「ランっ! 僕は右に曲がりたいなぁ」


「ええっと、なんで急に…………?」


 ランにだって正面に帝国兵がいることを視認したに違いない。苦悶の舌打ちを口の中だけで弾かせて、僕の言葉にがっかりしたように見合った。


 ランは僕に毅然とした態度をして欲しかったのかもしれない。

 それでも、お互いのために避けて通ることは必要だ。それが逃げたと思われてもランを護るための行動であれば、――“僕の体裁”はどうだっていい。


「ごめんね。ラン、これは“命令”なんだ」


「かしこまりました」


 ランはそう言うとなんの抵抗もなくついてきた。


『もしかして、逃げたのか?』

『ほかっとけ。“俺たちみたいな無地”はまっすぐ帰らないと罰則だぞ』


 僕らが右折して一本細道を抜けると、そこは開けた噴水広場になっていた。

 中央のオブジェクトから涼しげで快適な雰囲気が噴射され、その水分で虹がかかる。

 虹間から輝く情景が街を賑やかにしていた。“繁華街”と言われる場所だ。

 “王都セカンドの貴族”は僕らと同じようにお付きの人と二人三脚で買い物をしている人が多い。


『いらっしゃいませー。クオリーダ家の最上級のリンゴ、いかが?』

『奥様、こちらはシーンセンド商会の上物、帝国牛の“竜”ランクですよ』


 商人達は宝石を売るかのように厳重な警備を設けながら“婦人”を中心とした“常連”さんに今日のおすすめを売っているようだ。


「今頃、“王都”の本堂では王族たちが集まって、“国事”という名目で怠けた食事会をしている所だと思う。その間、ご婦人は執事などを付き添って、この大商店街市場へと買い物をするの。販売はどれも一級品ばかり……。王族に認められた商店しかこの王都セカンドに出店は出来ないからね」


「ランは普段、ここで食料の調達を?」


「……ううん。無理を言って“売れ残り”を家に送ってもらってる」

「――私なんかじゃ到底買えないものばかりだから」


 ランは遠慮している…………のではなく、王族そのものに嫌悪を抱いてるように近づこうとしない。それでも逸脱した“食の香り”を堪能したいのは当然。


 僕はランの腕を引いて、ご婦人の間をかき分け店先に立った。

 ご婦人からは目を丸くされたり、煙たがれたり、汚物を見るような視線まで感じる。

 それは予想以上に恐かったけれど、それ以上に“食欲”が僕をそして喉をゴクリと動かすラン――僕らを動かした。


『いらっしゃ――――――うん。ランジャ=カスターニエくんじゃないか?』


 確かにランは店主と面識があるようだ。確か、ランの本名がそうだったと思う。


「おじさん。その“リンゴ”一個頂けませんか?」


 僕は赤い宝石の輝きに引かれて、“一番”良い香りのする“リンゴ”を選ぶ。


『コチラのお値段はですね。えっと……』


「――――それは私が買おうとしていた物でしょ」


 すると一人の“婦人”が割り込んで店主に怒鳴りつけた。うるさいぐらいの装飾と権威を振りまこうとしている姿はどうにも、醜く感じる。


『ごめんなさい。この“リンゴ”はもうこの男性に売るところでして……』


「ふーん。じゃあ、ここで店を開くのは“今日”限りね」


 店主は自分の誇りと命を天秤にかけたのだろう。白髪の混じった眉をひそめたが意を固めて目を開いた。


『そうであっても私は彼に“リンゴ”を売ります』


 すると年季の入った店主は僕らへの敬意を称することを覚悟してくれた。

 そのおぞましい姿を周りは誰も止めないものだから、おかしな統制だと僕は感じる。


「アマト、買うのを辞めよう」


 ランの方が心を押し殺して店主の命を“大事”にしたがった。でもランの腕は僕に力を求めてる。握った手は熱く震えたまま怒りの牙を必死に隠している。


「やっぱり、僕が買います」


『安物の服を着るアンタに何が分かるんだ? そもそもアンタはこの会話に入る視覚もないのよ』


きたないその物言いは服よりもあなたの見た目をよごしますよ。それは一生落ちることのないけがれだ」


 こんな形しか出来ないけれど、僕はやっぱりランを護って上げたかった。


『おい、護衛兵。コイツを私を罵倒した罪で斬れ』


 ご婦人は相当なご身分のようだ。護衛として“大狼の軍服”を一人連れていたのだ。

 その護衛兵は僕の前に立ち、剣を地面へと突き立てた。

 そして、婦人の方へと向くと、






「お言葉ですが、彼は“大将”。我々で収まる相手ではございません。ここはご婦人も怒りの刃を収めてはどうでしょう?」




 “定期訓練”でリリィの相手をしていた剣豪“ダイオ中将”だった。


『たっ、“大将”様でしたか。失礼いたしました』


 すると、ご婦人は女狐のようにサッと言葉を訂正し、態度を一変した。


「ダイオさん…………。助かります」


「いえ、アマト大将。お互いに楽しい買い物で終われるように努めましょう」


 お互いにこの件には咎め合わないという意味ととれた。


「そうですね」


『“大将”様。お買い上げありがとうございます』


 ランが対価を支払うと僕らはその場を離れようとした。




 すると、ランの脚動かなかった。僅かだけど反発を受けたのだ。

 ランの視線は哀れむように道の反対側にある食事処に目を向けていた。正確にはさらにその中の――たった一人の少女。

 食料が得られず、痩せ細った一人の少女。僕の経験値では商人の娘と推測できる。なぜなら。商人達は“人間”ではなく“商品の付加価値”にしか思われてないからだ。

 さきの老商人も決して楽な生活を負っていない。あの目力には王族に反逆の意志を滾らせているようにも見えたから。


「大丈夫だよ。ラン」


「へ?」


 残飯を投げられ、罵倒を浴びせられ、少女を絶望に追い込むその情景とともに、一人の男の寝息が荒く轟くのが分かった。



 店内で一番上質なソファに脚を上げて寝るその男――眠れる魔王が目を覚ます。


 ――ラグナさん、頼みます。


「――てめぇら、女性を大切に扱いやがれ」




 ――“竜”の咆哮。

 たったその一言だけで風見鶏のように皆、方向をかえ、少女にご飯を与えて絶望はやんだ。


 良い物と悪い物は境界を曖昧に寄り添って立っている。一概に悪いとは言えない。

 だからこそたちが悪い。


 善悪が混沌とした中を僕らは家へと踏み出した。








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