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僕は闘技場の中心へと降り立った。シャエルさんもラグナさんも、そして――僕も緊張などはしていなかったんだと思う。この時は、そう
“嵐の前の静けさ”
そういう奴だったんだ。
僕は“訓練刀”を手にして攻防一連の流れを辿ってみる。僕の一つ一つの動作はすべてスタンドの視線に串刺しされていた。やっぱり注目を受けるのに慣れていない。集中力が欠けていたのは確かだ。
それでも“竜の軍服”の三人の中で少なくとも僕が一番気構えているに違いなかった。シャエルさんは髪留めを口に咥えて、ツインテールを解き直しているし、ラグナさんは全身の骨格をバキバキと矯正しながらあくびしている。
「はぁあーあ。そんじゃ、そろそろやる?」
「まって“ラグナ”。もうちょっと」
何工程あるのかは分からないが今はシャエルさんは髪をブラッシングしている所だ。
「シャエルー。どうせまた乱れるだから良いだろー。時間がもったいない」
「普段“放任主義”のアンタが時間がもったいないとか言うな。乙女に対してなってない」
ラグナさんの纏められた長髪はところどころ撥ねていて、適当に結んだだろうなと察した。ラグナさんが頭をガシガシと掻くと余計に髪は自由奔放に散らばる。
「誰も“乙女”だなんて思ってないよ」
「僕は“乙女”というのが分かりませんが、優しい女性だと思ってますよ」
「ふーん♪ アマト、ありがとっ。こういうのが“紳士”っていうのよ。“アホラグナ”」
ようやく片方の可愛い桃色髪の羽根を取り繕うと、今度はもう片方に取り組みはじめた。
シャエルさんが後ろ手に髪をいじっていると少女体型のボディラインが見え隠れする。流線はおだやかで男の子に近い体型をしていた。上から喉仏はなく、胸のラインも穏やかでおしりに掛けても引き締まっていて、“平坦”だ。なんて可愛らしいんだろう。
これが“乙女”という美少女?
「――んじゃぁ。アマト俺らで先にはじめちゃおうぜ?」
ラグナさんは待ちきれないという一心であきれ笑いを含めて肩をすくめた。
「わかりました」
僕とラグナさんは十分な間合いを取った。
正対して訓練刀を中段に構える。
剣先は相手――ラグナさんの喉に向ける。
体重は均等に重心を落として………………。
――闘技場全体に嵐が訪れた。誰もが言葉を失う覇気の台風。
同類の“英雄”でさえ――、否、英雄を逸脱した力を前に。
観覧席には吐き気を催すものや冷や汗を流すもの、小動物のように小刻みに震えるもの。
――僕はそのすべてに当てはまった。
「――――殺るぞっ」
僕の直線上で悪魔が囁いたようだった。血の気が引いて思考の半分は停止した。筋肉は強張って重心は無意識に後ろへと動いた。狼狽えたのだラグナさ…………、“ラグナ”を前に。
いつもの笑顔が狂気に満ちてるようだ。僕の視界には誇張されてラグナに角や牙が生えてるように見える。禍々しい混沌の誕生を物語る“魔王の素質”。
嬉嬉とした戦闘狂が動いた。
爆発的な踏み込みを伴って僕に直進を見せた。その剛健の肉体のさまは弾けて、肉薄する。
――暴力的で迅速な初太刀。
“大鷲”と“大狼”の“前哨戦”が、まるで――――“お子様の遊戯会”であったのかの様な大気を引き込む、一振りが襲いかかる。
かろうじて僕は重心が後ろに傾いていたのを利用してバックステップ。
「【真空刃】っ!」
ラグナの雄叫びと供に力強く振った水平斬りは大気を伴って、刀身から衝撃波を生み出す。当然、後ろに飛んだ僕には、
「あぶっ! ない!」
豪風に逆らわず身を流す。かなり後退を図ったが、ラグナは“追撃の気”を放って止まらない。
「最初から腰が引いてんじゃねえかぁ」――【覇王斬】
――速過ぎる。
宙に舞う僕が着地する前に間合いに入られた。剣を構えてラグナの一刀にぶつける――――はずだった。
刹那、背後を取られ背中に衝撃が必中した。
――バリバリっ! バリィイイイイっ!!
大気から亀裂の入る二振り目。豪快な一撃を僕の背中はもろに受けた。
僕の意志に関係なく身体は吹っ飛ぶ。
「アマトっ!?」
観覧席ではリリィの居ても立ってもいられない一言が発せられていた。拳を強く握るのだが――――そんなことは無力の限りだ。
「リリーナ少将。致し方ないことだ」
「ダイオ中将っ」
「気の毒だが半端物が“竜”を着たところで帝国兵の誰にも認められんし、定期訓練のたびに重傷を負うのみ」
「私は…………それでも、何も知らない彼に“同情”をしてしまいました」
リリィは気を弱くして、小言を初めて吐いた。
「若さ故だ。悪いこととは言わない。――――だがな、ラグナ=コロッセオ大将。彼の前になす術はない。彼は“無技の魔王”と呼称されている」
「その噂は当家でも…………。“持ち技”の無い故にすべてが必殺級の攻撃っ…………」
「そうだ。今のをもろに喰らった時点で脊髄は逝っちまっただろうな。しばらくは立ち上がることはおろか、動けまい」
凄まじい速度で吹き飛ぶ僕に一通りの観覧席の声が耳に流れた。やっぱり、聞きたくないことがほとんどだ。やっぱり耳が利くのは嫌だ。
“大鷲”の連中は“期待外れ”と“死んじまってもしょうがない”と。
“大狼”も僕を見放すような物言い。所詮僕は“竜”に名を喰われた“人間”だ。
「くっ………………うおっと」
僕は地面に押しつけられると片膝をついて、なんとか起き上がった。ラグナの猛追はすぐそこまで来ている。僕にとどめでも刺しにきたのかもしれない。
「こんなので腰が抜けたなら、“元帥”にも死んだ後に伝えといてやるよ。俺が解放してやったってな」――【刃王切断蝕】
僕はかろうじてラグナに一矢報いて、鋼玉の訓練刀をぶつけた。
――しかし、同じ材質に同じ外装だというのに僕の方は枝のように折れた。
これが“才能”の違い。
「――――っひぃ!!」
僕は頭を下げてなんとか首の皮を繋いだ。
しかし、
「――ふんっ! 最後の覚悟だけは覚えておいてやる」――【魔王の君臨】
ラグナの全身全霊の踏み込みから。
流れゆく一刀の煌めきが覇気を寄せ集めて。
僕の空いた脇腹に吸い込まれるように召還された。
――――ドドシャグラグタララガウタジジザジャナ…………。
僕自身は何の予兆もなく闘技場の壁に埋め込まれた。
「あぁ、ラグナ大将の鋼玉折れてるよ」
「鋼玉を折るなんて、どんな力してんだよ。アマトさんも原形とどめて無いだろうな」
「刀で逝かれた方がまだマシだっただろ」
「アマトぉ。アマトっ!!」
「リリーナ中将、近くに行ってあげなさい」
誰もが僕に祈祷を捧げる中。――ただ一人。
ラグナさんは僕を見て驚くような表情で僕の身体を目にした。そして心から笑みをこぼした。馬鹿馬鹿しく高らかに言った。
「テメェ、このやろう」
おそらく、このラグナさんの声が聞こえたのは“僕”しかいないだろう。
その僕は瓦礫の布団に押しつぶされて“終わった”つもりでいた。
天気が不安定だった寒気を感じる曇り空は追悼を指すように。涙の様に雨を降らせはじめたのだった。
「――まだ、やるぜぇ」――【魔王の剛拳】
剣が無くしたラグナさんの拳からは衝撃波が膨らんだ。目に見える覇気が光線状に飛来してくる。
「おいおい、ラグナさんまだやるのかよ」
「どういう人間性してるんだよ」
観覧席の連中には止めようもない“大将”の気まぐれ。それでもそれを遮断するように僕の前には一人仁王立ちした。
「――【エグジル・エッジ】」
宝刀ジャンヌ・ダルクの二刀より閃く業火の十字星。
「リリ…………ィ?」
身を挺して僕を護るつもりで来てくれた。
――僕なんかのために。
僕は雨空の中、それが何よりも眩しく見えた。暗い天気がリリィをより輝かしく見せるならそれも悪くない。
状況は至って簡単だった。
リリィの十字架の業火はいとも簡単に気圧されて遮蔽にもならない。僕は壁に埋まったまま動かない。リリィはダメ元で、剣を握ったまま怯えていた。
未だに歴然の差に身体が強張っていて…………それでも、僕を護るために。
相殺撃――【剣聖乃護衛】を構えていた。
絶対なんて保証はない。それでもリリィは躱すという選択肢はなかったのだと思う。その後ろ姿はなんともかっこよかったし、だって、
「大丈夫よ」
――そう言ったから。
リリィの剣とラグナの豪撃がぶつかり合うその瞬間。
「――【不可侵領域】」
見えない壁に二つの威力は遮断された。轟音が鳴り響き、ラグナの方は威力の爆発に凄まじい砂嵐が返っていく。一方で静かなリリィの刺突には無反応であった。
そして、衝撃が収まるとその壁はもとより何も無いように消滅した。
「おいおいっ。お前が止めるのかよ。――――シャエル」
「殺傷は禁じていたはずだよね」
シャエルさんは上空から闘技場を見下ろしていた。まるで“見えない床”に立っているかのように。
「だったら“胸”の貧しいお前が俺のこと満足させてくれるのかよっ?」
「“触れたことのない”くせに。実際は私だって――柔らかいわよ」
「今日こそはその嘘――――暴いてやる」
「やってみなさい。私の聖域を破れるならね」
「この時のために技を一つ創ったぁぁぁぁあ」
「来なさい」
「言われなくても、行くぜっ」
「【アルティメット・パンチ】っ!!」――【魔王の蹂躙】
「聖域乃箱庭【アウフ・エールデン】」
二人を観覧席から遮蔽する球体が出来た。それは物体の行き来を許さない。シャエルさんの力に間違えない。シャエルさんの纏う力は“分断”と“防壁”の見えない壁。
その壁を相手を分断するように扱えば究極の切断技となるわけだ。ラグナさんでも次々と逃げ場所を奪われていけば、勝ち目はない。
目の前の別次元では、次元の違う闘いが鳴り響いていた。
そんなものをキョトンとした目で釘付けになって“英雄”が観戦していた。しかし、一人の動きは違った。
「アマトっ!? 息はしてる。絶対に動いちゃダメ。安静にして」
「やぁ、リリィ。助けに来てくれたんだね」
「意識は正常なのね。しゃべっちゃダメよ。“砕けた骨”が治らなくなる」
リリィは僕を押しつぶす瓦礫を丁寧に取り除き、触診をしていく。若干、手のひらが冷たくてくすぐったいのだ。
「いいよ。リリィ大丈夫だって」
「そんなことは…………」
リリィは僕の太くも細くもない“人間”の身体を触ってだんだんと表情を変えていった。それは心配の一心で顔をゆがませていたのとはまた違う。
驚きに目を開いた。
「よっこらせっ!」
僕は伸びをして、肩を揉みながら自ら立ち上がった。
そして、僕を心の底から見てくれたリリィに手を貸して僕らは立ち上がった。
「うっ。嘘でしょ………………」
「ごめん…………、リリィ。認めてもらえなかった。剣を持つの初めてだったんだ……」
リリィは何も言わず、パッと笑顔を咲かせ僕に抱きついてきた。
滲んだ涙が枯れるとともにシャエルさんとラグナさんの衝撃で雨雲は吹き飛んだのだった。
「アマトが無事なだけで十分。あの“ラグナ”を前に生き残った。それだけで私はアマトを認めるから」
「ありがと…………リリィ。苦しいよっ」
絶対の防御技一方のシャエルさんに立ち向かうのもキリがつくはずがなく、消化試合となって終わった。
けろっとした態度で遺体を見に来た二人の“竜”がやってきた。
「あれっ? 珍しく幽霊が見えるわ」
「シャエルさんひどいですよ」
「だから言ったろ、“束縛女”。邪魔するなって」
「ラグナさんも言葉遣いに気をつけましょうよ」
二人は何やらニヤニヤとして、
「ようこそ。帝国へ」
「“アマト大将”っ!!」
僕は二人の激励を受けたのだ。もちろんそれに値する器ではないことは自覚している。
「シャエルさん、ラグナさん。なんで?」
「私たちの闘いをみて態度を変えない奴はそうはいないわ」
「それに身体も無傷なんだろ? さすが“大将”」
ラグナさんは今ではなれ合いを求めて僕に肩を組んできた。
「ラグナさん……。いやいや、そんなおだてられても」
「ただ今日の観戦をしていた私たち以外はあなたを認めてないでしょうね。弱小の軍人として茨の道を歩むことになると思うわ」
「気が弱いところを強くしような。アマト」
僕は今日の訓練で少なくともリリィとシャエルさんとラグナさん。三人の心意気に感謝しなければいけない。なんとか励ましをもらって、認めてもらったんだ。
※※※※※※※※※
「ランっ! ただいま」
「――アマトっ!!」
するとランは僕に突如として抱きついてきた。その柔らかな膨らみが真っ先に僕に密着して形を変えるのだが、
「どうしたの? ラン」
「ボッコボコにされて死にかけてるって聞いたから」
「悪い噂だな…………。そうだとしたら、けが人に急に抱きついたらダメだろ」
「そんなの私は信じなかったから」
「ランっ…………」
「アマト様。お帰りなさいませ」
ランは僕に抱きついて乱れたマロン色の髪、黒と白のモノクロで美しいメイド服を正すと手を添えてお出迎えしてくれた。
「ただいま」
「ご飯にする? お風呂にする? それとも………………――」
「ご飯にしてくれ。手作りの良い匂いが待ち遠しいよ」
「わ・た………………。はっ、はいっ! 了解」
ランはあたふたとリビングの方へと歩いて行った。やっぱり、ランは時々僕から顔を背ける時がある。そのときのランは顔を必ず顔を赤くしていて心臓の小さな音が僕の耳に届くまで高鳴る。
「ランっ! 今日も一緒にお風呂に入ろう」
「――――へっ!? はっ、ははは。はい」
――うーん。どうやら、まただ。
僕は自分を信じてくれる“人間”たちのためにも恥ずかしい行動を直していかなきゃいけないなぁ。
――どうか、僕を強くしてください
今回で、二章完結になります。
タイトルコールを挟みましたが、終わりではありません!
まだまだこれからです(^_^)/~
これからもよろしく御願いします。次回の更新は2017/9/12(火)予定になりますm(_ _)m