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日輪の異端審問会  作者: 称名湖畔
4/5

リック=フレイザーという男①

俺ことリック=フレイザーは王国の南方の片田舎で生を受けた。

家は敬遠なテダンの信徒として村の教会の運営に携わる一方で畜産を主とし何代も続いていた。

これは後に知ったのだが、父は婿養子として家に入り俺が生まれたらしい。

暮らすには何不自由なく食べるものにも寝るところにも困ることもなかった。

それどころか、不作の農家がでれば村が一丸となってお互いに助けあっていくそんな暮らしだ。

なぜならば村から少し離れればゴブリンやオークといった蛮族が跋扈しており、人の団結は必要不可欠なものだからだ。

どの村の中にも必ず1つは教会が建っている。

その中に、蛮族除けの結界となる魔法の品が収められているという話だが一度も見たことは無かったが、現に暮らしていて村の中で蛮族や魔物が出たという報告はなく時折森から逃げてきた狼などが羊や牛を食べるというくらいである。

教会の方針で、一定期間はどこの子供にも教育を受けさせるべきだというものがあり、どの村に住む人も必ず1回は王国内に複数点在する都市部で学校に通うことになる。これはテダンの教えを理解させ、人種が団結するべきだと教わるためだと聞いた。

かく言う俺も来月から都市部に通う年齢になっている。学校に通い始めるのは13歳からで5年間から6年間という時間をかけ、村に戻ってくるのが一般的であった。



 日課である巻き割をしていると遠くの方からこちらに駆け寄ってくる顔なじみが見える。

ふわりと裾が広がったスカートに素足の見える靴。肩をむき出しにした少し大きめの同じくふんわりとしたブラウス。

年齢にしては少しませて恰好なのではないかと思うがよく似合っている。

大きく手を振りながら天真爛漫に笑うその顔は陽の光を浴びてより一層輝いて見えた。

またその光を反射するようなブロンドの髪が美しい。


ませているのはどっちだと自分に言い聞かせ幼馴染に向かって手を振り返す。


「おはよう!リック!いい天気ね!」


「おはよう。エヴリン。もう少しで巻き割り終わるから待っててくれるか?」


うん!とうなずきいつもの調子で裏戸から家の中に入っていく。

中から「おはようございます!おばさま!」と聞こえ和気あいあいとしているようだ。

俺も残った薪が僅かだったので力いっぱい斧を振り下ろす。そして最後の一本を斬り終えると家の中からエヴリンが「リック朝ごはんだって!」と当たり前のように伝えに来るのだ。

もうこれは何年も続く習慣になっており、二人にとってもお互いの家族にとっても当然のことだった。

エヴリン=ワイズは今よりもっと幼いころこの村に引っ越してきた。両親は都市部で商いを行っていたが、その商いもひと段落して一線を引いたワイズ一家は父方の生家だったこの村に戻ってきたということだ。

年齢が同じという事もありエヴリンと俺はよく遊ぶ仲であり今では毎日のように食卓を囲っている。

簡素な木製のテーブルの上には朝詰まれたばかりの野菜と庭で飼っている鳥の卵を蒸したもの。エヴリンが持ってきたパンにコーンのスープ。

僅かに軋む椅子に座り食前の祈りをする。


「太陽神テダンよ。われらに恵みの糧を与えてくださりありがとうございます。」


母とエヴリンと俺は祈りを済ますとそれぞれがおもいおもいの物に手を伸ばす。

父は毎朝日が昇る前に牧場へ向かっており、朝は同じように卓を囲むという事は珍しかった。

しかし別に寂しいという気持ちは不思議と湧かなかった。。

エヴリンの両親も定期的に都市部に出かけており、エヴリンの気持ちを考えるとそちらの方が寂しく感じるからだ。


「そういえば、もうすぐになるのね。貴方たちが都市部に行くのは。」


どこか寂しいような声色で母がぽつりとつぶやいた。考えてもいなかったがその言葉で俺はハッとする。

エヴリンと俺が学校に通うようになったら母は1人で朝食を食べるのだ。1人での食事ほど寂しいものはない。それも1日ではない。5年もの間だ。


「......あぁ。俺、寂しいけど都市部で頑張ってくるよ。頑張って頑張って、かーちゃんが楽になるように、いっぱい学んで戻ってくる。」


「そうよ。おばさま。私だって立派になって戻ってくるわ。」


とエヴリンも同じことを思ったのか母の手を握った。俺はじっと母の方を見ると、寂しさから徐々に明るい朗らかな顔に戻っていくのがなんとなくだが察することができた。

その目にはうっすらと涙さえ溜まっているように見えた。

そして再び他愛のない話をしながら食事は進んだ。

俺は学校から戻ってきてもこんな生活がずっと続けばいいと思いふとエヴリンの方に視線を送ると、エヴリンも同じようにこちらを見ていて目が合い気恥ずかしくなってお互い視線を逸らす。それを見た母はうっすらとほほ笑むのだった。


 朝食を終えエヴリンとは母が洗い物をしている間、俺は森にある秘密の湖に出かける準備を整えていた。

森と言っても危険な場所ではない。

村から離れているわけでもないし教会の結界内なのでせいぜい出ても狼くらいだろう。

狼は人を警戒しているのか、滅多に襲ってこない。それどころか、人になつくものもいるらしい。とは言っても準備をしないことに越したことない。

弓と数本の弓、草木を狩る用の小さい鉈を腰に下げ釣り竿を二人分と手作りの餌を鞄にしまい込む。

エヴリンから声がかかり階段を下りていく。エヴリンの方も用意が出来たらしくバスケットと水筒や、父に持っていく弁当を手に持っていた。

母のこだわりで、できるだけ出来立ての物をという事で毎日二人で弁当を持っていくのが日課になっていた。いってきます。と母に声をかけ、少し整備された道を二人で歩く。


途中赤子を連れたレイシー夫婦や、しわくちゃ顔のホプナ婆さんと少し会話する。薪をいっぱい切ったから持って行って欲しいとか、今日はいっぱい野菜が採れたから家に持っていくねとか。村に住む皆はみな家族同然だった。

さらに弟分のジョンには伝わってなかったのか、来月都市部に行くと話したら大泣きされてしまった。

そうしているうちに広い牧草地に出る。

石垣で道路と隔てられた草地にはゆっくりと歩く牛や羊がのびのびと過ごしている。

そんな牧草地の中にぽつりと建っているテダンの教会は近いうちに建て直しがあるそうだ。

10日に1回は早朝の礼拝に通っていたので、思い出深いが新しくなる事でより皆が通うようになったら嬉しいとさえ思える。

牧場を管理している人たちの共同小屋が見えてきた頃、さーっと肌を撫でるような爽やかな昼の風が吹き、草木を揺らし太陽の恵みを表すかの如く俺たちの背中を押すような気がした。


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