牢獄の中で③
アルフォンスは懐から銀色の何かを取り出す。
よく見るとそれは鍵の様だった。
どこか古そうなもので都市からの明かりで僅かに鈍い光を放っている。
アルフォンスが何もないところに向かって鍵を回す。かちゃりと音がして、鍵を回した先に扉が現れる。
「それは......魔道具か?それも相当の代物だろう?」
「これは、太古魔法文明の頃のものと言われている。随分と前に譲り受けたものだよ。」
太古魔法文明――王国が成立するよりもはるか昔に滅んだ文明だ。世界中に数多くの遺跡や魔道具が今なお眠っていると言われており、とてつもない力を秘めているものも見つかっているという話だ。
一攫千金を目指すトレジャーハンターや、国を挙げての採掘をしていることもあるそうだ。目の前の鍵も多くの人が求めるものだろう。
「さぁリック。君の素晴らしい仲間をこれから紹介しようじゃないか。」
「あぁ、今行く。だが少し待ってくれ。今少し顔を整えたい。第一印象はよくしておきたいのでね。」
この牢獄生活で慣れたものか手際よく剃刀で顔触って、剃り残しがないかを十分に確かめた。
軽く髪の毛も整えて埃を落とす。
この7日間世話になった剃刀にキスをし、登ってきた穴に投げ落とす。
「ちゃんと返したぞ。世話になったな......。すまない。どうだろうか。」
「そっちの方が初めて会った時より、素晴らしいよ。」
俺はアルフォンスに続いて扉の向こうに続く空間へ足を踏み入れた。
扉を抜けると、そこは薄暗い廊下であった。
天井からは僅かに差し込むに映し出される香草を焚いたであろうと思われる靄が少し煙たい。
黙って前を歩くアルフォンスの前についていく。
歩く度にコツコツと大理石を叩く靴の音がよく聞こえる以外はなんの音もしない程静か場所だ。
壁や天井の装飾から、ここが神殿か教会の類であること、それも相当古い年代のように思わせる。
長い廊下を進むと廊下の中央にポツンと扉の戸だけが立っていた。色は黒く、扉の中央には黄金で作られた太陽神テダンの聖印が嵌っている。聖印の周囲には、文字らしきものが掘られているが読むことは出来なかった。
「古代文字は読めるかね?」
「いや、初めて見た。これも魔道具なのか?」
「そうだとも。本来はこの鍵とのセットらしい。文字は――」扉に書いてある文字を見て鼻で笑う「――読めない方がいいだろうね。」
アルフォンスは扉に手をかける。
「では行こうか。」
白を基調とした円形の部屋に出た。
天井には燃える日輪を模した魔法照明が飾られている。
部屋の中央には円卓が置かれており、背板が異様に高い椅子が並んでいる。
扉の正面には外が一望出来る程の大窓が嵌められておりその左右に雄々しい男性像が部屋を囲む様に並べられていた。
椅子には番号が刻まれていて、ステンドグラスのから時計回りに1番、2番と続き1周して10番まである。そして、1番と10番以外の席には髭の生えたドワーフや若い女性、エルフやまだ幼そうな子供まで座っている。
その全員がそれぞれ好き勝手にしたいことをしていたようだったが、俺とアルフォンスが見えた瞬間その手を止め、こちらを――違う、俺を――見ていた。ぞっと背筋が寒くなるような感覚を覚える。
明確な敵意が、殺意が、興味が、哀れみが、とてつもない物量をもって押し寄せてくるそんな錯覚さえする。
「リック=フレイザー。」
男は、大きな手ぶりで俺を迎え入れるようなポーズをとった。彼の背後の大窓から朝日が顔を見せる。
それが、あの独房よりも深い深い穴底への招待。光なんて一切届かない場所への一方通行。もう後ろには道はなく、前に進むしかない。
「ようこそ、日輪の異端審問会 へ。歓迎しよう。」
夜が明けると、監獄塔では大きな騒ぎとなっていた。
囚人が決して抜け出すことのできない牢から忽然と姿を消したからだ。
幾重にもなる関所を通らないと外には出られない。
この部屋もこの監獄塔でも特に罪の重いものが収容されてきた。
今までだって、一度も破られたことは無い。
教会騎士であるラーフ・エディックは何か見落としがないか、男が入っていた牢の中に入る。
監視人の話によれば処刑台が壊れた日からあの男の行動は妙だったらしい。
手に持った魔法灯で壁を照らす。他の囚人と違って苔を毟ったようなあとは見つけられなかった。
ふと、視線の先にテダンの像があった。
薄暗いこの牢でも陽に照らされるように設計されて置かれた神像。
その手にきらりと光る何かを見たような気がした。エディックは像に足をかけテダンが高く掲げた左手を覗く。
「これは......。」
銀色に輝くそれは、剃刀だった。
なぜこんなところにと思ったが、すぐにその理由は分かった。
テダン像のすぐ横の壁が掴まれたような跡が残っているのが見えたからだ。そのあとはだんだんと上に続いている。
「まさか!」
エディックは急いで、ほかの同僚を呼び、かけ梯子を繋ぎ合わせ天窓へと昇る。
壁を登った痕跡もずっと続いていた。
そして鉄格子のある天窓をおそるおそる手で押す。
しっかりと溶接されていたはずのそれは驚くくらい簡単に外れてしまった。
そのまま監獄塔の屋上に出たエディックは、周りを見渡す。地上は遥か底であり、とてもじゃないが飛び降りて無事では済まないだろう。
浮遊魔法という選択肢もあるが、この監獄塔は対魔法障壁も貼ってある。並みの魔法使いでは逃げ出すことも近づくこともできないだろう。
しかし、この窓が外れたということは、あの男はここからなんらかの手段を持って脱獄をしたのだ。
エディックの胸中に熱いものがこみあげてくる。
そうかあれは、本物の邪教徒だったのだと。
テダンの裁きをあざ笑うかのように夜闇に紛れてその姿を消したのだ。
あらゆる邪法で、もしくは悪魔召還で、もしかしたら仲間が手引きしたのかもしれない。
なればテダンの信徒として、かの邪教徒を、テダン信徒の皮を被った背信者を、裁かなければなるまい。
「リック=フレイザーッ!貴様がどこに逃げようともッ!陽の光はお前を照らしているぞッ!必ず!必ず見つけ出して!この手で裁いてやるッ!太陽神テダンに誓ってッ!!」




