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日輪の異端審問会  作者: 称名湖畔
2/5

牢獄の中で②

「君の父親の――オコーネル=フレイザーは生きている。」



「嘘だっ!!」


と思わず叫び声を上げてしまう。

あの時、確実に頭蓋骨を、脳をを潰したはずだった。


胸のあたりが風の強い日の湖の波のようにざわつき始め、同時にアツい何かが噴出してくるように苦しくなる。

ドラゴンが己の敵を焼き払わんとするブレスのように、ため込んだ息を吐き出た。

錯覚ではなく感じ取れるほどの胸の鼓動に牢で冷え切った魂と肉体が先の芯の方まで熱を帯び始め、急速に生の実感が――いつか遠方に見えた煙と火を噴く山のように――湧きあがってくる。


しかし体の方は父親が生きていたという事実の衝撃が大きかったのか、いつの間にか這いつくばるような姿勢を取っており、手足の震えが止まらない。


俺は男の方を見上げる。


今ならはっきりと分かった。

光と反し影に隠れた顔は笑っている。

心からの笑みを浮かべている。

そしてその笑みからわかる。


父は――オコーネル=フレイザーは生きているのだと。


嘘はない。何故か確信を得た。


「君は本当にここから出たくないと思っているのかね。それは違う。君のその眼には再び陽が昇ったようだ。君はここを出るべきだ。」


男は頭上を指さす。

その手の動きに釣られるように俺も視線を上へ上へと上げる。

見慣れた天井の窓には丁度月が覗いていた。


――嗚呼、道理で明るいわけだ。


欠けている所さえないフルムーンに思わず見惚れてしまう。


「君の刑期は今からあの月が全て欠けて見えなくなるまでだ。私がそう手配しておこう。君が本当に出たいと、再び太陽のもとに出たいと願うのならばあの穴から出るといい。そうしたら再び迎えに来よう。君が見失った道さえも太陽は照らしてくれる。」


「待て!お前はいったい何者なんだ。どうしてこんなことをしてまで俺を求める。」


「全ては再会した時に話そうではないか。そうだ。死を目前にした狂った男の幻覚とされちゃあ......勿体ない。これを渡しておこう。」


と男はこちらに近づき細い鎖に繋がれた首飾りを手渡してきた。

先についている聖印を模った銀細工はどこか懐かしさを感じるもので、俺は初めて見たような気がしなかった。

よく見るとその銀細工は開閉式のロケットだった。


吸い込まれるようにロケットを開くその中に入っていた写真を見て――無意識のうちに――涙が、嗚咽が、溢れる。


この顔を忘れることは無かったが、この気持ちはあの晩に忘れてきた。

その感情が止め処なく溢れ、零れ落ちる。


「何故、お前がこれを!」


と顔を上げたときには既に男はいなかった。

夢を見ていたかのように男は忽然と姿を消していた。埃被った床にも誰かがいたような痕跡すらなかった。だがそれは夢ではない。

このロケットが今まさにあるのだ。

あの日あの晩失った幼馴染に手渡したロケットが今この手にあるのだ。

為すべきことはまだあったのだ。

あの日の復讐がなされてなかった。

生きるべき理由が出来た。

どうせ死ぬのなら、再びあの父を深淵に叩き落してからだ。


ロケットを握りしめ、未だ涙は溢れ出る。

それが幼馴染を失った悲しさから来るのか、生きるべき道を見つけたからか。わからなかった。すでに真っ当な感情は壊れているのだから。

月に向かって咆哮上げる。


大雨で堤防が決壊した川のように、その流れはとどまるず、果てしなく濁流のように、船を飲み込んで暗い水の底に引きずり込む。その濁流の先には、終わりのない地獄の入り口であると理性ナニカがおしえてくれた。


その口元が僅かに吊り上がっているのには、気が付かなかった。



 感情が高ぶっていたにも変わらずその晩は、穏やかな気持ちで眠ることができた。

それから、激しく鉄の扉をたたく音がしたような気がして目が覚める。

不機嫌そうな監視官の目がのぞき穴から見える。

どうやら、処刑台が壊れ、刑期が7日間伸びるとのことだった。

それから運ばれてきた簡素なパンと芋のスープを食べた。

味気ない食事だったが、どこか今までと違う味がしたような気がした。

ロケットの中に入っていた幼馴染の写真を見たからだろうか。処刑台は間違いなくあの男の仕業だろう。

月の満ち欠けは7日ごとに移ろうからだ。

俺は天井を見上げる。人1人が抜けられるであろう天窓がいつもと変わらない位置にある。

あそこまで登るには壁をよじ登っていくしかない。

監視官が覗いてないことを確認して、壁に手をかける。

登れないほどではないが、苔の所為か安定して掴むことが難しい。上へ上へ行くほど苔が残っている。

そして登ることで気が付いたが、わずかに部屋の上部の壁が内側に傾いている。

無策で登るには危険だと判断し、一度床に降りる。思った以上に肉体の方も衰えているようで息が上がっていた。


扉の方からカツンカツンと音が聴こえる。

監視官が日課の観察に向かってくる。

かちゃりという音がするが覗き穴からいつものように覗いているのだろう。


「おい。なにをやっている。」


当然の質問だろう。

今までなんの動きを見せなかった囚人がおかしな行動を取っているのだ。


独房の壁に手をかけて吊り下がっているのだから。


「なにって懸垂だよ。神の御許に行くんだ。顔だけでは無く肉体の方も整えておきたくてね。」


汗だくの身体を服で拭いながら、扉の方に近づく。

監視官の目は相変わらず冷たいものだった。


「気でも狂ったのか?」


「あぁ、元々狂っているのさ。ここにぶち込まれる前からね。それと、こいつ――」と手に持った剃刀を見せる「――を貸してくれたやつに伝えて欲しいのだが、必ず返すとよろしく頼む。」


監視官は舌打ちをすると覗き穴を閉じて去っていった。

日が出ている内は当前だが脱獄は不可能だろう。

加えて、あのフード男の発言。


(月が完全に隠れるまで....だったか?違ったような気もするがとにかく猶予はある。出来ることからやっていこう。)


日中は衰えた身体を鍛え、ひと寝入りした後壁をよじ登る。

決行するのは月が全く見えなくなる新月の日だ。

全く壁が見えなくなる可能性だってあった。

ある程度までは感覚を頼りに登らなくてはならないだろう。

俺は何度も何度も登っては降りてを繰り返した。


そして、その時が訪れた。

夜の帳も落ちきり月も見えぬ漆黒の夜。

僅かに光を放つ苔が点在しているがはっきりと見える訳ではなかった。

今日来た監視官によれば処刑台の修復が終わり、夜明けと共に刑が執行されると伝えられていた。


(テダンよ。お許しください。)


テダン像の頭に足を乗せ、壁に手をかける。

視界は悪く手元すら見えないが、何度も登った壁だ。ゆっくりとだがしっかりと壁を掴み進んでいく。

壁の中腹より上のところまで登った時、ほのかに光る小さな何かが天井の方から降りてきた。


(なんだ....?あれは妖精?)


光を纏ったそれはだんだんと近づいてくるにつれて、その姿がはっきりとわかる。

小さな人形のような肢体に美しく光を放つ羽、学生時代に講師が妖精魔法の講義の時に何度か召喚していた姿にそっくりであった。

ちょこんと登っている腕に座るとこちらを見てにこにこ笑って何かを喋っているようだが、俺は妖精語は習っていなかったので何を言っているのかさっぱりだった。


「おい、そこは危ないからな。」


無視して、次の手をかけると妖精は慌てて指先から離れる。

壁を登る俺の周りをふよふよと飛び回わり、ポスンと頭の上に座る。

妖精の光が僅かに手元を照らしてくれた。

これもあの男の手引きなのだろうか、ありがたいことに壁を登るのがだいぶ楽になる。

よじ登っているうちに苔が少なくなっていくような気がする。

湿った石畳からさらさらとした渇いた石になっていった。

しっかりと指を食い込ませ登る。やわらかい石壁に力強く食い込んだ。

天井のがだいぶ近くなってきたところで、掴んだ石が崩れるという事もあったが問題なく登り、天窓に手がかかった。

天窓には鉄格子が嵌められていたはずだったが、俺が窓のふちに手をかけた途端、何者かの手によってミシミシと音を立てて外された。


「おや、脱獄の手助けをしようと思っていたのだがまさかすべて登り切ってしまうとは君はとんだ化け物の様だね。」


天窓の淵に立つフードを被った男は手に持った鉄格子の残骸をほうり投げ、俺に手を差し伸べる。

一瞬躊躇ったが、差し伸べられた手を握った。

落ちている硬貨を拾い上げるかの感覚で持ち上げられた。


「片手で鉄格子それを外してしまうお前の方が十分に化け物だろうが。」


頭に乗った妖精がくるくると男の周りを飛んだかと思うとすっぽりと袖の中に入って行ってしまう。


「もしかして不要だったかね?」


「いや、おかげでだいぶ登るのが楽だった。ありがとうな。」


と再び握手を交わす。

独房に閉じ込められていた時は気が付かなかったが、ここはどうやら監獄塔の頂上付近の様でありすぐ横の大都市を一望出来た。

眠らない都市――大都市フルヒテゲベック――がその賑わいを表すが如く様々な照明灯で飾られている。

外の新鮮な空気が肺を満たす。流れてくる風が、心地よい。


「それで、あんたは一体何者で、何の目的で俺をここから出した。」


お互いの顔は大都市の明かりで照らされているのでははっきりとわかる。男はあの時と同じように笑っていた。


「そうだな......私は、アルフォンス=クイズブックス。テダン教会のある組織に務めている......神官だ。君の事はそう。仕事の一環で知った。それで君を誘いに来たのさ。君の父親にも関係していると言えば、している。」


あの夜見たように、アルフォンスは大げさに手振り身振りをし動き回る。そして握手を求めるように手を伸ばしてきた。


「さぁ。どうかね。我々と共に来るか?もちろん拒否しても構わない。そしたら、ここでお別れだがね。」


正直この男の話はわからなかった。答えになっていないし、俺を求める理由も不明だ。

ただ、この出会いは運命のように感じる。太陽神が「こうあれ」と俺を導いているそんな気さえした。

拒否する理由はない。父親の事、幼馴染の事、男はそれを知りたければこの手を握れと言っているのだ。

初めから選択肢なんてない。


「給料は期待していいんだろうな。」

にやりと笑ってその手を握った。


「勿論だとも。リック=フレイザー。」

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