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8・吸血鬼とデートしました

 異国の吸血鬼ハンター協会に到着し、無事に食事を終えた私は、一級吸血鬼ハンターのために用意された部屋に足を踏み入れた。

 内装は至ってシンプルで、必要最低限の家具が揃えられている。

 私の後から、なぜかシュリも付いてきた。


「サラ、約束だよ」

「約束って、何のことかしら?」


 試しにそう言ってみると、シュリの笑顔の凄みが増した。


「ふふっ。そう言われると、ショックだなあ……傷ついた心を癒すために、やっぱり無礼なメイドでナイフの切れ味を試してくるよ」

「お、思い出したぁ! 思い出したから、試し切りはやめてちょうだい!」


 シュリは、あの同衾の約束のことを言っている。

 食事の間に都合よく忘れてくれているなんてことにはならなかった。

 とっさのこととはいえ、約束は約束。私は、見るからに上質な天蓋付きベッドに近づき、その大きさを確認する。


(まあまあ、広いわね。これなら、あまり近づかなくても一緒に寝られそう)


 時刻は深夜で、吸血鬼やハンターの活動時間帯だ。


「特にすることがなくて困るわ。寝るには、早すぎるし……かといって、今までのように仕事もない」

「……なら、デートをしない?」

「デートって?」

「この街では、週に一度ナイトマーケットというものが開かれているんだ。この拠点を訪れた時には、よく立ち寄るんだけれど……」

「行きたい!」


 今まで、吸血鬼退治しかしてこなかった私だが、異国での買い物に興味はある。

 ヤヨイ国には夜に空いている店がなかったので、異国の、都会の、夜に開いているマーケットなど、夢のような話だった。


「なら、決まりだね。服は今着ているものでいいから、準備ができたら出かけよう」

「特に準備はいらないわ。財布もあるし、シュリが髪型もセットしてくれたし」

「……そっか、身軽だね」

「知っているとは思うけど……ヤヨイ国の吸血鬼ハンターって、そういうものよ。万年人手不足だから、いつ出動要請があっても出られるように、普段から必要最低限のものは身につけている。もちろん、武器もね」


 私は懐から銀製のナイフを取り出し、シュリの目の前にかざす。ナイフだけではない、腰にはヤヨイ国製の銀の刀もさしている。帯ではなくリボンで留めているため、少し不安定だ。

 彼は嫌そうな顔でナイフを見つめると、私に視線を移して妖艶に微笑んだ。


「それなら、早く行こう。初デートだね、サラ」


 初デートという言葉を聞いて、私は複雑な気持ちになった。


 拠点からほど近い場所にあるナイトマーケットでは、新発見の連続だ。

 夜の闇にぼうっと浮かび上がる真っ白なテント。その周囲をボンヤリした明かりが照らしている。

 そんな店が、大通りを挟んで何件も並んでいた。

 扱っている品々は、服や装飾品、食料品や武器まで様々。古本を扱っている店や、動物を置いている店まである。


「すごいわね、外国の武器がたくさんある! こっちは、動きやすそうな靴ね!」

「サラは、独特の視点の持ち主だね。さすが、僕の嫁」


 嫁扱いに戸惑いながらも、私はシュリに手を引かれて多くの店の前を歩いた。


「欲しいものがあれば、なんでも言って。買ってあげるから」

「……自分で買うからいい。お給料は貰っているし」

「そこは、甘えて欲しいな。僕は、甲斐性のある夫だよ?」


 人混みに押し流されないように私を支えながら、シュリが苦笑した。


「シュリは、欲しいものはないの?」

「ないよ、サラがいてくれるもの」

「……そう」


 まっすぐにそう答えられて、言葉に詰まる。

 私は、異国の武器を物色することで、シュリの言葉を意識の外へ追いやろうとした。


「わぁ、この耳飾りはサラに似合いそうだね〜。こっちの髪飾りも、首飾りも、腕輪も」


 しかし、意識の外に追いやった途端、シュリが隣の店で装飾品の物色を始めているのが目に入る。


(と、止めなきゃ! シュリが手に持っている装飾品の数が凄いことになっている!!)


 彼は、両腕にこれでもかというくらい装飾品を抱えていた。店主も困惑している。


「シュリ。私に装飾品は必要ないから……!」

「こういうのは気に入らない? なら、別の店で探そうか?」

「じゃなくて……」


 言葉を続けようとした私だが、とある気配を感じて口を噤んだ。


(今の気配って……吸血鬼!?)


 シュリ以外の吸血鬼が近くにいる。

 ナイトマーケットは、人で溢れかえっている。沢山の獲物に誘われて姿を現したのだろう。

 暗い上に死角の多いこの町では、人を襲うことも簡単そうだ。


「え、ちょっと!? サラ、どこにいくの?」

「シュリ、近くに吸血鬼がいるわ。誰かが襲われるかもしれない!」

「え〜っ、デート中なのに……」


 この様子だと、彼も吸血鬼の気配には気づいていたらしい。

 腰の刀に手をかけつつ、私は敵の気配を追った。シュリも、すぐ後をついてくる。

 気配はナイトマーケットから外れた裏路地へ向かっている。

 追われている気配に気がついたのだろうか、人気のない場所に入った吸血鬼が足を止めたようだ。


(この角を曲がった先にいるわね……)


 私が気配を消して通りの向こうを確認すると、暗闇の中に二つの影が蠢いていた。

 一人は先ほどの吸血鬼、そしてもう一人は吸血鬼に誘い出された人間のように見える。

 そっと刀を抜いて二つの影に近づくと、吸血鬼の方がこちらを振り向いた。


「なんだ、お前は……」

「吸血鬼ハンターよ。現行犯で、あんたを退治させてもらうわね」


 刀を振りかぶり、吸血鬼の喉笛を狙う。

 獲物に気を取られて反応が遅れた吸血鬼は、一撃をまともに食らい後ろに倒れた。

 相手が息絶えていることを確認した私は、被害者へと近づく。

 襲われていたのは、小柄な若い男だった。


「大丈夫? どこも怪我していない?」


 吸血鬼に血を吸い尽くされた人間は骨と皮だけになってしまうが、少し血を吸われたくらいで死ぬことはない。


「ええ、大丈夫です……助けていただき、ありがとうございます」


 そう答えた男は、よろよろと歩き始めた。

 貧血のせいか、足元がおぼつかない。


「ここを早く離れたほうがいいわ。血の匂いをさせていると他の吸血鬼を引き寄せるから」


 そう忠告した私だが、新たな吸血鬼の気配を感じ、既に手遅れだということを知る。

 通りの反対から、三人の吸血鬼がぞろぞろと連れ立って歩いてきたのだった。


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