6・吸血鬼に髪を結われました
「お待ちしておりました、一級吸血鬼ハンターの皆様」
深夜に私達を出迎えてくれたのは、ルシード国の協会職員達だった。
ここでは、味方である吸血鬼達も一級吸血鬼ハンターとして扱うらしい。
職員達と共に待機していると、フリフリした異国服に身を包んだ三人の女性が、待っていましたとばかりに私とナデシコの周りを取り囲む。
「あ、あの……?」
「彼女達は、一級吸血鬼ハンターのお世話をする職員――メイドですよ」
戸惑う私に気づいた男性職員の一人が、女性達の紹介をしてくれた。
「まずは、その服を着替えましょうか。ヤヨイ国の服も良いですが、この国だと悪目立ちしてしまいますからね」
職員にそう告げられた私達は、メイド達に連れられて建物の奥へと足を進める。
しかし、職員や吸血鬼達の姿が見えなくなった途端、メイド達の態度が豹変した。
「この廊下をまっすぐ行った先の部屋に着替えを用意しているから、勝手に着替えてくださる?」
「私達、そんなに暇じゃありませんの」
戸惑う私とナデシコを、メイド達は鼻で笑う。
「本当に、どうしてあなた達のような田舎者が、シュリ様やユーロ様の伴侶に選ばれるのかしら」
「そうよ、不釣り合いだわ。悪いことは言わないから、さっさと田舎国へ帰ったほうが身のためでしてよ」
そう言い捨てると、彼女達は廊下の反対側へと歩き去ってしまった。
「ええと、どうしましょう……サラちゃん」
メイド達の冷たい態度に、ナデシコが唖然とした様子で立ちすくんでいる。
「ナデシコさん……とりあえず、あっちに服があるらしいから行ってみましょう」
二人並んで廊下を進み、突き当りの部屋の扉に手をかける。他に部屋はなかったので、ここで合っているはずだ。
扉を開けた先は、たくさん戸のついた棚が並ぶ不思議な部屋だった。
壁紙は真っ白で、木の床は光沢のある焦げ茶色。中央には水色の猫足の椅子が並べられており、窓には白いレース布がつけられている。敷物はふわふわとした白い毛皮だ。
(それにしても、服はどこかしら?)
このままでいても埒があかないので、試しに棚の一つを開けてみる。
すると、これでもかというくらいレースをあしらった、見たこともないゴテゴテした服の大群が現れた。
「すごいわね。こんな服を着ていたら、吸血鬼を退治できないわ……」
続いて他の棚を開けてみると、今度はシュリ達が着ていたような男性用の服が入っている。
「……これを着ろということなのかしら」
「違うと思いますわ、サラちゃん。他の棚も開けてみましょう?」
ナデシコと共に、残りの棚の扉を全て開ける。すると、その中の二つに異国の女性用の服が収納されていた。
「わたくし達が着るなら、こちらでしょうか……」
戸惑いがちにナデシコが指差したのは、短めの膝丈の履物と上着のセットが入っている棚だ。
「こういった服でも、大丈夫そうですわね」
続いて彼女が示したのは、上と下が繋がっている袖のない服だった。こちらも、布の長さは膝丈である。
「手前にあるのは、異国のスカートという服ですわ。奥にあるのは、ワンピース……わたくし、実家ではこういった服を着たことがありますの」
「外国の服を着る機会があるなんて、ナデシコさんの実家はお金持ちなの?」
「……父が、ヤヨイ国の役人なのですわ」
「すごいわね、私は着物しか着たことがないから……これをどう着れば良いのか、わからないわ。この服には、帯がないのね」
「ふふ、大丈夫ですわよ。ちゃんと、ボタンやリボンで前や後ろを閉じられるようになっていますから」
ナデシコに手伝ってもらいながら、ワンピースという服に袖を通す。
前に小さなボタンの並んだ薄い服は、縁や袖に細かなレースまで付けられている。
正直言って私の好みではないが、小さなサイズのものがこれしかなかった。
「ナデシコさんも、ワンピースという服を着るの?」
「ええ、サラちゃんとは色違いなのよ」
私のワンピースは、淡い水色。ナデシコのワンピースは、深い緑色だった。
着替えの終わった私達が部屋を出ると、外にはいつの間にか着替えているシュリとユーロが立っていた。
「遅かったね、サラ……まあ、女性の着替えは時間のかかるものだというけれど」
「ごめんなさい、私がうまく服を着られなくて。ナデシコさんに手伝ってもらっていたの」
「えっ……!? 服、自分で着たの!?」
目を丸くするシュリに向かって、私はおずおずと頷いた。
「ほとんど、ナデシコさんに着せてもらったようなものよ……靴も、彼女に選んでもらったの」
「メイドさん達は?」
「え? この部屋を教えてくれた後、どこかに行ってしまったわよ?」
私の言葉に、ナデシコもうんうんと頷いている。そんな彼女の姿を見たユーロの表情が、徐々に険しさを増していった。
(目が怖いんだけど……)
少し不安になった私は、シュリに視線を移した。
「あの……どうかしたの? この服、着てはいけないものだった?」
「いや、そうじゃないよ? そのワンピース、サラによく似合っている。僕が言いたいのはそうじゃなくて」
シュリは、ユーロのように、あからさまに凶悪な表情を浮かべてはいないものの、なんとなく様子がおかしい。
「可愛いよ、サラ。せっかくだから、僕が髪を結ってあげる。この部屋には、装飾品の類も置いてあるんだよ?」
「そうなのね、気がつかなかったわ」
部屋の中へ入り、シュリに促されるまま部屋の隅にあった鏡台の椅子に腰掛ける。
私達に続いて、ユーロ達も部屋の中に入るのかと思えば、そうではなかった。
彼らは廊下を戻り、どこかへと消えてしまう。
「ナデシコさん達は、どこへ……?」
「サラ、むやみに詮索するのは、野暮というものだよ」
「……それもそうね。あの二人は、デキているのかしら?」
シュリに髪を梳かれながらそう尋ねると、彼は少し唇を尖らせて言った。
「ねえ、せっかく二人でいるのだから。他の夫婦の話をするよりも、僕らの絆を深め合いたいな?」
至近距離でそんなことを言われた私の頰は、瞬時に熱を持ち、鏡越しでも自分の顔が赤くなっているのがわかった。恥ずかしくてシュリと距離を取りたいが、髪をいじられている最中なので、動くことが叶わない。それに……
(なんだか、髪を触られていること自体が、恥ずかしくなってきてしまったわね)
顔が赤いことをシュリに気づかれたくない私は、今夜の食事のことを考えて平静を装った。
「サラの黒い髪は、滑らかでとても美しいね」
「ヤヨイ国の人間の髪は、皆こんな感じよ。私だけが特別じゃないわ」
「ふふ、つれないなあ……はい、できた」
シュリが頭から手を外し、鏡の中の私を見つめる。
つられて鏡を見ると、そこには外国風に髪を上げ、水色のリボンで結んだ私の姿が映っていた。
「わぁ……すごい」
こんな風に、誰かに髪を結ってもらったのは初めてだ。
いつもは、邪魔にならない程度に、自分で適当に縛っている。それすらも面倒で、何もしない時もある。
「どうして、シュリは女の人の髪を結えるの?」
「将来、奥さんが出来た時のために、練習していたんだよ」
「……ぜったいに、嘘だ」
シュリは、女性慣れしている。きっと、私にはわからないような様々な女性遍歴があるに違いない。
鏡越しに胡乱な目を向けた私に、シュリは苦笑いを返しつつ、片手を差し出した。
「お手をどうぞ、お嬢さん?」
「お嬢さんとは呼ばないでって言ったのに」
「ふふ、可愛いな。では、お手をどうぞ、未来の奥さん?」
「お、奥っ……!」
確かに、一級吸血鬼ハンターとなった私は、彼の妻……もとい隷属となる。
話に聞いていたので、わかってはいた。けれど、どこか現実味を伴わない話だ。
「ほらほら、早く行かないと。夜食を食べ損ねてしまうよ?」
「そ、それは困るわね……」
素直にシュリに手を引かれ、私は食堂へと向かった。
<用語解説:吸血鬼ハンターについて>
・一級吸血鬼ハンター:人間に協力的な吸血鬼及び、その伴侶(隷属)に選ばれた人間。
・二級吸血鬼ハンター:体内に吸血鬼の血を入れた人間。副作用で何らかの疾患を抱える者が多い。
・三級吸血鬼ハンター:普通の人間。吸血鬼に有効な銀製の武器を所持している。
・吸血鬼ハンター協会:吸血鬼ハンター達の組織。様々な国に拠点がある。