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3・吸血鬼を起こしに行きました

 船は、翌々日の夕刻に大陸へ到着した。船室の廊下にある窓からは、賑やかな港町の様子が見える。

 街角にある燃料式の街灯には、すでに薄明かりが灯っており、港付近に店を広げていた商人達も帰り支度を始めている。

 これから先は、吸血鬼達の活動時間帯。賢い人間は、夜の外出を敬遠するのだ。


「サラちゃん、ようやく陸地についたみたいですわね。よかったわ……船の上って、どうも落ち着かないもの」


 外を眺めていると、私と同じ吸血鬼ハンターであるナデシコに声をかけられた。ナデシコ・タイラ――彼女は、元ヤヨイ国三級吸血鬼ハンターで、後方支援を担当する補助部隊で働いていた。

 歳は二十歳で、吸血鬼のユーロに選ばれて一級吸血鬼ハンター試験に合格している。


「……そうね、ナデシコさん。今日はユーロと一緒ではないの?」

「彼は、まだ眠っているみたい。吸血鬼の活動時間は、日が暮れてからですもの」


 まだ、吸血鬼達が活動するには早い時間帯らしい。とはいえ、すでに目を覚ましている者もいる。


「ユーロ達が寝汚いだけだよ。これくらいの明るさなら、吸血鬼は普通に行動出来るし」


 会話に割り込んできたのは、小柄な緑髪の吸血鬼――リコ・グリュンカッツェ。

 吸血鬼達の中で一番年下に見える彼は、外見にそぐわず一番しっかりしている。私やナデシコのような人間の考えも慮ってくれる吸血鬼と人間の折衝役だ。


「もう外に出ても大丈夫なの?」

「フードをかぶれば平気。もうすぐ協会の馬車が港に着くから、他の吸血鬼達を起こすのを手伝ってくれる? 僕はアドリアンとクラウスを起こすから、サラはシュリを、ナデシコはユーロを起こしに行って」

「わかったわ」


 私は、シュリの眠る船室へと足を向ける。ナデシコも、いそいそとユーロの眠る船室へと歩いて行った。

 吸血鬼の寝室は、広くてお金のかかっていそうな作りだ。協会側が彼らに気を遣っているということが、ありありと伺える。

 奥に設置されているダブルベッドを占拠し、シュリは熟睡していた。


「シュリ、起きてちょうだい! もうすぐ、協会の馬車が到着するそうよ?」


 声をかけたものの、羽布団の中に埋もれたシュリから反応は返ってこない。


(聞こえていないのかしら?)


 そっと彼のベッドに近づいた私は、高級羽布団を捲り上げた。


「ねえ、シュリ。そろそろ起きないと……きゃあっ!?」


 突如伸びてきた白くて滑らかな腕が、私の体をベッドの中に引きずり込む。


「なっ、なんなの!?」


 ヤヨイ国では、婚姻前の男女の同衾は下品でふしだらな行為だとされていた。

 大混乱に陥った私は、慌ててシュリのベッドからの脱出を試みる。だが、体が彼に抱き込まれているので上手に身動きが取れない。

 それに、あまり暴れると着物の裾がはだけてしまいそうだ。


「ちょっと、ダメだってば! シュリ、いつまでも寝ぼけていないで起きてちょだい!」

「……うん、もうすこしサラを堪能したら起きるから」

「えっ……やだ。もう目が覚めているの!?」

「サラが部屋に来た時に気配で起きたよ。様子を見ていたら君が近づいてきたくれたから、つい……」


 耳元で甘く囁かれ、異性に免疫のない私の心臓が急速に動きを早める。


「ふ、ふしだらだわ!」


 そう反論すると、シュリは甘い笑みを一層深めた。


(なんで、そこで嬉しそうにするの!?)


 着物がはだけないように緩やかな抵抗を繰り返していると、ようやく体を拘束していたシュリの腕が離れた。


「そんなに怒らないで? 君から近づいてきてくれたのが嬉しくて、ちょっと調子に乗っただけなんだ。サラは、いつも僕のことを警戒しているからね」

「……それは」


 その通りだったので、私は思わず口をつぐんだ。

 船の中で二日間ともに過ごしたが、未だ吸血鬼である彼への警戒は解けない。

 それなのに、うかうかとシュリに近づいてしまった自分が情けなかった。

 どうも、彼には他人に――私に警戒心を抱かせない不思議な雰囲気がある。


「船が港について、馬車が迎えに来るんだね」


 体に巻きつけられていたシュリの腕が解かれたので、私は慌てて彼のベッドから這い出る。

 シュリは、そんな私を見て、クスリと妖艶に笑いながら床に降りた。


「私は外で待っているから、着替えが終わったら……って、キャア! なんで、もう服を脱いているの!? は、破廉恥だわ!」


 振り返ると、寝間着を脱いで上半身が裸のシュリが立っている。

 私は異性の肌というものを間近で見たことがない。

 ヤヨイ国では、吸血鬼ハンターとして男性とも一緒に働いていたが、あの国では男女は徹底的に分けられる。共にいるのは仕事で外に出た時だけで、着替えも食事も暮らす場所も別々だ。

 結婚前の男女は、必要以上に親しくしてはいけないのである。


「ん? どうしたの、そんなに真っ赤になって……」


 シュリは、心底不思議そうに首を傾げている。一人で焦っている私が馬鹿みたいだ。


「と、とにかく、外で待っているわね!」


 私は、赤く染まっているであろう自分の顔を見られないために、逃げるようにシュリのいる部屋を後にした。

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