33・吸血鬼の感情は複雑です
「とりあえず、あなたは邪魔なの」
アデーレは、まっすぐ私を襲って来た。
シュリが、私とアデーレの間に立ちはだかり、彼女の攻撃を防ぐ。
「自分を愛さない相手に尽くして子を産むのも、そろそろ飽きてきたわ。レオンが生まれた時、この子は大事に大事に慈しもうって決めたのよ。未来の私自身のためにもね」
女吸血鬼の目には、狂気が宿っていた。
それは、今まで積もり積もった思いがついに決壊したというような激しいものである。
「そろそろ、私が実権を握っても良い頃合いなんじゃないかしら? 好きに生きてもいいんじゃないかしら? 今まで、ずーっと我慢してきたんだもの」
女である私には、アデーレの言っていることが、少しわかる気がした。
自分を愛さない男の元へ、義務だけで嫁いで子供を残す。
結婚相手に自分とは別に想い人がいる場合、アデーレの立場は最悪だった。
彼女だって、本当は他人に想いを寄せる男の子供を産みたくないだろう。
とんだ邪魔者だと自分で理解しながらも、今までのアデーレは義務を優先してきたのだ。
そして、ついに我慢の限界がきてしまったのだ……
彼女はずっと思っていただろう。
なぜ、自分が吸血鬼の一族を支配できないのか。
貴重な純血の吸血鬼であるはずなのに、なぜ疎まれながら子供を産み続ける人生を強要されるのか。
そうして、アデーレは自分よりも幼い甥っ子のレオンに目をつけたのだ。
まだ若い彼を通して、吸血鬼達を支配するのが彼女の目的だったのだろう。
だが、私の望みと彼女の主張は相容れない。
こんなところで吸血鬼に殺されるなんてまっぴらだし、アデーレは人間に敵対的だ。
そんな人物に当主の地位に就かれては困る。
「アデーレ、私は殺されるわけにはいかないの。吸血鬼達の頂点には、あなたよりレオンに立っていて欲しい」
私は、正面から彼女を見据えた。
アデーレは、感情を隠しもせずに大きく顔を歪めている。
私とシュリは、数歩下がりアデーレからの攻撃に備えた。元人間の私とアデーレでは勝負にならないだろう。
強い吸血鬼のシュリでも、純血を相手にするのはキツイと思う。
それでも、アデーレに目をつけられた今、ここで引き下がることはできなかった。
長く伸びた爪を振り上げた彼女は、またこちらに向かって突進してくる。
私は避けることで精一杯で、彼女を攻撃することができない。
まだ、隷属の力も完全に使えない状態なのだ。
横からシュリがアデーレに攻撃を仕掛けるが、防がれてなかなか深手を負わせることができないようだ。
朝日が昇れば、陽の光が弱点である吸血鬼達の暴動は収まるはずなので、それまでにアデーレを倒すか、持ちこたえるかすればなんとかなる。
血の契約を交わした吸血鬼は、朝日を浴びてもダメージを受けることがない。
朝になってもシュリは大丈夫だ。同じく、元人間である私も。
しかし、空が白み始めるまで、まだ時間がかかりそうだった。