30・吸血鬼の女性を見ました
協会側は、シュリの予想通り吸血鬼を受け入れた。
気を失っていた女性も、四十五階の一室で眠っているらしい。
(……信じられない)
協会やシュリに対して不信感を抱いてしまった私は、頭を冷やすために夜明けまで外を散歩することにした。
このまま部屋に戻っても、シュリを責めてしまいそうだ。
誰もいない協会の前の広場のベンチに腰掛け、月明かりだけが光る夜空を見上げる。
外は少し冷えるが隷属の体は頑丈で、人間の時のように体調を崩す可能性は低い。
しばらく空を見上げていると、隣に誰かが座った気配がした。
「……こんな場所で何をしているんだ?」
「…………!」
驚いて顔を動かすと、月の光を反射させた赤い二対の瞳がこちらを見ていた。
「……レオン?」
またしても、真横に座られるまで何の気配も感じなかった。
吸血鬼ハンターとして恥ずかしい失態を二回も犯してしまうなんて……不覚だ。
「あなたこそ、何をしているの?」
シュリとの一件を知られたくなかったので、質問を返すことで誤魔化す。
「サラに会いたくて、屋敷を出てきた。外にいるなんてラッキーだ……おまけに、シュリもいない」
「レオンは、この街の吸血鬼達をまとめる立場なのでしょう? 忙しくないの?」
「平気だ。それより、いいことを思いついたのだが」
「……何かしら?」
「シュリと一緒に、サラを共有するのはどうだろう? この間は、断られてしまったからな」
レオンは、本気のようだった。
「共有って……私は物じゃないんだから」
「そんなことはわかっている。だが、俺はサラを諦めきれない」
そう言われても、困る。私はシュリの隷属だし、レオンには純血ゆえの義務があるのだ。
シュリが以前教えてくれたのだが、純血の吸血鬼はその血を残すために純血の伴侶を得なければならないらしい。
困っていると、不意にレオンとは別の吸血鬼の気配がした。シュリとも違う気配だ。
思わず、刀の柄に手をかけて立ち上がる。
すると、広場の周囲に立つ建物の陰から、金髪の長い髪を持った女がゆらりと姿を現した。
彼女は、俯きながらしずしずと滑らかな足取りでこちらへ歩いてくる。
「こんなところにいましたの、レオン様……探したわ」
顔を上げた女の顔は、私よりも少し年上で……人形のように白く美しかった。
しかし、人間離れした銀色の目だけが異様に鋭い。
「アデーレ……なぜ、バーグに?」
私と同じく立ち上がったレオンが、わずかに緊張しているのが見て取れた。
「サラ、すまないが。俺は用事ができたので屋敷に戻る……」
慌てて去ろうとする彼に、アデーレと呼ばれた女が話しかける。
「あら、そちらはどなた?」
感情の読めない薄い唇から、鈴の音のような声が響く。
女の吸血鬼は存在自体が珍しい。滅多に生まれることがなく、生まれても危険な人間の近くには姿を見せないと言われているのだ。
「ああ、弟の…………伴侶だ」
言いにくげにそう告げるレオンに向けて、女は初めて微笑んだ。鋭い目が、少しだけ緩やかな光を浮かべる。
「そうだったの。では、わたくしの義姉に当たる方なのね?」
「……義姉?」
アデーレに気押された私は、喉から声を絞り出して問い返す。
なぜかこの女が、強い吸血鬼であるシュリやレオンよりも危険に思えた。
「ええ、そうよ。わたくし、レオン様の許嫁なの」
「レオン、許婚がいたのね……」
相手がいるのに、私をシュリと共有したいなどと言っていたのか……と、少し呆れてレオンを見ると、彼は顔を曇らせていた。
「わたくしとレオン様は、数少ない純血の吸血鬼同士なの。彼が生まれた時、私たちの婚約は定められたのよ」
「……あなたも、純血なの」
レオンが生まれた時……ということは、アデーレの方が年上なのだろう。
「帰るぞ、アデーレ」
「はぁい」
「じゃあな、サラ」
慌ただしく闇に消えていく二人を、私は黙って見送った。