28・吸血鬼と夜の街
「サラ、今日もヤヨイ国の服なんだね」
「ええ、そうよ。悪目立ちしてしまうかと思ったけれど……夜に出歩く人も少ないし、戦い慣れている服の方が良いかと思って」
「うん、その服はサラに似合っているものね」
ほのぼのした話をしながら夜の路地を歩いていると、繁華街への入り口にたどり着いた。
目的の吸血鬼は、この中のとある店に頻繁に出入りしているらしい……
「うーん。あんまり、サラを行かせたくないな」
「どういうこと?」
「目的地が、ちょっとイカガワシイ店だから」
「賭博場なら、ヤヨイ国にもあったわよ?」
「いや、そういうのではなくて……まあいいや、店の外で待つから実害はないだろうし」
シュリはそう言って繁華街の奥へ進み、目的地に向かう細い裏道は入った。
道を一本入ると、雰囲気がガラリと変わる。
田舎出身の私でさえも、周辺の治安が悪いということが理解できるほどだ。
道の隅にはゴミもたくさんあり、とても不衛生な場所でもある。
「この奥に店があって、そのうちの一件の前で待機するよ。普通の店はしまっている時間帯だけれど、たまにこうしてひっそり開いている場所がある」
後ろめたい商売をしている店は、リスク覚悟で夜に開くことがおおいのだそうだ。
私達は、早足で目的地に向かった。
店の前には、数人の女性が立っていた。美醜は様々だが、全員薄い服を身にまとい、媚びたような目をシュリに向けている。
彼の説明によると、ここは女性が男性を接待する類の店らしい。
「悪いけど、僕は客じゃないよ。人を待っているだけ」
熱心に声をかけてくる彼女達をあしらいつつ、シュリは注意深く辺りを観察していた。
女性達からみてシュリは魅力的に見えるらしく、追い払われた後も熱心に彼を見つめている人間が多い。
吸血鬼ということを除けば、シュリはモテるのだと思う。銀髪に翡翠色の瞳、整った顔立ち……非の打ち所がない美青年だ。動きも早いし、なによりも強い……
(って、私……どうして、シュリの良いところ探しをしているの!?)
ぶるぶると頭を振って、余計な考えを脳内から追い出す。
そうでもしないと、私まで客引きの女性と同じ考えに至ってしまいそうだ。
(シュリが素敵だという考えに、同意しそうになるなんて……絆されすぎ)
しばらく待機していると、フードを目深に被った一人の男が歩いてきた。
「あれか……」
一人の女性がふらふらと男に近づき、店へ誘導しようとする。
しかし、彼は女性の首元に手を叩きつけた。
気を失った女性を抱え、来た道を猛スピードで走り出す。
他の女性達は、悲鳴を上げて店の中に避難した。彼女を助けようとする者はいない。
「……人攫いだな」
シュリが、ポソリと呟いた。
「攫って、血を奪うのね?」
「いや、血が目的ならこの場で全員襲えば済む。攫うのは、別の目的があるからだよ。奴は、あの人間を隷属にしようとしている」
「……!? 手下が欲しいの?」
「というか、欲しいのは嫁じゃないかな?」
私とシュリは、女性を攫った吸血鬼を追いながら会話を続ける。
「吸血鬼は、人間よりも種族を残したいという本能が強い。その割に、繁殖力は低いんだけど……」
「だから、人間の女を攫うってこと?」
「そうだよ、被害は結構頻繁だね。花嫁の場合は、そのまま手元で大事にする。そうでない場合は、ただの繁殖相手として見る」
「……最低」
思わず低い声で呻くと、シュリが慌てて「僕はサラ一筋だし、他の吸血鬼にサラを襲わせたりなんかしない!」と言い訳を始めた。
そんなに心配しなくても、私は彼をそんな風に見てはいない。
「ただ、事が事だけにそれがおおっぴらになる事例は少ない。たとえ命からがら吸血鬼から逃れてきても、繁殖のため彼らに襲われたなんて被害者は絶対に言えないだろう? 人間が相手でも難しいのに」
シュリは、そういった被害の現状が協会に届きにくいという話をしてくれた。
確かに、人間相手でも強姦の被害を訴えることは難しい。
ヤヨイ国のような古風な国だと、被害者の方が世間に責められる風潮がある。「そっちから誘ったのでは?」とか「まんざらではなかったのでは?」などと、あたかも被害者に非があるように言われるのだ。
「……そうね。早く、あの人を救出しなきゃ」
このまま追えば、あの吸血鬼のアジトにつく可能性が高い。
そこには、他の女性もいるかもしれないので、全員救出するつもりだ。
細い道を駆け抜け、私達は町外れにある廃屋へ辿り着いた。