26・吸血鬼と約束しました
「サラ、ごめん。あんなことを言った僕が悪かった」
「……」
「そろそろ機嫌を直してよ、奥さん。食事を済ませて眠る時間だよ?」
「……」
個室の扉を挟んで、私とシュリは数時間問答を続けていた。
(シュリが、飼い殺しコースでも良いとか言い出すから……思わず逃げてしまった)
そろそろ朝が近い。
彼の言う通り、食事を済ませて寝なければ今後の仕事に差し障る。
「……わかったわ。その代わり、今後は絶対に四十五階の部屋に入れられてもいいなんて言わないでね」
ここで意地を張っていても仕方ないので、私は折れた。
扉を開けると同時に、シュリが抱きついてくる。
「ああ、数時間の間、扉越しにしかサラの匂いを嗅げなかった……拷問だった。もう二度と口にしないよ!」
「なら、いいわ。食事をしに食堂へ行きましょう」
「本部では、食堂に行かなくても部屋に食事が運ばれてくるんだよ? 注文しておいたから、もう食事も届いているし」
「えっ、そうなの……!? ありがとう、注文してくれて」
「妻の食事の用意は、夫の役目だからね」
不思議そうに首をかしげるシュリだが、私にはその慣習の方が不思議に思える。
ヤヨイ国の既婚者事情では、食事の用意は妻がすることが多かったのだ。
共働きで食事を作れない場合は、夫婦共に近くの食堂や屋台を利用する。
「こっちだよ、サラ」
部屋から出た私の手を引いて、シュリは共同スペースにある食卓へ移動した。
そこには、すでに綺麗に料理が並べられている。
「並べてくれたの? 手伝わなくて、ごめんなさい」
「違うよ? 食事を持ってきた人間が、ついでに並べてくれた」
「……」
もはや、何にどう突っ込んで良いのかわからない。
ルシード国でも贅沢な待遇を受けていると思っていたが、本部の環境は田舎者には刺激が強すぎる。
「これを食べたら、僕の血も飲んで」
「この間、飲んだばかりだけど……」
「それでも飲んで。リコも言っていたでしょう? レオンの血に誘惑されるくらいなら、僕の血で満たされてよ」
「……さっきは、悪かったわ。私は一応あなたの嫁なのに、吸血鬼にとっての不倫を働いてしまいそうになって」
「うん。だから、もうこれ以上要らないというところまで僕の血を飲んでね」
「……ええ、わかった」
吸血行為への抵抗はまだある。
けれど、頭からそれを拒絶することはなくなった。
私はシュリの血を前にすると、何も考えられなくなってしまうのだ。
これは隷属の本能が目覚めてしまったためで、自分の意思ではどうにもならない。
隷属とは、とにかく主となる吸血鬼の血を欲する生き物らしい。
その後、私は食事をとり、シュリの血を大量にもらって眠りについた。
一緒に風呂に入りたいと言い出すシュリを制止したり、一緒に寝たいと言い出すシュリに押し負け同衾を許してしまったり、なかなか忙しい一日だった。